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第37話 ずっと初恋の最中
「君たちには迷惑を掛けたねぇ。だが、ラツィエルは大手柄だ。国王陛下に報告しておくよ」
「でもねぇ、危ないところに一人で突っ込んでいくのはどうかと思うわぁ」
「まあ、騎士だからねぇ……時には危険な任務もある。それに、今回はレーシュのためだったんだ。私だってエバのためならなんだってやるさ」
「ふふふ。もう、ハニィったらぁ」
ハニエルとエバがのんびり口調で仲良さげに話している様子に苦笑いして、レーシュは紅茶のカップに手を伸ばす。
包帯を巻かれてミトンのようになっている手でソーサーを持とうと苦戦していると、横からラツィエルがソーサーを持ち上げた。そのまま当然みたいな顔をしてカップをレーシュの唇に当て、傾けてくる。
こく、と一口飲めば絶妙なタイミングで離れていき「もっと飲むか?」と目で訊いてくる。頬がじんわりと熱を持ち、レーシュは悟られないように首を振った。
唇にカップを押し当てられる感触が、なんというか……キスを思い起こさせたのだ。媚薬に侵されて抱かれたとき、数えきれないほど唇を重ねた気がする。
「……お邪魔をしたようだねぇ。レーシュもラツィエルも、復帰したら嫌ってほど働いてもらうから、今のうちゆっくり休むといいよ~」
「お父様、補佐のみんなは大丈夫ですか?」
「レーシュのことを心配してるけど、みんな元気だよぉ~。ああ、そうだ。ミンテからこれを預かってたんだ。火傷に効く保湿剤らしいね」
「ありがとうございます」
ハニエルから中身の見えない小さな箱を受け取って二人を見送りに立つと、エバにこそこそと呼ばれた。ラツィエルから離れて近寄ると、彼女は背伸びして耳元で囁いてくる。
「可愛いレーシュ。私の息子ってばずっと初恋の最中なのよ。憎まれ口ばっかり叩いてくると思うけど、見放さないでやってねぇ」
「ええ……?」
その言い方だとラツィエルはレーシュが初恋で、今もその気持ちを抱えていることになる。憎まれ口はお互いに叩き合っているものの、それ以上の心当たりはない。
小さく眉を寄せて困惑していると、包帯を巻いた手をそっと包まれた。
「ラツィエルのこと、助けようとして火傷をしたって聞いたわ。本当に……ありがとう」
優しく撫でてくるのは白くてたおやかな手だ。けれどラツィエルと同じように、傷が癒されていく気がした。
火傷は一週間経ってもひどく痛むことがあり、ダアトによると治癒まで何週間もかかるらしい。想像以上に大変だ。
回復に体力を奪われてしまうのかレーシュは数日に一度寝込んで、ラツィエルにつきっきりで看病されてしまっている。せっかく自室に逃げたのに、これじゃあ意味がない。
発熱して寝込むと追い返す気力もなく、レーシュは素直に甘えてしまう。それをラツィエルも楽しんでいるらしいから趣味が悪いと思う。
しかも深く斬られていたというのに、彼の方はぴんぴんしているから悔しい。
そうして二人で過ごす時間が長くなるにつれ、レーシュはあのことを彼に話さなければいけないと悩むようになっていた。レーシュが失ってしまった、子供のことだ。
言わなくてもラツィエルにはわからないだろう。でも、これは本来なら最初から二人で共有すべきことだった。タイミングを逃し続けてしまったけれど、今からでもちゃんと話して謝るべきだと思う。
しかしレーシュを抱いて嫌そうな反応をしていたラツィエルが、子のことを聞いていったいどんな反応をするのかわからなくて……それが、怖い。
またラツィエルが鍛錬に出て行って一人になったレーシュは、診察にやって来たダアトへ相談することにした。生家へ戻るとき、うっかり口を滑らせてしまったせいで彼だけは知っているのだ。
「ねぇダアト、あの、前に話した子供のことだけど……」
「あッ……――!!!」
恐る恐る切り出すと、ダアトは目を見開き包帯を取り落とした。コロコロと転がる白い包帯を見ることもなく、「まずい」と顔に書いてある。レーシュも嫌な予感がした。
「待って、まさか……」
「もっ、申し訳ございませんでしたぁーーー! 奥様のご生家で、その、ラツィエル様に……」
床に頭を擦りつける勢いで謝られて、レーシュはさすがに頭を抱えた。聞けば、そのヒントがあったおかげでラツィエルはすぐに神殿までレーシュを探しに戻ってくれたらしい。したがって結果的にはダアトが伝えてくれて助かったことになる。
ダアトを責められない。責められないけど……
「ラツィエル、知ってたの……?」
そんな素振りは一切なかった。ただしレーシュに対して怒ったり、呆れた様子も見せない。もしかしたら寝込んでばかりのレーシュを気遣っているのだろうか?
しかも祈りに行こうとか行ってきたとか言わない辺り、もう行っても意味がないことを知っているのかもしれない。
レーシュは怖くなって、手の痛みがなくなるまで話を先延ばしにしてしまった。
「ねぇ、ラツィエル……話しておきたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
包帯を外した手にオイルを塗り込んでいたラツィエルが、ちらっとレーシュの顔を見てくる。わざわざ前置きしたのに緊張感は全くない。
なんだか一緒に過ごす時間が長くなるほど、熟年夫婦のような空気が漂っているなあ……とレーシュは内心思っていた。恥ずかしさもだんだんと薄れた。
ベッドで上半身を起こした状態で、レーシュの手はされるがまま優しくオイルを揉みこまれている。指圧の気持ちよさといい香りに、いつもなら眠くなってきている頃だ。
ミンテからお見舞いに贈られたラベンダーの精油は、火傷や皮膚の再生によく効くらしい。水ぶくれが治って皮膚が硬くなってきた今は、毎日ラツィエルに精油入りのオイルを塗ってもらっている。
今日こそと思って決意したのだが、いざ話そうと思うとレーシュはいつになく緊張した。ラツィエルの手を握って止めて、しっかりと視線を合わせる。さすがにラツィエルも片眉を上げた。
「ダアトから聞いてると思うけど、前に一回……その、したあと……生命の樹に祈りに行ったんだ」
「ああ、」
言葉に詰まりながらも話したが、ラツィエルの表情は驚くほど変わらなかった。けれど何か言おうとしているのを遮ってレーシュは言葉を続ける。
「僕たちの卵が生ってた。でも……何日も空けてしまったら、消えて……」
「俺が祈りに行ってるぞ?」
「は?」
レーシュはぽかん……と口を開けて固まった。何を言われているのかわからず、「……え?」ともう一度疑問符をこぼす。
きつく握っていた手をゆるりと解かれ、マッサージが再開される。
「今は俺が毎日祈りに行ってる。ちょっと大きくなったぞ? ――あれは不思議だな。胎樹の下に行くだけで、自分の子供だってわかる。本当は二人で行った方がいいらしいから、明日レーシュの体調が良ければ行ってみようか」
「えっ、待って待って待って! 僕が最後に見に行ったときは、卵が消えてたんだ。それって本当に僕たちの? まさか、ラツィエルと他の誰かのなんじゃ……むぐっ」
訳がわからない。当然のように順調だと言うラツィエルがおかしくなってしまったんじゃないかと思い、レーシュは疑った。……が、体を引き寄せられ唇を口づけで覆われてしまってそれ以上の言葉を紡げない。
驚いたレーシュが「んー!」と抗議すると離れていき、ラツィエルの眉根が今度こそ寄せられる。
「あり得ないこと言うな!」
「こっちの台詞だからね!?!? てかなんでキスしたの!」
「夫婦ならいいだろうが!」
「……?」
何かがおかしい。ラツィエルはレーシュのことを家族としては大事にしてくれているものの、恋愛とかそういった感情はないと思っていた。エバの言っていたことも、勘違いとかで。
しかし実際には命がけでレーシュを探し、助けに来てくれた。献身的に世話を焼き、たまにキスをしてくる。挙句の果てには二人の子供のために積極的に祈りに行ってくれているという。
「ラツィエルは、僕のこと好きなの?」
「はぁっ? むしろ嫌いなやつにこんな態度取らないだろ……。お前こそ俺に抱かれたあと『嫌だった』って言っておいて、胎樹に祈りに行ったりするし。なんなんだ? ま、いいけどさ……」
「何の話? 言ってないよ?」
「「…………」」
ラツィエルと目を合わせ、お互いに何か勘違いがあるらしい……と無言で会話する。
その後は「好きでもない男って俺じゃないのかよ!」「そんなこと言ってないんだけど!」「嘘だろ……」「勝手に勘違いしたのはそっちじゃん。ていうかその後娼館に行ったってどういうこと?」「あれは香油を買いに行ったついでに声を掛けられて色々聞いただけだよ!」「僕のこと避けてたくせに……」などとしばらく言い合いをして、息を切らしてお互いに睨み合った。
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