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第4話
(……ふぅ)
ごろんとソファーに寝そべると、これって広かったんだよなぁと思う。ここはアイツのお気に入りの場所だし、俺が座ってると蒼汰がくっついてくるしで……。
―――なんつーか、静かだなぁ…。
Ωの発情期は、平均三日から五日間ってところだ。蒼汰の予定がずれなきゃ数日で帰ってくるってのに…。
「って、帰ってくるってなんだよ……」
冗談じゃねぇぞ。ここは俺の家でアイツの家じゃない。
――ああ、もう……これはアレだ。
βで例えるなら、男子が無自覚に女子を意識しているような感覚。ちょっと異性が近くにいるだけでソワソワしてしまう本能に近い。
年の差はあっても蒼汰は男だがΩ性で、俺はα性。
だから俺は、蒼汰がいなくて寂しいんじゃない。蒼汰の第二性に反応しているだけだ。
…………アイツを、どうこうしたい気持ちがあるわけじゃない。
俺は失恋して、エリート人生から落ちぶれたメンタル弱者。
定時で帰れる仕事も、α性を隠す人生も全然悪くない。それが今さら――Ωだの番だのなんて……。
「っし! 気分転換に飲みに行くか!」
自分でやる洗濯もだりぃし、久しぶりの外食で気分転換だ。
――――と、一人飲みに出たはずが……。
「……?」
おかしい……。この店、結構気に入ってたはずなんだが?
酒の味は変わらないが、問題は料理だ。料理はやたらと脂っこく感じるし、浅漬けなどのさっぱり系を頼んでみても違う。
何かが、ちょっと足りない。
(……もしかして、蒼汰に胃袋を掴まれてる??)
アイツが帰ってくるまで、味気ない料理を食べるハメになるのか。
気分転換のはずが、少なからずショックを受ける恭介であった。
――――数十分後、店を出たが物足りない。
それでもまだ諦めない。
料理がダメでも酒は酒だ。ちょっと遠いが、気に入っているBARがあると思い出す。
(よし、次だ次!)
気を取り直し、再び夜の街に足を向けたはずが、
「あ……?」
―――――何故だ。どうして、アイツがここにいる。
視線の先にいたのは、今日の昼間にホテルへ送ったはずの、蒼汰の姿だった。
* * *
(あのバカ、こんなところで何して……!?)
発情期間近のΩが夜遊びなんて言語道断だ。
しかし、釘付けになったのは次の瞬間だった。
蒼汰の隣を歩いている見知らぬ男が、その肩を抱き寄せようとした時――。
「――おい」
ザワッと毛が逆立つような感情が込み上げたかと思えば、言葉より先に体が動いていた。
二人の間に割って入る俺に、蒼汰がビクッと反応する。
「へっ!? え、……恭介、なんで!?」
「蒼汰。誰、コイツ」
「だ、誰って……父さんだよ。前の……」
「あ゛っ? 親父だと?」
しまった、俺の勘違い!!……って、この状況でボケるわけねぇだろ。
腸が熱く苛立つ。ギロッと蒼汰越しに、さらに相手を睨みつけた。
「な、なんだね君は!? 私は家出した息子を心配して迎えに来たんだよ」
「……蒼汰。ちょっと俺の後ろに隠れてろ」
「恭介……?」
戸惑う蒼汰を押し込むように背中へ隠す。
そうだ。それでいい……。
『前の父さんとは…んー……あんまり言いたくないし』
初日、蒼汰が言った言葉が脳裏をよぎる。義父も義父だが、実父も最低のクソ野郎だな。
母親の『うちには息子なんていません』って台詞は、もしかするとこの男を警戒していたせいか? 現に、蒼汰がした「恭介の家にいる」というメッセージに、母親は了承する一言を返していた。……だとしても、薄情なことに変わりはないが。
「そ、蒼汰! そんな男に隠れてないで――」
「蒼汰が心配だと……? アンタ、それ本気で言ってんのか?」
それより、この男は――わざわざΩをホテルから連れ出した。
ドクドクと、全身が熱くなる。
何と言って呼び出したのかは分からない。だが、ホテルのセキュリティーと聞いて蒼汰が安堵したのを思い出した。蒼汰は、ずっとずっと、実の親父に怯えて不安だったのか……。
「―――親なら、子供の発情期が分からねぇはずねぇよな」
ピキッと眉間に皺が寄った瞬間、無意識に威圧をかけていたのだろう。
男はヒッと情けない悲鳴を上げて硬直した。
「ち、違う……私は……!」
「違うなら、なんで今日になって迎えに来た? 一度だって俺に連絡してこなかっただろ」
―――どうやってホテルを調べたのかは知らねぇけど、それができたのなら俺に連絡もできたはずだ。
ぐっと、自然に拳を握る。
腹が立つ、無性に。だって、この男は――俺の、俺の、大事な――。
「きょ、恭介……待って!!!」
咄嗟に動いたのは蒼汰だった。俺の背にしがみついて、必死に訴えかけてくる。
ふわっと、舞うように香るあたたかい匂いに――少しだけ理性が戻った。
「本当に、何もされていないっ。……嬉しかった、きてくれて、ありがとう」
「……蒼汰」
地面に腰を抜かした父親は、がくがくと目の前の恭介を見つめるだけだった。
だが、―――同じαだからこそ分かる。
その濁った瞳の奥には、自分の所有物を奪われたことへの執念がまだ消えずに残っている。
「……おい、クズ野郎。言っとくけどな、俺は蒼汰の母親に許可をとってんだよ。これ以上関わる気なら、親権者にきっちり通報させてもらうからな。失せろ」
「チッ……」
男は忌々しげに舌打ちをして、這うようにして夜の街へ消えていった。
静まり返った通路で、ゆっくりと振り返る。
真っ直ぐに目が合った。蒼汰の――大きな、涙目と。
「悪い、怖がらせたな」
「……ううんっ!そんなことないっ!」
「蒼汰」
「帰りたい。父さん…あんな奴のとこなんていやだ……おれ、恭介の家がいいっ」
「ああ、分かった」
だから、泣くな……。
俺は、震える細い手を強く握りしめた。
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