6 / 15
6-ミステイク ※R-18
無骨で不快な男の手が、身体の表面を滑る。
指先から始まった痺れはいつの間にか全身を巡り、もはやその感覚すらも曖昧になっていた。思考が霞む。
(あー……俺、何やってんだろ)
いつだってそうだ。大した志も深い考えも無くフラフラと生きてきて、なんとなく大学に入った。
俺には、何かに一生懸命になったという記憶が無い。目先の怠惰を追い求めて、挙句は金に釣られた。
自業自得だ。
「イツキくん。ほら、口開けて」
「うぇ……気持ち悪ィ、無理……」
「早く進めないと、ずっと辛いままなのはイツキくんだよ?」
男のちんこなんて、舐めるくらいなら死んだ方がましだ。でも俺にはそんな自由さえも許されていない。
生温い物質の侵入を口内で必死で押し返してみるも、それは無駄な抵抗に終わった。エグチに後頭部を抑え込まれて、口の奥まで犯される。鼻につく微妙なしょっぱさで吐きそうになった。
「いい子だから、もうちょっと頑張ってね」
「……お、ぇぇっ……」
「歯、立てないようにね。そう。もーっと奥までいける?」
「んっ、ぐぅ」
「あー、いいよ。うまいうまい」
動かしたくなんて無いのに、エグチが頭をゆっくりとスライドさせるせいで、ぐぽぐぽと嫌な音が口の端から漏れる。苦しい。涙も鼻水も、恐らく色んな液体が顔から流れているんだろうけれど、それら全てをヨコヤマのカメラが捉えている。
情けなくて、涙が出てくる。
俺はこの後どうなるんだろうかと、働かない頭で考えた。地獄のような時間は、本当に過ぎ去ってくれるんだろうか。
こんな馬鹿な俺には、こうやって稼いだ汚い金で、佐倉のカメラを弁償するくらいしか使い道が無いのかもしれない。
悲しさを通り越して、笑えてきた。
(やだよ……。こんなの、俺)
ぼろぼろと目尻からこぼれた涙が、シーツを濡らしていく。口内を前後させるエグチの動きが速くなる。
嫌だ。
助けて。
佐倉。
佐倉。
「佐倉……っ!佐倉ぁっ!」
なぜだか思い浮かぶのは、憎らしかったはずの佐倉だった。
俺にはできないことを、考えもつかないようなことを、平気な顔でやってのけるあいつは、悔しいけど格好良かった。
今さら厚かましい願いだというのは重々承知しているのに、縋るなら佐倉しかいないって直感したんだ。
その時、薄れていく意識の向こうで、ドンドンッと鈍く低い音を聞いた。
「……ンだよ、イイ時に。ここの従業員か?」
エグチが舌打ちをして、音の出処を睨む。口の中からべとべとになったモノがようやく引き抜かれて、俺は咳き込んだ。
「あー、俺、見てくるわ」
ハンディカメラを回していたヨコヤマが、そのまま玄関へと向かった。俺の口はしっかりと押し付けられたエグチの手で塞がれていて、助けを求めることは叶わなかった。
廊下の向こうでドアノブが開く音。
そして、悲鳴。
「は!?」
ただならぬ様子を感じ取って、俺を押さえていたエグチが飛び退いた。ヨコヤマの様子を見に行こうと、彼がフローリングに足を降ろした途端、侵入者と鉢合わせたのだった。
「あ……!さく、ら……」
動かない身体で、顔だけをなんとか横に向けて様子を伺う。傾いた俺の視界には、飄々とした様子の佐倉が映った。信じられなかった。
「な、なにやってんだよ、お前っ!」
エグチが後退りしながら吠える。
「皆さんこそ……わざわざこんな色気のないモデル使って、下手くそな画を撮って、何やってるんですか?」
佐倉の手には、先ほどヨコヤマが持っていたはずのカメラが収まっていた。あろうことかそのレンズは俺たちに向けられている。佐倉の手の甲には血が滲んでいて、紛れも無い暴力でそれを奪い取ったことが解る。
それでも佐倉は笑顔を少しも崩さないので、俺は救われた気持ちと、恐ろしく思う気持ちが半々で入り混じる。
佐倉は片手でカメラを持ったまま、録画を続けていた。そして容赦なくエグチの鳩尾、倒れ込んだ後は後頭部に強烈な蹴りを入れた。その瞬間までもだ。
「うっ……!」
「馬鹿な学生が、たちの悪い大人に捕まって強姦されていると、先ほど警察に連絡しておきました。これ以上恥を晒す前に、玄関で倒れてるド三流カメラマンを連れて消えたらどうです?」
佐倉のそれは、もはや提案ではなく、冷笑の脅しだった。
ともだちにシェアしよう!