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第5話

シダレ将軍が視察で拠点を離れた、昼下がり。 今日も頼まれたわけでもないのに、せっせと水桶を運ぶセージの姿と、 それを偶然、目にした兵士達がいた。 「おい。お前。大将のお気に入りなんだってなぁ?」     鼻をつく酒の臭いと共に、その下卑た言葉は投げつけられた。水場にいたセージを取り囲んだのは数人の男。全員、ヒノワ兵だった。 「……っ。 なにか用、ですか?」 「男のくせに将軍を骨抜きにするなんて、いい身体してるんだろう?」 「まぁ、顔はそこそこってところだけどな!」 「ハハッ。 なぁ?ちぃっとばかし、俺らの相手もしてくれよ」 くさい息と下品な笑い声だ。       一人の兵士が、セージを侮辱するようにその胸元へ汚い手を伸ばした、次の瞬間。     セージは足元にあった空の木桶を迷いなく掴むと、全力でその兵士の顔面へと叩きつけた。 「――― がはっ!?」 鈍い音と共に兵士の鼻梁が砕ける。       鮮血が舞い、男は鼻を押さえながら無様に地べたを転がった。 ―――他人にまでいいようにされるなんて 冗談じゃないっ!! 「俺にっ、触んなッ!クソ野郎!!」 「このガキ……っ!」 「ぐっ!!」 ―――兵士と、捕虜の乱闘だ。   激昂して掴みかかってくる兵士たちを相手に、セージはなりふり構わず木桶を振り回した。 怒号を上げる男たちのうち、一人の拳がセージの顔面を強く殴りつけた、その時 「……貴様ら、何をしている」 低く、地を這うような声。     その場にいた全員の背筋に、一瞬で氷の刃を突き立てられたような戦慄が走った。 「しょ、将軍……っ」 「……っ」 予定を切り上げて戻ってきたのだろうか。そこには軍服の裾を翻し、漆黒の瞳に静かな、けれど苛烈な殺意を宿したシダレが立っていた。 「ユウギリ様っ! この捕虜が、我々に反抗をっ!」 鼻を砕かれた兵士が顔を血に染めて縋り付くように声を上げたが、シダレはその部下を塵でも見るように一瞥しただけだった。     名前も功績も知らない、ただの一般兵を見る目は―――。 「俺は質問したぞ。何をしているのかと」 「……へ?」 「俺の許可なく、誰がその汚い手で俺のものに触れていいと言った」 淡々とした声には、部下を咎める上官の響きなど微塵もない。       剥き出しの怒りそのものだった。 「セージ。よく、抵抗した」 「え、」 恐怖で硬直したままの俺を腕で抱き起こすと、優しく、傷ついた頬の熱をそっと撫でた。   しかし、男の声色が柔らかく聞こえたのも本当に一瞬のことだった。 「その兵士らを処分しろ。二度と、俺の視界に入れるな」 「ハッ!」 控えていた側近の兵たちが一斉に動き出す。       仕事中に酒を飲み、将軍の「お手つき」であると知りながら捕虜に手を出した。その行為は軍律に背いただけでなく、シダレの怒りを買ったらしい。 引きずられていく兵士たちの、命乞いとも取れる無様な悲鳴が遠ざかっていく。 「ちょ、お、降ろしてください…!」 シダレは泥に汚れた俺の身体を容易く横抱きにすると、大股で自分の居館へと歩き出した。 周囲の視線が突き刺さる中、俺は必死で腕の中で暴れて止めようとしたが、 「子供じゃあるまいし、大人しくしろ。馬鹿者が」 見下ろすシダレの瞳には、まだ部下たちを凍りつかせた殺意の残滓が揺らめいている。       けど、その奥に潜む熱は……誰にも見せなかった、なにか…焦りのようなものが見えた気がした。 「痛っ、」 「……骨は折れてない。少し、口の中が切れただけだ」 ―――居館の一室で手当をするシダレの手は、驚くほど丁寧で優しかった。     しかし、その指先が触れるたびに、セージの心臓は引き絞られるように冷えていく。 「お前の身体を、俺以外に触らせるな。次からは首を刎ねる」 「っ、! そんなのは……っ!?」 「拒否は許さない」 背筋に走る、凍り付くような恐怖。   (やっぱり……) 一瞬だけ優しく見えても、この男は俺をひとりの人間として心配してない。 自分のお気に入りが、他人に傷つけられたのが面白くないと怒っただけで……。ただの所有物としてしか見てないんだ。 そんな自分を、余計に惨めだと思ってしまった……。

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