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第9話
「ん、はっ……んむっ、」
湯浴み用の木桶が、カコンッと音を立てて床を転がったのは先ほど。
まずは泥を落とせと連れてこられた風呂場で、セージは強引に唇を塞がれた。
―――シダレは、きっと口づけが好きなのだろう。
セージも村の中で見てきた。恋人同士が交わす睦まじい口づけ、結婚式で誓い合う口づけ、母親が我が子にするような温かい口づけくらいならば知っている。だが、目の前の男が強いてくるものは、
「はっ、ゃ‥‥んん……っ」
幸福も慈愛も微塵も感じられない。己の征服欲を満たし、性欲を昂らせるためだけにやっているのだと知っていた。
ひたすら息を奪うように、唇と舌の感覚がマヒするまで蹂躙するのを繰り返すのが、この男の嗜好だ。
……何度も何度もこれまで繰り返してきた、屈辱にまみれた行為。
いつもと違うのは、この情事に村の人々すべての命がかかっているということだ。
「んっ、ふっ……んっ」
セージはただ舌を玩弄されるばかりではなく、自らも必死にシダレの舌へと絡めていった。
重なるように触れ合う吐息と、粘膜の混ざる音。
まるで、主人に構ってもらいたい犬のように、毛づくろいし合う獣のように……。
「あっ、……っ!」
「これだけで硬くなって、かわいいな」
「ひぁ、あっ……っ、待って、くださいっ」
「いつまでもまどろっこしい洗い方をしているお前が悪い」
シダレの大きな手が、愛撫するように無防備な股間に触れてきた。
いつもなら「嫌だ」と触られるのを拒否して暴れるセージだが……拒絶しようと伸びそうになる自分の手をどうにか理性で抑え込んだ。
それはシダレにとってはいじらしく愉快だったらしい。くくっ、と愉しげな低い笑いが耳元で聞こえた。
「なんだ、抵抗しないのか」
「んっ、……っ、まだ、イカせないでくださいっ」
「ああ。そうだったな。お前はへばるのが早い」
「……っ」
ひとしきり弄り回されたところで、ようやくシダレの手が離れた。
息を荒くするセージを冷ややかに見下ろしながら、男は「早く済ませろ」とだけ言い残して一足先に浴室を出ていく。
「――――ッ」
拳を振り下ろしたいほどの怒りがあっても耐えるしかない。
ひとり残されたセージは震える手でなんとか身体を清め、男の後を追うように急いで風呂場を後にした。
* * *
「それで、腹はくくれたのか?」
寝所へ戻るなり、寝台にいるシダレにかけられた言葉だ。
冷徹な支配者の瞳が、床に立ち尽くすセージを、傲慢に見下ろしていた。
―――奉仕するつもりがあるのなら、自分から来い、と。
「奉仕を、させてください」
「ふっ。ありきたりな台詞だな」
「……お願いします」
―――男なんて誘ったことがないんだ。
どうすればいいのか分からず、戸惑うばかりの表情を浮かべてしまった。
「淫乱ぶって兵を誘っただろう? 同じようにやってみろ」
「……それ、はっ」
「? どうした。俺にはできんか」
「……シダレ様には、俺を発情させて、他の男と…せ、性行為をさせる趣向がある、と…言いました」
「は?」
漆黒の瞳が、驚きにわずかに見開かれる。
シダレも、セージが逃げるために見張りの兵を誑かしたことまでは知っていた。だが、まさか自分に『寝取られの趣味』があるなどと吹聴されているとは夢にも思わなかったのだろう。
「チッ。なら、その足りない頭で次の手を考えてみろ」
「っ、では……失礼します」
恐る恐る寝台に上がるセージ。
下着一枚の姿だというのに、将軍と呼ばれる者の堂々たる風格が漂っている。まじまじと上半身を観察すれば、改めて男の鍛え抜かれた筋肉と過酷な鍛錬や戦で刻まれたであろう古傷が目立っていると知った。
「………」
ひとつの芸術のように美しいのだと思った。
同じ男だというのに、この男は―――他の誰とも違う。
「何をボーっとしている」
「す、すみませんっ、つい……見とれてしまいました」
正直に言えば機嫌を損ねてしまうことはない。現に男の反応も、ふっと鼻で笑うもので満更でもなさそうだった。
しかし、困った。どこから触れていいか分からない。
そっとシダレの上に跨り、ちゅう、と胸の突起に吸い付くと「やめろ」と低い声で遮られた。
「お前は好きかもしれんが、俺には不愉快だ」
「……っ、はい」
―――なら、残るところは……。
チラッと視線を向けたのはシダレの下着を押し上げ、すでに猛々しく膨らんでいる男根だ。快楽を得るには間違いなく一番の場所だろう。
(アレをやれば…まだ…)
震える指先で布地に触れ、ゆっくりと下げると―――― セージはごくりと生唾を飲んだ。
今さっき男の不興を買ったばかりだ。こわばって動きを止めるわけにはいかない。けれど、こうして直視したのは、実はこれがはじめてなのだ。
「面白い。やってみろ」
「がんばり、ます……」
うまくできるかは分からない。
シダレは意外にも、セージにこの行為を命令したことは一度もなかった。
その正しいやり方は知らない。だが……自分がされる側として、シダレに激しく与えられた経験ならある。
すでに熱く硬く昂っている男根に、セージはゆっくりと舌を這わせた。
―――静かな寝所に、水気のある淫らな音が響き始める。
「んっ、むっ……、」
両手をそっと添え、男の裏筋に這わせるようにして根元まで深く舐め上げると、ぴくりとシダレの大きな身体が反応したのが伝わってきた。
(だいじょうぶ……っ、うまく、できてる……)
この太さと長さだ。喉の奥まで全てを突き入れられるのは難しくても、こうして必死に愛撫するくらいなら、なんとか……。
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