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第4話

 東京駅、東海道線、16番ホーム。  雅と番ごっこをはじめて2週間後の土曜日、そこで俺は雅と待ち合わせていた。  ホームに続く階段をのぼると、人混みの中に雅が立っていた。 「おはようございます」 「おはよー……」  彼は相変わらずのスーツ姿である。  俺もそうだ。  朝から締めてきたネクタイがきつい。 「お前はスーツじゃなくてよかっただろうに」  俺が笑うと、彼は「こういうのは形が大事なんですよ」と言う。 「荷物、それだけですか?」  雅は俺の右手の紙袋を指さす。 「これは手土産の酒。あとは現地調達」 「はぁ……あの、そのお酒代、お支払いします」 「これは俺が払うのが筋ってもんだろ。それより、なんでお前はスーツケースなんだよ」  荷物が少ない俺とは対照的に、雅はスーツケースを引いている。  何が入っているんだか。 「いろいろです。必要になるかもしれませんし……」 「ふぅん」 「藤堂さん、着替え持ってます?」 「下着くらいは持ってるよ」  雅は信じられないといった様子で首を振る。  俺は肩をすくめた。 「昔、ひと月くらいヨーロッパをバックパックで旅したことがあってな。それ以来、旅行はこのスタイル」 「なるほど……それはすごい」 「まぁな」  ふと、雅が首を傾げた。 「……それって、いつ行かれたんです?」 「大学3年の夏休みだな」 「北小路さんとは、そんなに早くから……その、番ごっこを?」  俺は一瞬言葉に詰まり、唾を飲み込んだ。 「……マァ、ソウイウコト……」  雅は、けっこう鋭いところがあるらしい。  これは、しっかり気を引き締めなくては。  あっという間にぼろが出るぞ。  ――なんといっても、今日から雅と一泊二日の名古屋旅行なのだから。 「じゃあ、行きますかね。ご両親を騙しに」  こうなったのは1週間前の土曜日、俺たちがカフェで会議をしていたのがはじまりだ。 「ちゃんと番ごっこの条件を詰めておきましょう」  雅がそんなことを言いだしたのだ。 「明文化しておくべきです」  俺としては条件もなにもないのだが、彼がそれで安心するのならと首を縦に振った。  カフェで、雅はホットコーヒー、俺はアイスティーをそれぞれ注文した。  それぞれがひとくち飲んだところで、雅が切り出す。 「まず明確にしておきたいのは、報酬です」 「報酬~?」 「はい」  彼は真剣な面持ちでタブレットを取り出す。 「ひとまず、この計算式でどうでしょう」  示された液晶には 『東京都平均時給×稼働時間+諸経費』 『東京都平均時給=1400円』  と書かれている。 「でも、この平均時給はたぶん通常のアルバイトの話なんですよね。業務の特殊性を考えると、やはりもっと……」  画面をスワイプする雅。  するとすぐに次の計算式が現れる。  俺は頭を抱えた。 「はぁ~……」 「なんです?」 「いや、生真面目だなぁ、と思って」 「大事なことです」 「んー……」  俺は背もたれに背を預け、腕を組んだ。  正直、金はいらない。  しかし彼はそれでは納得しなさそうな雰囲気だ。  なんと答えたものか。  そのとき、雅のスマートフォンが鳴った。  彼は「ちょっと失礼」と言って立ち上がり、俺は片手を挙げて彼を見送る。  雅は今日もスーツ姿だ。  なんでも、今日の午前中にまた休日出勤をしていたのだという。  そして、やっと午後から休みになったと思えば俺にプレゼンをはじめるのだから、彼の生真面目さは半端なものではない。  俺はうんと伸びをして、「難儀な奴……」とつぶやいた。  雅が戻ってきたのは、10分以上経ってからだった。 「すみません、長くなってしまって」  俺は追加で注文したパフェを頬張っているところだった。 「いいよ。仕事? 急ぎ?」 「いえ、その……母から……」  俺は目を瞬かせた。  彼の声音は暗く、表情もどこか硬かった。 「おふくろさん、なんだって?」 「ええと……」  彼はくちごもる。  これはなにかあったな。 「言いたくなかったらいいけど、俺、一応とはいえ番だからな。手伝えることもあると思うぞ」  彼は眉根をきゅっと寄せたあと、小さく言う。 「……その、母が、見合いを、と……」 「そうなの? なら、俺がいるからって断ればいいじゃん」 「え」  彼は目を見開いてあっけにとられる。  俺は一応補足する。 「いや、お前がお見合いに行きたいなら、別にいいんだけど」 「いえ。行きたいわけでは……そ、そうか……そういうことができるんですね。番ごっこって、そうかそういう……」 「そうそう。俺を存分に使えって」  しかし、雅の手はスマートフォンを持ったまま、文字を打ち出す気配がない。  彼の手は、ほんのちょっと震えている。  俺を信用できないのか、親を騙すことへの抵抗感があるのか。あるいは、どっちもか。 「しょうがないな」  俺は苦笑して、彼の手からそれを奪い取る。 「ちょっ……」 「いいからいいから」  俺はすばやく文字を打ち込む。 『紹介したい人がいるから見合いはパスで』  スマートフォンを彼に返す。  送信されたメッセージを見て、雅は硬直する。  俺はそんな彼の肩を叩いた。 「全部、俺のせいにしていいぞ。俺に無理やりやらされてるんだ」 「待ってください、あの……」  俺は彼の言葉を最後まで聞かず、伝票を彼の鼻先に突き付けた。 「ってことで、実家挨拶の交通費とか食費とかもろもろはヨロシクな。ついでにここの飲食代も。それが報酬でいいぞ」  アイスティーと、追加注文したパフェと、それから雅が戻って来る前に腹に消えたあんみつ代。  俺って今日もラッキーだ。  雅は、目を白黒させていた。  俺たちは並んで店を出る。  今日も東京は寒い。 「じゃ、俺バスで帰るから」 「あ、はい」  雅に手を振ったところで、はたと気が付く。 「そういえば、お前の実家って、どこ? 八王子?」 「え? あ、な、名古屋です」 「名古屋ぁ!?」  俺は頓狂な声をあげた。  ――そうして、名古屋への一泊二日旅行が決まったのだった。

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