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第5話
新幹線の指定座席に雅と並んで座ると、俺は苦笑した。
「まさか雅の実家が名古屋にあるとはなぁ」
正直、雅は20歳の俺に会っているわけだから、俺の地元である八王子でないにしても、東京近郊に住んでいるものとばかり思っていた。
通路側に座った雅は頭を下げる。
「すみません。ご足労をおかけします」
「いいって。名古屋育ちなのか?」
「いえ。僕はずっと東京で。……5年前くらいに父が仕事を引退して、父の地元に戻ったんです」
「ああ~そういうこと」
「藤堂さんはどちらの方なんですか?」
「俺? 俺は、ほら、ええと、多摩のほう」
なんとなく、八王子と言うのを避ける。
八王子で寝てる間に首筋を噛まれたマヌケな20歳のオメガの話は、いまもインターネットで検索したら出てきてしまう。
雅は目を瞬かせる。
「僕、生まれは八王子なんです」
「……お隣だな」
「そういえば、僕とはじめて会った時、どうして僕が八王子の病院に入院していたってわかったんですか?」
「なんとなくだよ、なんとなく。八王子の匂いがしただけ。俺、社会人になってからはずっと新宿なんだ。知ってるか? めっちゃ便利だぞ、新宿。あとうまいパン屋がある」
「へぇ。パン、好きなんですか?」
「好き好き。3食全部パンでもいいくらい。そこのパン屋の店主がいい人でさぁ。俺の実家の近くにも系列店が出てて、ほんとうにおすすめだぞ」
俺は早口でごまかす。
本当は、生粋のコメ派だ。
本当は、八王子市に実家がある。
ああ、嘘に嘘を重ねていく。
自分が吐いた嘘を覚えきれるだろうか。
俺は息を吐いた。
一泊二日の旅行ははじまったばかりだというのに。
自分で言いだしたこととはいえ、先が思いやられる。
俺は空気を変えようと、手土産の紙袋につっこんでいた駅弁を取り出す。
「食べていいか? 朝飯まだでさ」
「どうぞ」
「お前、飯は? 食べて来たのか?」
「……食欲がなくて……」
よく見ると、彼は顔色が悪い。
心なしか、目の下に隈があるようにも見える。
「昨日、寝れなかったのか?」
「……少しは寝ました」
俺はぱん、と音を立てて割り箸を割った。
朝から食欲もあって、睡眠もばっちりだ。
こういうとき、図太い自分を褒めてやりたくなる。
「じゃ、道中寝ろよ。俺、目的地の近くで起きるのが得意だからさ。起こしてやるよ」
「……はい」
頷いたものの、雅は俺が駅弁を食べ終わるまでずっと起きていた。
そして俺が箸を置いたら、タブレットを取り出してきた。
「昨日、これを作っていたんです」
「んあ?」
覗き込むと、そこには『番ごっこのルール』という文字が表示されていた。
番ごっこのルール
1、番ごっこのことは誰にも口外しない。
2、互いの生活には関与しない。
3、会っている間に発生した金銭は榎原雅が支払う。
4、互いに他に番となりたい人が現れたら関係を清算する。
4まで読んで、俺はそれ以降を読むのを止めた。
なるほど、親を騙す前夜、寝れない夜にこれをせっせと作っていたのか。
眉間を抑える。
まったく、こいつは。
「……律儀だな」
「ふつうですよ」
「そうか」
「これはあくまでたたき台として用意しました。なにか書き足すことはありますか?」
「いや」
液晶に表示された4番をなぞる。
前向きで、いいルールだ。
俺は破顔した。
「これでいい」
車窓の景色はどんどん流れていく。
「んじゃあ、話もまとまったことだし、寝るかね」
そう言うと、雅が「え」とこちらを見てきた。
「打ち合わせをしなくていいんですか」
「打ち合わせぇ?」
彼は真剣な顔をしている。
「だって……嘘をつくわけですよね。出会いとか、その、いろいろ話を合わせておかないと」
「ふつうに、そのままを言えばいいだろ。会社の取引先で出会いましたって」
「番がいないオメガは働きませんよ」
「リモートでなら働いている奴いるだろ」
「……ついこないだ会ったばかりで番になるのは不自然です」
「じゃ、ちょうど一年前に出会ったってことで」
俺は座席を倒す。
ああ、新幹線のこの座席。好きなんだよなぁ。
雅は不満顔だ。
「……本当に寝るんですか」
「大丈夫だって。親父さんの好物だっていう酒も買ってある。俺もスーツを着てる。何が足りないんだよ?」
「……父は、厳しい人で」
「もう聞いたよ。さんざん」
「でも、あの」
彼の額を弾く。
「どれだけ打ち合わせしても、そういうときの不安は消えないんだから、寝るのが正解」
「……そうでしょうか」
「睡眠不足は判断力を鈍らせるぞ~」
「でも」
「ほら、言ってる間に新横浜だぞ。もう次に停まる駅は名古屋だ。寝るなら今だぞ」
「……まだ1時間半はかかりますけどね」
そう言って、雅は背を座席に預けた。
彼は小さく言う。
「そういえば、藤堂さん」
「ん?」
「今日は、香水、つけてないんですね」
突然の話題に、俺は首を傾げる。
「香水?」
「番ごっこの話をしてくれたときのレストランで、つけていませんでした?」
そういえばあの日、発情期明けということもあって匂いを誤魔化すために香水をふったんだったか。
匂いの話を出されて、俺はちょっと慎重になる。
「……悪い。臭かったか?」
「いえ……いい香りだったので」
その匂いを思い出したのか、雅の表情がやわらかくなる。
彼はためらいながら問う。
「どこの香水ですか?」
香水の話であることが明確になって、俺は胸をなでおろした。
「気に入ったなら、今度同じやつをプレゼントしてやるよ」
「……ありがとうございます」
やっと雅はまぶたを閉じた。
まったく、手のかかるやつだ。
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