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第11話
港区、3LDK。
最上階、眺望良好。
家賃は知らない。怖くて聞けない。
「あ、見てください、泰斗さん。レインボーブリッジが見えますよ」
リビングの大きな窓の前で、雅がやけくそになっている。
彼はジーンズにニットを合わせている。
そういえば、彼の私服姿は初めて見る。
しかし。
「はしゃいでる場合かよ」
「あ、お風呂にジャグジーついてるそうです」
「聞けよ」
部屋は明るくて、おしゃれだ。
床暖房に、アイランドキッチンに……設備は圧巻だ。
広さも申し分ない。
3LDKというが、リビング、ダイニング、キッチン、3つの部屋、広いバルコニー、ウォークインクローゼット、そして小さな書斎がふたつもある。
俺は知らなかったが、窓がない部屋は部屋としてカウントしないらしい。
なんだそれ。
俺は唸る。
「……お前、なんとかしろよ」
彼は乾いた笑いをこぼしてから「父を止められる人なんてこの世にいませんよ」などと言う。
「父は息子に無理やりオメガを宛がおうとするような人ですよ……」
雅は思い出したように震えだす。
俺は慌てた。
「いい、それは思い出すなって」
「どうしようもありません」
俺はくわっと目を見開いた。
「いや、あきらめるなって。まだ間に合う」
「間に合う? よく言えますね」
雅はあたりを見回した。
「――もう荷物が届いているこの状況で」
港区の3LDKには、俺たちの一人暮らしで使っていた家財がそっくり運び込まれていた。
あれから、聖さんの行動は速かった。
名古屋に戻った日のうちに引っ越し屋が下見に来た。
そして次の日曜日である今日、細川さんがやってきて俺たちはここに連れてこられ――荷づくりから何から何まで業者任せのまま引っ越しが始まってしまった。
俺と雅は「マンションなんていらない、新居は自分たちのタイミングで、自分たちで見つける」と何度も何度も主張した。
しかし、すべて「ご祝儀だよ」の一言で片づけられてしまった。
俺たちは、無力だった。
そうして、今に至る――。
立派な家には、立派な家具がよく似合う。
聖さんは家具と家電までそろえてくれたらしい。
俺の使っていた粗末な家具家電たちについてはいったん部屋に運び込まれたあと「処分するものを選んでください」と言われてしまった。
引っ越しに立ち会ってくれている細川さんは「全部処分でいいですか?」などと言う。
くぅ、確かにこの家には不釣り合いかもしれないが……!
ほんとうは全部取っておきたいが、細川さんが「え、それも置くんですか? こんな立派な家に?」と圧をかけてくるのでしぶしぶある程度の家具を処分するはめになった。
それでもなんとか、俺は生活を共にしてきたソファだけは確保した。
ここで昼寝するのが俺の土日のルーティーンなのだ。
手放すわけにはいかない。
ちゃきちゃきと働いている引っ越し屋を前にして、俺は頭を抱えた。
「なんでこんなことに……」
「すみません」
「新宿の家、退去手続きまで済まされてたぞ。どういうことだよ」
「すみません」
「同居? お前と?」
「すみません」
雅はもう壊れたロボットのようになっている。
俺は声を落として言う。
「……細川さんが帰ったら、俺、ひとまずウィークリー行くから」
雅はぱっとこちらを見る。
「それはおかしいです」
「なにが?」
「僕が出て行きます」
「いや、そっちのほうがおかしいだろ。お前の親の金だぞ」
「ふたりへのご祝儀、と父は言ったんです。僕がひとりでここに住むのはおかしいです」
「おい、律義なのも大概にしておけよ」
しかし、雅は引かない。
「それに、どちらかと言えば僕は泰斗さんに報酬をお支払いする立場なわけですから。ここは泰斗さんひとりが住んでくださいよ」
「さすがにそれは聖さんに対する詐欺だぞ」
「それは僕がひとりで住んでもいっしょですよ。僕のなかの選択肢は、泰斗さんがひとりで住むか、ふたりで住むかです」
「俺はお前がひとりで住む一択だよ」
「なら、ここは空き家にしますか」
「港区の最上階を空き家って、バチ当たるぞ!」
「なら泰斗さんが住めばいいじゃないですか。大きな声を出さないでください。細川さんに聞かれます」
俺はため息をついた。
まったく、こいつは堅物が過ぎる。
0か100しかないのかよ。
「……その選択肢の中なら、空き家が一番いいかもしれないな」
「じゃあ、決まりで」
「はぁ、もったいねぇ~こんないい家」
「なら住みますか」
「そういう話じゃない」
俺はスマートフォンを取り出し、職場に近いウィークリーマンションを検索する。
「雅、お前、家はどうすんの?」
彼は顎に手を当てた。
「職場の独身寮に空きがあるか訊いてみて……それまではホテルにします」
ホテルか。
高そうだ。
独身寮に入るまでの間ここに住めばいいのに。
しかし、そんなことを言えばまた同じ問答の繰り返しになる。
俺は言葉を飲み込んだ。
しかし、スマホの検索結果についての言葉は飲み込めなかった。
「うわ、ウィークリーって高いんだな……!」
知らなかった。
しかし、背に腹は代えられない。
さすがに真冬に家無しデビューはきつい。
雅は少しだけ眉を寄せた。
「僕が払います」
「いや、それはさすがに」
「払わせてください」
雅とはそれほど長く一緒にいるわけではないが、こういうときの雅が絶対に引かないことはもう知っている。
俺はうんと悩んだ。
そして、おずおずとひとつのアイデアを提示する。
「……なぁ、じゃあ、次の家が決まるまでの間だけ、ふたりでここに住むってのはどうだ?」
無駄な出費を避けられて、そして別の家を探す時間も稼げる。
おまけに手間も減る。
合理的だ。
雅は2拍ほど悩んだあと、頷いた。
「……じゃあ、それで」
俺たちは、レインボーブリッジが見えるリビングで、しばらく無言になった。
――ということで、俺たちの同居(期間限定)が決まったのだった。
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