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第12話
そしてはじまった同居生活だったが、潤沢な支援があり、どちらも一人暮らし経験者の大人だ。
さほど大きな問題が起きるはずもない――と思ったのだが。
「泰斗さん! 洗面所を使ったあとはしぶきを拭いておいてくださいよ」
「ボールペンはペン先を下にしてペン立てに入れてください」
「本当にこれ掃除機かけたんですか」
――雅が、あまりにも雅なせいで大変だった。
俺は頭を抱えた。
雅は本当に細かい。
引っ越しが終わって1週間。
毎日この調子だ。
今日も今日とて、俺が帰って来てスーツのままソファに倒れていると、雅が帰ってくるなり文句を言ってきた。
「玄関からリビングにまで服が点々と脱ぎ捨てられているんですけど!?」
玄関から聞こえる声に、俺は目を閉じた。
もう、仕事終わりで疲れているだから、放っておいてくれよ。
しかし、雅より遅く帰って来たくせに、雅は元気だ。
リビングまで来てぎゃんぎゃんと騒ぐ。
「聞いてます!?」
俺は適当に返事をした。
「あーはいはい。聞いてる聞いてる」
「そもそも、なんでジャケットをハンガーにかけないんですか! 理解に苦しみます!」
「あとでかけようと思ったんだよ」
「絶対にかけませんよね!?」
「うーん……別にジャケットに皺のひとつやふたつ……」
「通行の邪魔だって言ってるんですよ!」
俺が無視して目をつむると、雅は小さく舌打ちをした。
日に日に、俺への態度が悪くなっている気がする。
「もう! 僕、怒りましたよ!」
そう言って、彼はリビングを飛び出していった。
なんなんだ、いったい。
翌日、珍しく雅は俺より早く帰ってきていた。
両手にはマスキングテープを持っている。
「こっちからこっちには入ってこないでください! 物も置かないで!」
そう言って彼が示した床には――マスキングテープが張られていた。リビングをふたつにわけるように。
俺は呆れ返った。
「……思春期かよ」
「あなたと生活を営めないという話です!」
「期間限定なんだから、目をつむれよ」
「あなたこそ、期間限定なんですから、生活を改めたらどうですか」
一事が万事、この調子だ。
まったく。
「お前、いつか本物の番ができたときに、こんな調子だと嫌われるぞ」
「余計なお世話です!」
そんな期間限定であることに心底救われる同居生活だが、いいこともある。
「うっま……!」
ダイニングテーブルに並べられた豪華な料理。
――雅の料理の腕が、プロ級だったのだ。
俺は一口、また一口と料理を口に運びながら、雅をほめたたえた。
「雅、お前店出せるぞ」
「そ、そんなにですか」
「天才」
「あ、ありがとうございます」
彼はなんだか戸惑っている。
自信持てって。
これはすげぇぞ。
「うめぇ~。なんだこれ。なんていう料理?」
俺がメインの皿に乗っている魚を示すと、雅がさらりと言う。
「ブタンダートのグラティネです」
「ぶらっ……てぃね!」
なるほどわからん。
それでもうまい。
俺はたぶんなんかの白身魚を頬張った。
俺の少ない語彙で説明するなら、クリーミィーだ。うまい。
俺の反応に気をよくしたのか、雅はいそいそと立ち上がる。
「ワインも飲みますか?」
「ワイン?」
「ワインセラーにいいワインがあります」
「飲む飲む~」
ワインセラーは、雅が彼のひとり暮らしの部屋から持って来たものだ。
ワインがずらりと収納されている。
彼はキッチンに置いてあるそれの前に行くと、ワインを取り出してはラベルを確認する。
「ええと、この料理にペアリングするなら……」
「ぺありんぐ……!」
いい響きだ。
なんだかリッチな暮らしをしているみたいだ。
雅と俺は同じ業界で働いているのでそれほど大きく収入は違わないはずだが、なんでも彼には不動産の副収入があるらしい。
くぅ、おぼっちゃまめ。
雅がこちらを振り返る。
「辛口、飲めますか?」
「飲める飲める~」
選ばれたのは透き通った白ワインだった。
ワイングラスに注がれたそれを、それっぽくまわす。
ワインはよくわからないが、香りはものすごく好みだ。
流し込むと、舌の上でぴりりと辛く、喉に流すと甘い香りがする。
いやぁ、本当に。
「うまっ……!」
「あ、ありがとうございます……!」
「最高。嫁にほしい」
「……っ」
「よし」
俺は最後のワインを飲み干すと、にっこりと笑った。
「じゃあ、お礼に、明日の朝メシは俺が作ってやるよ」
雅はぱあっと明るい顔をした。
「楽しみです」
「おう。任せとけ」
翌朝。
雅は俺が用意した朝食を前に、目を眇めている。
「――なんですか、これ」
「卵かけご飯だけど?」
ほかほかの白飯に、溶き卵。
味付けはシンプルに醤油のみで。
これが一番うまい。
しかし、雅は固まったまま手をつけようとしない。
「……」
「これはこれで、うまいぞ?」
酒を飲んだ次の日なんか、醤油をいっぱいかけてかき込んだら最高だ。
しかし雅は首を振った。
「……食事は僕が担当します。こんな食事を続けたら体に悪いです」
「いや、何言ってんだよ」
俺は自分の茶碗に醤油を回しかけた。
「ずぼらな飯の日があるから、うまい料理の日が輝くんだろうが。ほら、早く食べろよ。遅刻するぞ」
黄金色の米を、一気に口の中に入れる。
卵の甘さと、醤油のしょっぱさ。
うん。シンプル・イズ・ベスト。
フレンチの次の日に食べる卵かけご飯は、やっぱり最高だ。
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