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第22話(雅視点)
うどんを3口ほど食べたところで、僕は泰斗さんに尋ねた。
「……以前北小路さんの家に泊まったのは、ほんとうに酔いつぶれたからなんですか」
彼はちょっとむせてから、早口で言う。
「またその話かよ。そうだって言ってるだろ」
僕は小さく息を吐く。
泰斗さんが帰ってこなかったあの夜。
僕がどんな気持ちで待っていたかも知らずに。
「僕、あの日、ちょっと後悔したんです」
「後悔?」
「泰斗さんに、生活のことで、あれこれと言い過ぎた、と」
僕は頭を下げる。
「いままで違う生活をしていた大人が、急に意志に反して共同生活を送ることになったんですから、もっと僕が配慮するべきでした」
彼は目を丸くしている。
「なんだ、そんなこと。俺はそんなに気にしてないぞ。お前のこと、猫かなんかだと思ってた」
「猫?」
「そう。猫って引っ越したら気が立つんだってさ」
「……なんですか、それ」
「雅って猫っぽいじゃん?」
そう言って、泰斗さんはおかしそうに笑う。
僕はそんな彼を見て目を細める。
彼が朝帰りをした翌日。
彼を問い詰めてたとき「なんだよ、俺のこと、好きになっちゃったのかよ~」と言われて、はっとした。
あのときの驚きを思い出して、僕は胸を抑える。
僕は――。
僕は小さく首を振る。
「泰斗さん」
「ん?」
「北小路さんのどこがいいんですか」
「ぶっ!?」
彼はあからさまに動揺している。
「な、な、なっ……!?」
「何を焦っているんですか。番ごっこの相手としてどこがいいんです?」
「あ、あぁ、そういうこと……番ごっこの相手としてね」
「どこがいいんです?」
「うーん……特にない……いや、強いていうならこう、困ったときに名前が出てきてしまうところ、かな?」
「頼りにしてるんですね……」
「ソウカモナ」
泰斗さんの表情は硬い。
彼と北小路というあのアルファの関係は、正直、謎だらけだ。
「北小路さんは、あなたに”番ごっこで受けた恩は返さず人に送れ”と言っていると聞いたんですけど」
「そういえば……そんなことも言ったかなぁ……?」
僕はきっちりと覚えている。
泰斗さんは僕を番ごっこに誘った時、北小路のことをこう説明したのだ。
――『俺は北小路さんに感謝してる。ほんと。北小路さんにはなんのメリットもないのにさ。恩を返したいけど、あの人は恩は返さず人に送れって言うんだよ。だから、俺が人を助けたなら、満足してくれるさ』
僕は目を眇める。
「北小路さん、そんなことを言うような、できた人には見えませんでしたけど」
彼の目が泳ぐ。
そういえば、彼は父に問い詰められていたときも目が泳いでいた気がする。
彼の嘘をつくときの癖だろうか。
「どうして、彼にうなじを噛ませたんですか」
「だ、だから、ちょうどよかったから」
「アルファなんて、他にもいるじゃないですか。なんでよりにもよってあんな厄介そうな人に」
「厄介って。いい人だぞ」
「そうには見えませんでした」
僕だったら、公園で鳩に囲まれているような人を仮とはいえ番には選ばない。
泰斗さんのことはわかっていると思っていても、北小路に関すると途端にわからなくなる。
「……例えばですけど、北小路さんと泰斗さんが番を解消して、僕があなたのうなじを噛むというわけにはいかないんですか」
勇気をもって提案したが、それはあっさりと却下される。
「それは……ちょっと意味わかんなくなる、かな、ハハ」
胸の奥に苦いものが広がる。
僕のどこが北小路に劣るというのだろう。
番ごっこのただひとりの相手にすらなれないのか、僕は。
「北小路さんとはまた会うんですか」
「ま、まぁ、俺は会うけど……雅はもう会わなくていいぞ」
会うのか。
僕はテーブルの下で拳を握る。
「会うときは教えてください」
「……なんで?」
「だって、僕だってあの人と同じくあなたと番ごっこをしているわけですよね」
「お、おう」
「なら、あの人は僕のライバルじゃないですか」
泰斗さんは口を開けてぽかんとする。
「ライバルってのは、なにか違わないか……?」
「違いません。どっちが泰斗さんの番ごっこの相手にふさわしいか、競い合っているわけですから」
「……うーん?」
「現に、今日あの人は僕を蹴落としに来たでしょう」
「いや、それは……」
「負けられません。僕だって番ごっこを続けないといけない理由があるんですから」
そう。なにが「藤堂はコーヒー飲まないからさ。そんなことも知らないんだねぇ?」だ。
泰斗さんがアイスティーが好きなことくらい、僕だって知っている。
コーヒーを飲んでいるところを見たことがなかっただけだ。
「北小路さんは――」
「お前こそ、日向と何を話してたんだよ?」
また別の質問を投げかけようとすると、彼は食い気味に話を変えた。
「……」
僕は目を眇める。
いつもそうだ。
北小路に関係することは、こうして誤魔化す。
さらに追及してしまってもいいが、きっと彼は答えないだろう。
しかし。
僕は口角を上げた。
「雅? なんだよ、日向くんとそんなにいい話をしたのか……?」
「彼とは」
僕は静かに目を伏せた。
「手を組むことにしただけです」
「手を組むって?」
水無瀬日向に言われたことを思い出す。
――「私、今日ここであなたと番ごっこをはじめるように北小路さんに言われて来たんです」
――「でも正直、なんでって思ってるんですよね」
――「僕、番ごっこをするなら、北小路さんがいいです。どうにか角を立たせずにこの話を流せませんかね」
北小路と泰斗さんの関係がどういうものなのか、まだわからない。
でも、僕の手元には彼よりカードが多い。
僕は水無瀬にこう答えた。
――「この話をなかったことにできる方法が、ひとつあります」
そして、僕は彼の手を掴んだ。
――「僕はオメガ恐怖症だから、たぶん、このまま僕は倒れる。そうしたら、北小路さんを呼んで、無理だった、と言ってくさださい」
しかし、いつまで経っても、体の震えは訪れなかった。
泰斗さんに向かって、僕は微笑んだ。
「彼とは、天気の話をしました。当たり障りなく。誠実なはずの僕が嘘をつくので、明日は槍が降るかもしれない、と」
「……何言ってんだお前?」
やっぱり僕は、嘘が下手かもしれない。
北小路にも見破られていた。
自嘲したあと、首を振る。
「……やっぱり、いまのは聞かなかったことにしてください」
「はぁ?」
「なんでもないんです」
「……なんだっていうんだよ」
僕は息を吐く。
今日、僕は彼に嘘をついた。
僕のオメガ恐怖症は、治ってしまっていた。
でも、僕はまだ治っていない、オメガが怖いと言って彼にもたれ掛かった。
僕は自分を常々誠実だと思っていたが、意外とそうではないのかもしれない。
でも、仕方ない。
もう、僕は泰斗さんを手放せない。
でも、彼はきっと僕のこの気持ちを知ったら、番ごっこを解消して北小路のところへ帰ってしまうかもしれない。
いまは、まだ――。
「僕から言えるのはひとつです」
身を乗り出す。
「泰斗さん」
僕はそっと彼の手の上に自分の手を重ねた。
「僕のオメガ恐怖症が治るまで、僕と番ごっこをしてくださいね」
僕をこんな風に変えてしまったのは、あなたなんですからね。
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