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第23話

 それから1週間。  俺たちの無期限同居生活は、4つほど変わったことがある。 「ただいま帰りました」  夜、雅が帰って来ると、俺はソファで横になったまま気のない返事を返した。  いつもの光景だ。 「んー……」 「泰斗さん、またソファで寝て。風邪ひきますよ」 「ちょっとヒットポイント回復させてるだけ」 「ブランケット持ってきますね」 「……さんきゅ」  まず、雅がいろいろなことに寛容になった気がする。  俺は雅にかけてもらったブランケットと、それから俺が床に脱ぎ散らかしているスーツ類を見比べる。 「どうしたんだよ雅。ほら、俺脱ぎ散らかしてるぞ。怒っていいぞ」 「……僕が拾ってハンガーにかけておきましょうか」 「ええ……」  以前なら烈火のごとく怒っていたはずなのに。  彼は俺の返事を待たずに服を拾い集めはじめている。 「どうしたんだよ、雅」  いつの間か、リビングにあった境界線を示すマスキングテープは消え失せていた。  いや、もともとそんな境界線を俺は無視して暮らしていたが。  彼は俺のスーツをハンガーにかけながら、つぶやく。 「気が付いたんですよ。僕、こういうの苦にならないタイプだなって。むしろ散らかっているのを整理するのは好きな方です」 「はぁ」  彼は笑う。 「相性いいですね、僕たち」 「……そうかぁ?」 「泰斗さんには僕がいないとだめかもしれませんよ」  それはそれで、情けない話だ。  しかし。 「……どういう風の吹き回しだ?」 「いつか本物の番ができたときに、僕のいつもの調子だと嫌われるそうですから」 「まぁ、そうは言ったけど」  俺は眉根を寄せた。  こいつはほんとうに0か100しかないから、困ったものだ。 「別に、俺のときは好きに暮らしていいぞ。俺も勝手に暮らすんだから」 「そうもいきません」 「ふぅん?」  人は合わせ鏡とはよく言ったもので。  そうなってくると俺も少しは生活態度を改めようとなるわけだ。 「しゃーないな」  俺は立ち上がると、雅の手から俺のスーツを取り返した。  最初は手間に感じるが、なにごとも、続けていけば習慣になって、やがて日常に溶けていく。  まぁ、なんというか。  俺たちは双方、大人になったわけだ。  この変化は、いい変化だ。  変わったことの2つ目は、空気感だ。  俺は雅が作った夕飯を頬張った。 「うっま……」  相変わらず雅の作る夕飯はおいしい。  今日のメニューはなんとかのポワレだそうだ。  たぶん白身魚。  皮は香ばしくて、身はふわふわで。  なんかのソースと香辛料がかかっていて。  いっしょに出された白ワインによく合う。  雅は感激する俺を見て笑っている。 「それはよかった」  彼の笑顔がとろけるようで、俺は思わず目を逸らす。 「お、おう……」 「ワインもっと飲みます?」 「おう」 「ワイン、気に入りました?」 「めっちゃうまい」 「取り寄せたんです。気に入ってもらえて、うれしいです」 「へぇ」  もとから雅は彼が作った料理を褒めるとうれしそうにしていたが。  なんだかいまは、うれしいの範疇を越えてよろこんでいるように見える。  それに、なんだか日に日に料理のグレードアップしている気がする。 「雅、お前天才だ」  それなのに、俺の褒め言葉はグレードアップできずに申し訳ない。  しかし、俺の凡百の褒め言葉を、雅は心底よろこんでいる。 「ありがとうございます」  こんな笑い方をする奴だっただろうか。  それから3つ目の変わったことは、朝の出勤だ。  もともとは俺の方が出勤時間が早かったのだが、雅はフレックスだからといっしょに家を出るようになった。  それはいい。  それはいいのだが。 「泰斗さん」 「ん?」  ある日、玄関を出ると、雅が俺の手を握った。 「雅、ええと、あのさ」  これは、なに。  繋がれた手を見て、それから雅の顔を見る。  雅はいい笑顔を浮かべている。 「いいじゃないですか。リハビリですよ、リハビリ」 「……誰かに見られたら」 「だめですか? 僕たち、対外的には番ということになっているんですよ?」  そう言われると「……そうか」としか言えなくなる。  俺は首を傾げながら黙り込んだ。  その日から、俺たちは毎日駅まで手をつないで歩いている。  ……とまぁ、よくわからない変化を含めながら、こんな感じで俺たちは暮らしている。 「うーん」  夜、俺は風呂に入ったあと、自室にいた。  俺たちの住む3LDKは、ひとまず各家から持って来た大型の家具などを詰め込むように1部屋、そして互いの寝室として1部屋ずつ使われている。  俺に宛がわれた部屋は東向きで、雅の西向きの寝室とは廊下を隔てて向かい合っていた。 「……うーん」  俺はベッドの上に胡坐をかいて座って、この雅の変化について考えていた。  俺は思春期ではないのだから、別に雅が寛容になったとしても、やたらと喜ぶようになったとしても、またやたらと手をつなぎたがるようになったとしても、それでどうこうとはならない。  しかし、それが同時となると、多少は戸惑う。  いや、結構戸惑う。 「なんだっていうんだ……?」  つぶやくが、答えは出ない。 「あれか? 家に慣れたから懐いた、みたいな」  いよいよ雅は猫なのかもしれない。  俺は真剣に猫の生態について調べた方がいいのだろうか。  そんなことを考えていたら、きし、と廊下がきしむ音がして、俺は息を止めた。 「っ……」  雅が風呂から出たらしい。  廊下を歩く音に続いて、向かいの部屋のドアが開けられる音がした。  そのドアが閉められる音が聞こえるまで、俺は息を止めたままだった。  雅が部屋に入ったのがわかると、俺はそのままこてんとベッドに倒れ込んだ。  ――変わったところの4つ目は、俺だ。  俺はいま、雅の存在が、気になる。  ああ、ほんとうに。 「なんだっていうんだ……」  俺は枕に顔をうずめた。

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