26 / 40
第26話
目まぐるしい1日が終わって退勤しようとしたとき、部長に呼び止められた。
「藤堂~」
部長も退勤するところらしい。
でかいリュックを背負っている彼と並んで1階行きのエレベーターに乗る。
時刻はもう夜10時を過ぎている。
エレベーターは俺たち2人だけだった。
部長が尋ねる。
「そういえばさ、まだ雅くんといっしょに住んでんの?」
「ええ、まぁ」
「結局無期限?」
「はい」
「あらあら。やられちゃったねぇ」
部長が肩をすくめる。
なにを、と問う前に部長が続ける。
「それってさ、発情期はどうすんの?」
「あー……」
目を丸くする。
そういえば、そうだ。
「やばい、忘れてた……」
「忘れるなよ」
俺は苦笑する。
「だって。俺のフェロモンがわかる人っていままでいなかったんで。気にしたことなくて。そっか、発情期……」
部長は楽しそうに提案する。
「うちに避難しに来てもいいよん?」
「遠慮します」
「ええー即答?」
部長の軽口は無視して、顎に手を当てる。
前回の発情期が10月だから、次は3か月後の1月くらいか。
もうすぐそこだ。
「……実家に帰るのが一番いいですかね」
「藤堂、実家ってどこ?」
「八王子です」
「ええー……通勤大変そぉ」
「休みますよ。オメガ休暇で」
「いつもどおり、なるはやで復帰してねぇ~」
言われなくとも。
ふつうの発情期は7日ほど続くらしいが、俺は昔から3日と続かない。
エレベーターが1階に着く。
俺たちはふたり並んで降りると、社員証をかざしてゲートを出る。
外は当然、もう真っ暗だ。
部長が立ち止まる。
「雅くんには、なんて説明するのさ?」
「ふつうに発情期でいいでしょう?」
「わぁ、おもしろ~い。発情期で別居する番だって」
部長はけらけらと笑う。
俺はきっちりと訂正しておく。
「番ごっこ、ですから。いっしょにいたら雅もつらいだろうし」
俺はうなじの歯型をそっと撫でる。
俺の発情期のフェロモンは雅に影響を与えてしまう。
「ご両親心配するよ。うち来ればいいのに。汚くて安心するんでしょ?」
俺は鼻の頭をかく。
「いやぁ……ちょっと」
「なにさ」
部長の顔を改めて見る。
こないだ雅と彼を引き合わせてからというもの、雅はなにをするにも「北小路さんは」と言う。
「なんか、雅の奴、部長のことをやたらと気にしてて」
彼を番ごっこのライバルとも言っていたっけ。
部長は大げさにのけぞった。
「え、雅くん、ボクに惚れちゃったってこと?」
「おい、おっさん」
「おっさん呼ばわりはオジサン泣いちゃう」
そういつものやりとりをするが、いつもと違って部長は泣き真似をしなかった。
彼は真剣な顔で俺の肩を叩いた。
「ま、雅くんがボクを気にしてるっていうのは、ふつうだよ。気にしなくていい」
「なんでですか」
「アルファ同士なんだから、そりゃあね。ボクも若いころは年上のアルファはみぃんな敵だと思ってたよ」
「はぁ」
「ちなみにいまはアルファは年下も含めてみぃんな敵だと思ってる」
なんで歳をとってさらに尖るんだよ。
「そんなことよりさ」
部長は俺の肩に肘を乗せる。
「今日、金曜日じゃん。飲んでく?」
「魅力的な誘いですね」
今日は帰って雅に謝るつもりだったが。
正直、楽な方に逃げるのが人間というもので。
「ボク、奢っちゃう」
そう言われたなら、答えはひとつだ。
足取り軽くビルを出たところで、見慣れた人影に気が付いた。
それで、浮かれた気持ちはすっかり消え去った。
「あれ、雅?」
雅が俺の勤めるビルの前で待っていたのだ。
彼は小首を傾げる。
「泰斗さん……と、北小路さん……?」
「お久しぶり~」
「雅、もしかして待ってたのか?」
いつから待っていたのか、雅は耳と鼻の頭を真っ赤にしている。
「……泰斗さん、昨日体調が悪くて、今日は寝坊していたので、心配で……マフラーを忘れていっていましたよ」
雅が差し出したマフラーを受け取る。
そういえば、慌てて家を出たせいで忘れていた。
「悪かったな。心配かけたよ。でも、お前の方が風邪ひくぞ」
部長が横から言う。
「藤堂なら元気だよ。今日も元気に会議でとちってた」
「部長!」
つっこんでから、しまった、と思った。
いや、ふたり揃って職場から出て来たところを見られて時点で、ばれていたかもしれないが。
雅は呆然と言う。
「ふたりは、一緒の職場で働いているんですか……?」
「あれ? 藤堂ってば、言ってなかったの?」
俺はもごもごと言う。
「言うタイミングを逃したというか、なんというか……」
雅もぼそりと言う。
「……北小路さんに会うときは教えてくださいって言ったのに……」
「いや、その……」
雅が顔を伏せる。
表情は読み取れないが、これは、たぶん、怒っている。
俺は黙った。
雅も黙ったままだ。
「は~い! やめやめ!」
重苦しい空気の中、部長が手を叩いた。
「痴話喧嘩は犬も食わないって言うじゃん? ボクも食べないよ」
「……はぁ」
雅をちらと見る。
彼はまだ顔を伏せたままだ。
部長はそんな雅を無視して続ける。
「あのね、ボクたちこれから飲みに行くんだよね」
雅がゆっくりと顔を上げた。
その目が、俺ではなく部長をまっすぐに射抜く。
「……僕も行きます」
「だめだめ。大事な話をするんだから」
「なんの話ですか」
部長はにやりと口角を上げた。
「藤堂の次の発情期の計画を立てるんだ」
「ちょっ!」
俺が反駁するより先に、俺は走り出していた。
――雅に手を引かれて。
ともだちにシェアしよう!

