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第26話

 目まぐるしい1日が終わって退勤しようとしたとき、部長に呼び止められた。 「藤堂~」  部長も退勤するところらしい。  でかいリュックを背負っている彼と並んで1階行きのエレベーターに乗る。  時刻はもう夜10時を過ぎている。  エレベーターは俺たち2人だけだった。  部長が尋ねる。 「そういえばさ、まだ雅くんといっしょに住んでんの?」 「ええ、まぁ」 「結局無期限?」 「はい」 「あらあら。やられちゃったねぇ」  部長が肩をすくめる。  なにを、と問う前に部長が続ける。 「それってさ、発情期はどうすんの?」 「あー……」  目を丸くする。  そういえば、そうだ。 「やばい、忘れてた……」 「忘れるなよ」  俺は苦笑する。 「だって。俺のフェロモンがわかる人っていままでいなかったんで。気にしたことなくて。そっか、発情期……」  部長は楽しそうに提案する。 「うちに避難しに来てもいいよん?」 「遠慮します」 「ええー即答?」  部長の軽口は無視して、顎に手を当てる。  前回の発情期が10月だから、次は3か月後の1月くらいか。  もうすぐそこだ。 「……実家に帰るのが一番いいですかね」 「藤堂、実家ってどこ?」 「八王子です」 「ええー……通勤大変そぉ」 「休みますよ。オメガ休暇で」 「いつもどおり、なるはやで復帰してねぇ~」  言われなくとも。  ふつうの発情期は7日ほど続くらしいが、俺は昔から3日と続かない。  エレベーターが1階に着く。  俺たちはふたり並んで降りると、社員証をかざしてゲートを出る。  外は当然、もう真っ暗だ。  部長が立ち止まる。 「雅くんには、なんて説明するのさ?」 「ふつうに発情期でいいでしょう?」 「わぁ、おもしろ~い。発情期で別居する番だって」  部長はけらけらと笑う。  俺はきっちりと訂正しておく。 「番ごっこ、ですから。いっしょにいたら雅もつらいだろうし」  俺はうなじの歯型をそっと撫でる。  俺の発情期のフェロモンは雅に影響を与えてしまう。   「ご両親心配するよ。うち来ればいいのに。汚くて安心するんでしょ?」  俺は鼻の頭をかく。 「いやぁ……ちょっと」 「なにさ」  部長の顔を改めて見る。  こないだ雅と彼を引き合わせてからというもの、雅はなにをするにも「北小路さんは」と言う。 「なんか、雅の奴、部長のことをやたらと気にしてて」  彼を番ごっこのライバルとも言っていたっけ。  部長は大げさにのけぞった。 「え、雅くん、ボクに惚れちゃったってこと?」 「おい、おっさん」 「おっさん呼ばわりはオジサン泣いちゃう」  そういつものやりとりをするが、いつもと違って部長は泣き真似をしなかった。  彼は真剣な顔で俺の肩を叩いた。 「ま、雅くんがボクを気にしてるっていうのは、ふつうだよ。気にしなくていい」 「なんでですか」 「アルファ同士なんだから、そりゃあね。ボクも若いころは年上のアルファはみぃんな敵だと思ってたよ」 「はぁ」 「ちなみにいまはアルファは年下も含めてみぃんな敵だと思ってる」  なんで歳をとってさらに尖るんだよ。 「そんなことよりさ」  部長は俺の肩に肘を乗せる。 「今日、金曜日じゃん。飲んでく?」 「魅力的な誘いですね」  今日は帰って雅に謝るつもりだったが。  正直、楽な方に逃げるのが人間というもので。 「ボク、奢っちゃう」  そう言われたなら、答えはひとつだ。  足取り軽くビルを出たところで、見慣れた人影に気が付いた。  それで、浮かれた気持ちはすっかり消え去った。 「あれ、雅?」  雅が俺の勤めるビルの前で待っていたのだ。  彼は小首を傾げる。 「泰斗さん……と、北小路さん……?」 「お久しぶり~」 「雅、もしかして待ってたのか?」  いつから待っていたのか、雅は耳と鼻の頭を真っ赤にしている。 「……泰斗さん、昨日体調が悪くて、今日は寝坊していたので、心配で……マフラーを忘れていっていましたよ」  雅が差し出したマフラーを受け取る。  そういえば、慌てて家を出たせいで忘れていた。 「悪かったな。心配かけたよ。でも、お前の方が風邪ひくぞ」  部長が横から言う。 「藤堂なら元気だよ。今日も元気に会議でとちってた」 「部長!」  つっこんでから、しまった、と思った。  いや、ふたり揃って職場から出て来たところを見られて時点で、ばれていたかもしれないが。  雅は呆然と言う。 「ふたりは、一緒の職場で働いているんですか……?」 「あれ? 藤堂ってば、言ってなかったの?」  俺はもごもごと言う。 「言うタイミングを逃したというか、なんというか……」  雅もぼそりと言う。 「……北小路さんに会うときは教えてくださいって言ったのに……」 「いや、その……」  雅が顔を伏せる。  表情は読み取れないが、これは、たぶん、怒っている。  俺は黙った。  雅も黙ったままだ。 「は~い! やめやめ!」  重苦しい空気の中、部長が手を叩いた。 「痴話喧嘩は犬も食わないって言うじゃん? ボクも食べないよ」 「……はぁ」  雅をちらと見る。  彼はまだ顔を伏せたままだ。  部長はそんな雅を無視して続ける。 「あのね、ボクたちこれから飲みに行くんだよね」  雅がゆっくりと顔を上げた。  その目が、俺ではなく部長をまっすぐに射抜く。 「……僕も行きます」 「だめだめ。大事な話をするんだから」 「なんの話ですか」  部長はにやりと口角を上げた。 「藤堂の次の発情期の計画を立てるんだ」 「ちょっ!」  俺が反駁するより先に、俺は走り出していた。  ――雅に手を引かれて。

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