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第29話※

 宛がわれたそれは熱く、硬く、大きかった。  腹を押し広げて、それが挿しこまれていく。 「あぁ……んぅ、ふっ……」  しびれるような感覚。  足先にまで力がはいり、ぴんと伸びる。 「あっ……雅……」 「入りました……」 「……っ」  昂る雅のそれを感じる。  さきほど、雅はなにを言いかけたのだろう。  「僕は――」に続く言葉を夢想する。  雅も、もしかしたら俺と同じ気持ちでいてくれているのだろうか。  そうだ。そうかもしれない。  だから彼は部長をあんなに気にしていたんだ。  もしかして、雅も俺のことを――。  そのとき、雅は感極まったように言った。 「泰斗さん、ああ、すごく、いい匂いがする……」 「へ、ぁ……?」  後頭部を殴られたように、俺は目を見開く。 「俺、匂う?」  雅は俺の首筋に鼻を摺り寄せる。 「いい匂いです。ああ、この匂い……なんだろう、とても……とても」  雅の声はどこか浮ついている。  アルファは、オメガの発情期に発する匂いに狂う。  オメガのその匂いは発情期にだけ発せられるというが、雅は出会ったときにも、発情期前の俺の匂いを嗅ぎ当てていた。  俺は背筋が冷たくなるのを感じた。 「……雅、1回抜いて……」 「泰斗さん、もっと、もっとつながっていたい……」  18歳でアルファとして成熟するまえに俺を番にした雅は、きっとオメガの匂いに慣れていない。  まして、こんなことをしたら、なおのこと。 「はやく抜けって。お前、オメガの匂いにやられてるぞ」  真実を知ったら、きっと後悔する。  知らないうちに、匂いで雅をたぶらかしてしまった。  まるでだまし討ちだ。  しかし俺の言葉を無視して、雅はそれをぐりぐりと奥へこすりつける。 「く……っ……」  思わず背中が反る。 「泰斗さん」 「雅、だめだ……」  ゆっくりと、具合を確かめるように雅が腰を引き、またそれを奥へ突き立てる。 「あっ」  俺の声が漏れると、雅は腰を振りはじめた。 「ああっ! やっ……! あっ……」  浅く、深く、何度も何度も奥を突かれる。 「やめ、ろ、ってぇ……!」 「ああ、いい……泰斗さん……泰斗さん!」 「ば、ばかやろ……っ!」  雅が乳首に吸い付く。  雅が動くのにあわせて、ぐちゅぐちゅと水音が生まれる。 「雅、ほんとに!」  叫ぶ俺を無視して、彼は俺の足を抱えなおすと、いっそう激しく奥を突いた。  いやらしい水音に、ぱんぱんという肌と肌がぶつかる音が重なる。 「うわあっ……、あ……あ」 「泰斗さん! 僕、僕、もう、気持ちよくてっ……」 「……雅……やめろ、抜いてくれ……っ」 「……いやです」  雅は俺の腰を高く持ち上げ、そのまま真上から腰を打ち付ける。 「あっ……ああ……ぁあっ」  目の前に星が散る。  このままではいけない。  雅は完全にオメガの匂いにやられて理性を失っている。  俺は身を捩って這うように逃げ出そうとする。 「逃がさない……」  しかし、それは容易く雅に抑え込まれる。  雅を見上げると、彼は鬼のような形相でこちらを見ている。 「ぁっ……」  喉から、音にならない悲鳴がもれた。  抵抗しようとした腕は、ひとつにまとめて押さえつけられる。  雅は低くうなる。 「なんで逃げるんですか」 「俺、なぁ、お前、オメガの匂いにやられてるだろ……1回やめよう、話さないといけないことが、あるんだ……!」 「北小路の! ところに逃げるんですか! そんなの! 許さない!」  雅は叫んだ。  そして腰を激しく叩きつける。  容赦のない挿出だった。ぎりぎりまで引き抜いて最奥まで押し込まれる。 「ああ、あっ……!」  アルファの激高したアルファの匂いが、俺の動きを縛る。  俺はもう指一本動かせない。  壊れた人形のように、俺はただ彼に揺さぶられて喘ぐ。 「泰斗さんっ、泰斗さん!」 「ああっ……あああ! あ……!」 「くっ……」 「ああ、ぁ、ああっ!」 「泰斗さん、出しても、中に、いいですか? いいですよね?」  雅のそれが腹の奥で大きくなる。  俺は歯を食いしばる。 「……っ!」 「泰斗さんっ!」 「ああっ!」  腹の奥に、熱いものが注がれた。 *  部屋に充満していたアルファの匂いは、彼の絶頂とともに霧散した。  助かった、と俺は倒れ込んで来た雅の下から抜け出す。  1度果てたことで、多少雅も落ち着くはずだ。  俺はよたよたと立ち上がる。  床での行為は、さすがに関節にくる。 「床は、よくないな」  そうつぶやくと同時に、俺のそこからごぽりと雅が放った精がこぼれた。 「……うへぇ」  オメガは男体でも妊娠ができる。  しかし、いまの俺は雅のキスと匂いで一時的に興奮しただけで、発情期ではないはずだ。  俺は呼吸を整える。    雅は床に倒れたまま、呆然としていた。 「おい、雅? ちょっとは冷静になったか?」  彼はゆっくりとまばたきをしたあと、うつろな声で言う。 「……たいとさん」 「ったく……ほら、しっかりしろ」  頬を叩くと、雅の目に理性の光がわずかにもどる。 「……すみません」 「おう」 「気持ちよくて……」 「いいって……入れろって言ったのは俺だし……ただ……」 「ただ?」 「……なんでもない」  言葉を飲み込む。  「雅が雅でないみたいで怖かった」など、言えるわけがない。  彼のせいではない。  俺のせいだ。  俺の匂いが彼をこうさせたのだ。  俺は深いため息を落とした。  番なんだから、こうなる危険性があることは最初からわかっていたはずだ。  何をやっているんだ、俺は。  すべては俺の不注意と、慢心と、それから嘘が招いたことだ。  急速に冷静さを取り戻すと、己の罪深さを思い知る。  ――泰斗さん、ああ、すごく、いい匂いがする……。  ――逃がさない……。  ――北小路の! ところに逃げるんですか! そんなの! 許さない!  うなじに手を当てる。  あのふだん冷静な雅が、あれほど激昂するとは。  これが、番というものの力なのだろうか。  自分の自由欲しさに番を継続したが、それはとんでもないことだったのかもしれない。  下手をすると、雅の人格さえも変えてしまうような。  雅は立ち上がる。 「……ベッド行きますか」 「……行かない。もう手伝いはいらない。それに……いま、俺からオメガの匂いがするんだろ。こんなところに来たのも、さっきのも、ぜんぶお前の意志じゃないかもしれない」 「僕の意志です」 「どうだか」  雅は鼻をすんと鳴らす。 「泰斗さん、発情期が近いんですか」 「……お前には関係ないことだろ」 「……僕に、発情期を任せてみるつもりはありませんか。どういうわけか、僕にもあなたの匂いがわかるんです。きっと、相性がすごくいいのかも」 「だめだ」 「……」  雅はおもむろに首筋に顔を寄せる。  そこに歯が当たった気がして、俺はぎょっとする。  飛び退いて雅を振り返ると、雅はちょっと傷ついたような顔をしている。  なんでそんな顔を。  いや、それすらもオメガの匂いがそうさせているのだろうか。 「雅、もう今日は俺に近づくな」 「……は、はい……」  俺は床に散らばった服を急いで着る。  つられて、雅も服を――といっても彼はほとんど乱れていないが――整える。 「あの、泰斗さん、シャワーを」 「いい。このまま帰る。お前はここで2時間くらい休んでから帰って来い」 「待ってください、そんな、いっしょに帰りましょうよ」 「だめだ」  強く言うと、雅は肩を落とす。 「中に出してしまって、ごめんなさい。……怒ってますか」 「怒ってない。俺のせいだ。いまはほら、匂いでお互い冷静じゃないから、別々に帰るってだけだ」 「……すみません」  彼は泣き出しそうだ。 「雅」  俺は懸命に笑ってみせた。 「お前のせいじゃない」 「……あなたは、優しすぎます。僕のこと、怒ってくださいよ」 「……優しいかどうか、わかんねぇぞ」  震える声を振り絞る。 「俺は、お前のことを騙している大悪党かも」 「許します」  今度は雅が強く言い切る。 「もしあなたが大悪党で、僕どころか世界中を騙していても、僕はあなたを許します」  彼はまっすぐに俺を見つめていた。  しかし、俺はその目を見られなかった。  オメガの匂いが、いま彼を狂わせている。  俺はため息をついた。  オメガを抱いたことが彼の自信となってくれたらいい。  そして、オメガ恐怖症が治ったら、もっといい。  そして、ほんとうに、幸せになってくれよ。  俺はそこまで、見届けられそうにないけど。  こうなってしまったいま、もう俺は雅の傍にいられない。いるべきではない。  俺は、雅に真実を告げて――別れを告げるときがきたのだ。  その前に、嘘の後片付けをしよう。  雅にそっと近づく。  そして、彼の肩に落ちている茶色い髪の毛をそっとポケットに入れた。

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