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第6話

 ひとり応接室から出ていったケイシーは、少しして新しいシャツに着替えて戻ってきた。   「お疲れになったでしょう」    手に桶とタオルを持っている。反対の手にあるのは俺の着替えだろうか。   「自分でやるから」    起き上がろうとするとケイシーは駆け寄ってきて、そっと俺を押してきてベッドへと戻されてしまった。   「遠慮など、あなた様にはまったく必要のない感情です」    おかしげに言って、ケイシーは湯につけたタオルで俺の身体を拭き始めた。   「だったら湯浴みをさせてもらえたらありがたいんだが……」 「でしたら明朝に願います。たくさんの水が必要になりますから」    ヒートが始まるとケイシーは俺をこの屋敷へ連れてくる。使用人には休暇を出して、ひとりですべての世話をしてくれるのだ。気が引けるどころの話じゃないというのに、俺が動こうとすると毎度このように不満がられてしまう。   「……重ね重ね感謝する」 「そういったお言葉も、必要ありません」    ケイシーはかすかに口元を緩めると、俺の足を拭くために身体を傾けた。  通った鼻筋と不機嫌そうな眉、睨んでいるようにも見える白群の瞳。シアンが五十でイエローが二十という構成のカラーだ。前世では人気のルイよりもケイシーのほうを好きでよく描いていた。エロゲではなかったようで元のイラストはいつも決まったスーツ姿だったのだが、初めて一糸まとわぬ姿を見たときは驚かされた。筋肉質の身体はツヤツヤとして張りがあり、肌は指が喜ぶほどに滑らかなのだ。貴族令息だからか気品もあるし、俺を抱くごとに色気は増していく。俺ひとりが独占していていいものかと、後ろ暗さに拍車がかかって遣る瀬なくなってしまう。   「……こちらへどうぞ」    新しいシャツを羽織らせてくれたケイシーはやおらに跪き、恭しく手を差し出してきた。令嬢じゃないんだから。喉まで出かかったつっこみを飲み込んで、彼の手をとった。   「足元にお気をつけください」    立ち上がるとバランスを崩しそうになり、ケイシーの配慮は穏当だったことがわかった。まるで初めて抱かれたときのように足腰にきている。間が空いてしまうせいか、もしくは続けざまにやったせいかもしれない。  応接室を出て連れて行かれた先は、二階にあるケイシーの部屋だった。主寝室としてあつらえられた部屋で、大の字になっても余裕たっぷりのベッドと、ふかぶかとしたソファが二脚対面に置かれている。その中央にはローテーブルがあって、ウィスキーや水のボトルとグラスが二つ置かれてあるのだが、俺の目は薄紫色の液体が入った小瓶に吸い寄せられた。   「……それは、先週完成させたものか?」    ソファに掛けるより先に、瓶へと手が伸びてしまう。   「ええ。前回からキニールの成分を五グラムほど減らし、ユープルの葉を二グラム加えてみたものです」 「試作したのは三種だったと思うが」 「無論、他の二つもご用意しております。ですが紛らわしくないよう、まずはこちらをと持ってまいりました」    なるほどと頷きつつ、小瓶の蓋をとって鼻先へ近づけてみた。   「成功しているといいんだが」    ふわりと毒々しい香りのしたこれは、オメガの抑制剤だ。完成した暁には、ケイシーに頼らずともヒートを抑えることが可能となる。つまり晴れて彼を解放することができる鍵となるものなのだ。  この世界には未だかつて存在したことはないそうで、当然ながらにレシピなんてものはない。俺が試作を始めたのは、前世で聞きかじった情報からだった。イラストを描いたのを機にオメガバースなるものを知り、興味本位で調べた結果だ。   「……まずはウィスキーをいかがですか?」 「いや、妙な反応を起こすとわるい。いまは水だけで十分だ」    俺は傾けられたボトルを制して、手ずからグラスに水を注いだ。ひといきに飲んでから、小瓶のほうをケイシーのほうへ掲げてみせる。   「……では、いただくことにする」    乾杯という所作をして、くいっと飲み干した。死ぬほど苦い。えずいてしまいそうになるが、なんとかすべてを流し込んだ。いつ飲んでもなれないものだが、耐えるしかない。俺の他に誰も試すことができない代物であるうえに、自分のためのものなのだから。   「いかがですか?」 「……急性的な反応はないようだ」 「まずは一安心でありますね」    ひとりで試作していたのをケイシーに気づかれて以来、ここ三年半は二人で何十と試作を繰り返してきた。主に利用したのは俺の前世からの知識だが、寝込む羽目になったことは幾度となくある。この世界より科学技術が発達していたといっても、俺自身が薬学を専門に学んだわけではないからだ。しかも、もともとがフィクションの設定であるために、抑制剤なるものが現実に開発することができるのか、それ自体も賭けだ。   「では、わたしはいただいてもよろしいでしょうか?」 「ああ、好きにしてくれ」    許可を与えると、ケイシーはグラスにウイスキーを入れてひとり飲み始めた。俺はもう一杯水をいただき、美味そうに飲み干すケイシーの喉仏を眺めていた。  ケイシーは着替えてきたけれど、身体のほうは拭いてきたのだろうか。   「……今回は上手くいくといいんだが」    見ているとケイシーに触れたくなってきてしまう。   「もう四年でしょうか。早いものですね。あなた様のおそばにいると、日々があっという間に過ぎるように感じます」    目を逸らしても、声を耳にするだけで身体が暖炉のまえに来たときのようにじわじわと熱くなっていく。   「時間は止まることなく過ぎていく。だからこそ、早いところ完成させなければならない」 「はい……あなた様が安心してお過ごしになられることが、わたしのすべてであります」    ケイシーは熱っぽく言いながら俺の手に自身のを重ねてきた。  賭けだとしても、ゲームの世界に転生などというあり得ないことが現実に起きているのだから、このくらいの奇跡も起きて欲しい。いや、起きてしかるべきだろう。   「……ケイシー」    ケイシーは俺の手を握ると、そっとキスをしてきた。  衝動に駆られたようなものではなく、感情によって突き動かされたようなキスだ。   「完成するよう努めておりますし、祈ってもおります」    ついばむようだったキスが、徐々に深くなっていく。   「んっ……ん……」    ケイシーの手が腰に触れる。びくっと震えた身体を勢いよく寄せられて、抗おうとした手が力なく空をきった。   「効力が正しければ、欲情しないはずでありますよね?」    試すつもりなのかケイシーの手がシャツの中へ入ってくる。   「……これが完成しなければ、もう策は──」    抑え込もうとしても、ヒートのせいか少しの刺激だけでどうしようにも熱を持ってしまう。   「尽きたことになりますが、致し方ありません」    今回の抑制剤もだめだったらしい。いつものように、ケイシーのものを求めて腰の奥が疼き始めてしまっている。   「しかし、別の策を……んっ」    またもキスをされ、アルコールの匂いと甘美な味が口内に広がってきた。   「ご安心ください。抑制剤が完成せずとも、わたしが生涯あなた様をお慰めいたしますから」    それを危惧しているというのに。  俺の不安とは裏腹に安堵を誘うようにケイシーは言うと、下腹部のほうへと手を伸ばしてきた。   「……だめだって」 「ですから、不安などという感情もあなたには必要ありません」 「……んっ」    敏感なところに触れられてはもうだめだ。俺は欲望を抑え込むことができなくなってしまった。

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