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第7話
結局のところ、今回の抑制剤はすべて失敗だった。試飲してもなんの変化も起きず、いつものようにケイシーから慰めてもらうことでやり過ごすしかなかった。
「薪が足りなくなったようですので、少し調達してまいります」
さて王城へ戻ろうという日の早朝に、ケイシーは湯浴みの用意をすると言って斧を手にひとり屋敷を出ていった。
「……木こりまがいのことまでできるなんて、完璧すぎるだろ」
ケイシーは料理から洗濯、掃除までなんでも手際よくこなす。前世では文明の利器に頼り切っていた俺は、現世では王子として過ごしてきたこともあって、なんの手助けにもならない。
「できても、やらしてくれなそうだけど……」
だからというわけではないが、ため息ばかりが口について、ケイシーに助力を買って出る気力もなかった。試作のすべてだめだったことがかなり尾を引いている。
この世界にある薬草やハーブなど、なにか薬になりそうなものならあらゆるものを試した。ヒートの最中に植物の香りをかいだり、口に含んでみるなりして効果のありそうなものを選別し、調合の度合いを比較している。薬といえば他に動物の肉や黴などの細菌も原料となるのだが、安全面での不安があって試してはいなかった。
そろそろそこへ踏み出す段階かもしれない。
考えながら邸内を歩き回っていたところ、書斎に通りかかったため入ってみた。
広々とした室内には窓を中央として左右の壁が書棚で埋まっている。ずらりとすき間なく並べられているのは、エインズワース伯爵、つまりケイシーの父が古今東西集めてきた書籍類だという。社交界で一時期書物を収集する趣味が流行したらしく、購入しただけで手に取るのはもっぱらケイシーばかりのようだが、気分を変えるにはうってつけかもしれない。
俺は、背表紙をたどりながらゆっくり歩いてみた。
そのとき、ふいに一冊の本が目に留まった。
そこだけやけに小綺麗だったのだ。いくらケイシーといえど俺とばかり過ごしていては書斎の掃除にまで手は出せないだろう。使用人にしてもあまり頻繁に使用されていない部屋にまで手が行き届かないのは当然だ。本棚には薄っすらと埃が積もっていたのだが、見た目には単に続き物の小説であるのに、その一冊の前にだけ埃が溜まっていなかった。
ケイシーが俺の寝ている時に読んでいるものなのだろうか。
まさかと考えつつ手に取って中を見た俺は、まさかと落としてしまいそうになった。
「なんで……」
震えてしまった手が勝手に閉じてしまったが、もう一度開けてみた。ぱらぱらとページをめくり、ますますの驚きに息を呑んだ。
すべてのページにオメガの抑制剤についてのことが書かれてある。序盤から中盤までは覚えがあり、おそらく俺と二人で研究してきたものを記録しているのだろう。しかし、後半はまったく見当のつかない試作の結果がたくさん書かれてあった。
俺のヒートではない期間の日付と、三人ほどの被験者らしき名前もある。ケイシーは、俺に黙って他のオメガと研究を並行していたというのだろうか。
「……まさか、成功しているのか?」
しかも、なぜか記録は半年ほど前で終わっていた。残りは俺とした結果が前半と同じように書かれてあるだけである。
気になったのは、さも重要というように大きく印がつけられてあることだ。完成などの表記はなくとも、そう取れるように見えてならない。
「そんなはずは……ない」
完成していたら教えてくれるはずだ。もし、陰で試作していたことを隠したかったとしても、何気なく俺に提案して二人で試作し直せばいいだけだ。だから、これは単に被験者たちからの協力が終了しただけに違いない。印もただ最後だからとか、後で詳細を調べようという意図があった程度のことだろう。
万が一にでも完成できていたとすれば、ケイシーに隠す理由はないのだから。
◇◇◇
「いかがなされたのですか?」
書斎を出ると、ケイシーはすでに薪を切り終えて火を熾してくれていた。浴室へと繋がっている竈門を焚いて、溜めたお湯を温めてくれている。
「ん、なんでもない」
いつもとなんら変わりない怜悧な表情を見て、胸のうちで安堵した。
ケイシーが俺に隠しごとをするはずがない。自分より俺を優先するような忠義心を持っている男だ。
しかもケイシーとは十五年もの付き合いになる。ケイシーは俺よりも三つ年下だが、俺の母と伯爵夫人は実家が隣り同士で親友だったこともあり、幼い頃からよく顔を合わせていた。彼のことなら誰よりも知っているつもりだ。
だからそんなケイシーが、押し隠しているなんて考えたくなかった。
もし陰で研究していたのが事実だとしても、俺のためと考えれば飲み込めないこともない。しかし、完成していたとして、ひた隠しにしていたら裏切られたようなものだ。
自分のためでもあるが、なによりもケイシーのための抑制剤なのだから。
だからと俺はケイシーの秘密は見なかったことにして、これまで通りの態度を貫くことに決めた。
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