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第5話
食事の間、俺に次々と質問が飛んできて、それに答えたり逆に俺が質問をしたりしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
「すみません。家族は客と話すのが好きで……」
食堂を出てから、ボリスは俺に謝罪した。俺は笑う。
「いやいや全然。楽しかったよ」
事実、ヴァンパイアという種族が「人間の血をすする得体のしれない生き物」から、「ふつうの人間と大差ない種族」と認識が改められるくらいに楽しいひとときだった。
彼の祖父は威厳があり、母親はおしゃべり上手で、父親は寡黙だが柔和で、弟は利発だ。
もう俺はヴァンパイアという種族をわかった気になって言った。
「いい種族だな」
「気に入っていただけたなら幸いです」
それからゆっくりと部屋へ向かう。
城の廊下には窓がない。太陽光を嫌う彼らの住処にそれは不要だからだ。
しかし、ヴァンパイアたちは小さな水晶を持っていて、その水晶が外の空を映しているのだという。それを見れば日没前か後かわかるらしかった。
ボリスもそれを持っていて、彼の水晶をひとつ譲ってくれた。彼はいっぱい持っているのだそうだ。
俺はポケットにしまっていたその水晶を取り出す。
水晶の中には地平線と、それに沈みゆく太陽が映し出されていた。
食事の会話の中でわかったのだが、ヴァンパイアというのは日没前に起きて、身支度をして、食事をして、日暮れとともに活動開始――という生活リズムを送っているようだ。
水晶を眺めていると、ボリスが尋ねた。
「眠いですか」
「ううん」と俺は答える。
昼夜逆転生活初日ではあるが、それでも体にはなんの不調もなかった。
俺は尋ね返した。
「なんで? 眠そうに見えた?」
「いえ、このあとの予定を決めようと思いまして」
「予定」
ファの言葉を思い出す。
「そういうのって、あらかじめ決めてくれてるんじゃないのか?」
なんだか不遜なセリフだ。しかしそういうものだと俺は聞いていたのだから仕方ない。
ボリスは顎に手を当てる。
「いくつか予定は立てていますが……所詮、それはあなたに会う前に立てた予定ですから。実際のあなたに合わせるべきでしょう?」
「ああ……」
俺は理解した。
なるほどこの男はもてる。俺もいつかかわいい子に巡り合うことができたらこのテクニックを使おう。――予定は立てたけど、今日の君にあわせるよ。うん、もてそうだ。
俺が唸っていると、俺が予定を決めかねていると勘違いしたのか、ボリスが提案してきた。
「ヴァンパイアの里を案内しようと思いますが、いかがですか。今夜も月が明るいですから、見て回るのにちょうどいいですよ。眺めのいい場所で食事を食べましょう」
「へぇー。いいね」
俺が頷くと、ボリスは使用人たちに指示を出す。魔物たちはさっと頭を下げると消えていった。
彼らが消えたあと、俺はちょっとだけ声を小さくして「ヴァンパイアの里って?」と尋ねた。
初歩的といえるこの質問はあまり褒められたものではないだろう。しかしボリスは嫌な顔をすることなく、宙を指さしながら説明をはじめる。
「ここがあなた方がお住まいになられているワイバーンの谷だとすると、その周囲にあるのがアトリア平原です。昨夜飛行してきた、広大な平原です」
彼は指で円を描く。そしてその円の西の端を指さす。
「このあたりにエル山脈、いまわれわれがいる城はこの連なる山々をくりぬいて作ったものです。そしてこの山脈と、もう少し西にあるサン火山、南のウロ火山。これらに囲われた地域が、我々ヴァンパイアの里です」
「へえ」
お隣、と呼ぶには遠いが、地図の上で見るならご近所さんだったらしい。
俺は転生して初めて知るこちらの世界のことに目を輝かせた。
ボリスは続ける。
「里にはルネー民族が住んでいます」
「それもヴァンパイアなんだ? 何人くらい?」
「いいえ。ルネー民族は人間です」
「え? そうなの?」
「はい。我々ヴァンパイアと契約をしています。宗教的な理由で人間の国を追われた民です。血と引き換えに、我々が庇護を」
「な、なるほど。ヴァンパイアと人間って一緒に住んでるんだな」
「はい。我々がここを永住の地と定めたときに、人間の王も我々にこの地の所有権があることを認めています。また、互いに武力の不干渉を取り決めています。人間側に攻撃されることはありません。アトリア平原はワイバーンをはじめとする強力な魔物が多くいます。ここは人間の土地と魔物の領域の緩衝地帯といってもいいでしょうね」
つまり、ヴァンパイアの一族というのはちょっとした領主一族のようなものなのか。
俺がうんうんと唸っていると、ボリスはさらに言葉をつづけた。
「面白い里です。景色を見るために人間の旅行者が絶えません」
「へえ?」
「里の外の人間たちは、ここを”串刺しの街”と呼んでいるそうですよ」
「へえ串刺し! ――え? 串刺し?」
ボリスが笑う。赤くて形のいい唇から、ちらと白い牙がのぞいた。
*
移動はまた例の蝙蝠車らしい。それに乗って、ヴァンパイアの里の上を飛び、西のサン火山にある城へ行ってサンドイッチを食べる。それが今日の行程だ。
いま、俺の目の前には蝙蝠車がある。
それを前にして、俺の足は完全に止まってしまっていた。乗り込む勇気が出ないのだ。
巨大な蝙蝠と鎖でつながれた車体。鎖も車体も華奢なつくりで、突風でも吹いたらあっというまにこの世に別れを告げることになりそうだ。
俺がファを抱きしめて怯えていると、ボリスが声をかけてくれた。
「……大丈夫ですか? やめておきますか?」
「い、いや、飛びたいよ? 里も見てみたいよ?」
「しかし……」
彼が俺が抱きしめているファに目をやる。ファは俺の震えが伝わって小刻みにぷるぷるしている。
「……ハル様は、高いところが苦手でしたか?」
「いや、その……風とかで落ちるんじゃないかって想像してしまって」
「…………落ちませんよ」
「だって」
蝙蝠の飛翔力ってそんなに信じられるか? ということは失礼だろうから言えない。しかし、彼は俺の言わんとするところをくみ取った。
「……蝙蝠の魔物は風を操ります」
「……うん?」
「彼らの羽の力で運んでいるのではなく、風の力で運んでいるのです。――精霊の力と同じです」
「あ、ああ! そうなの?」
「ですが、もし怖いようでしたら……また私が抱いてお運びします」
「えっ!? いや、でも、それも」
「ぜひお願いします」
答えたのはファだ。彼は悪い笑みを浮かべている。彼は俺にしか聞こえない小さな声で「恋愛のはじまりにはスキンシップですよ」などとのたまう。
そして俺が何か言うより早く、ボリスは俺を抱き上げ、そのまま夜空へ飛び立った。
耳元で風の音が鳴る。しかし、ボリスの腕は俺をしっかりと抱きしめてくれていて、恐怖心はない。
しばらく俺は目をぎゅっとつむってボリスの腕の中で身をかたくしていた。
頬を撫でる風がやむ。
ボリスが耳元で低くささやく。
「さあ、ご覧ください」
恐る恐る目を開けると、そこには月光に照らされたヴァンパイアの里があった。
その景色を見て、俺は息を呑んだ。
眼下に広がるのは、奇想天外の巨岩の群れ。
白っぽいそれらは天に向かって屹立している。
ある巨岩は天から落ちて地面に突き刺さった円錐形。またあるものは大地から天を示す矢印の形。
遠くに見える山肌も雷に打たれたかのように、稲妻の模様が走っている。
こんな地形を、俺は知らなかった。
「――串刺しの街」
地面に突き刺さる、無数の巨岩を見下ろして、俺はその言葉の意味を理解した。
天を示す矢印の形の岩――槍。それが、無数に――。
「すごい。これって、どうやってるんだ? 人工物なのか?」
「これは自然にできた地形なのですよ」
「ええ?」
「西のサン火山と南のウロ火山が噴火をして、この地には火山灰が積もり、その上に溶岩が流れ出ました。火山灰はやわらかい岩に、そして溶岩は硬い岩となり、長い年月でやわらかい岩が先に浸食され、このような形の巨岩となったのです」
「へえ」
「触ってみるとわかりますよ。槍の柄の部分はやわらかくてぼろぼろ崩れやすいのですが、槍の先、傘になっている箇所は硬いのです」
ボリスが指をさす。そのさきにひとつの巨岩がある。その巨岩には小さな穴があって、その中から光が漏れている。
「民はあれをくりぬいて暮らしています。面白いでしょう?」
「すごい……!」
「――人間にとって、この土地は快適です。きっと、あなたにとっても」
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