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第8話
「次のお見合い相手はワイバーンだよ。よかったね」
「よくねぇよ」
迎えに来たワイバーンの背中に乗って、俺は移動中だ。
次の見合い相手のワイバーンとは、ドラゴンの頭、蝙蝠の翼、鷲の足、蛇の尾に、尾の先端に棘をもつ生き物だ。空を駆け、火を噴き、その唸り声は大地を揺らす。
ワイバーンは自分の縄張りを持ち、縄張り内に他の生き物が入り込むことを許さない。――精霊の伴侶を持つ場合を除いて。
精霊を伴侶にしたカリマは、攫ってきた人間の子ども、さらに身のまわりを世話するスライムの存在を、そして息子に求愛に来る種族を受け入れている。これはワイバーンの習性からするとかなりつらいことらしかった。
精霊を伴侶としないワイバーンは他の生物となれ合わない。彼らは孤高の存在なのだ。
「ワイバーンはいいよ。なにより、この大陸で一番強い。ワイバーンが他種に倒されたという例はひとつもない。一晩で人間の国を焼き尽くせる」
精霊はこう惚気た。伴侶にべた褒めされて、ワイバーンの父も大喜びで速度を上げる。俺は吹き飛ばされないように懸命にしがみつきながらぼやいた。
「強いって言っても、限度があるだろ……」
「ワイバーンなら群れで暮らさないから、自由奔放なハルには合ってるんじゃない? それに、ハルはもうワイバーンと暮らしているから、生活の仕方もわかるだろうし」
「あのさ、見合いをしないって方針にはならないもんかな」
俺の言葉は黙殺された。精霊は嬉々としてお見合い相手の紹介を続ける。
「昔、彼には一度会ったことがあるんだよね。そのときもぜひ精霊を伴侶にしたいと話していたよ」
彼――そう、俺のお見合い相手はまたしても雄らしい。わかってはいるが、こう、気持ちが追いつかない。
黙り込んだ俺を見かねて、ファが尋ねた。
「そのお見合い相手殿にはいつお会いに?」
「もう15年前のことになるかな? ハルを引き取ってすぐのときに、大きくなったらぜひ嫁にくれって言いに来たんだ」
「え、そんなことがあったんですか」
「急にワイバーンが谷に入って来て、カリマは威嚇するし、向こうも牙を剥くし、ファは気絶したんだよ」
「そんなこともありましたかねぇ……」
「ファはよく気絶するからねぇ。でも、ワイバーンが他のワイバーンの縄張りに入って来るなんて珍しいんだよ。よっぽど精霊と結婚したかったんだね」
俺はついに耐えかねてつっこんだ。
「ちょっと待て。そのワイバーンっていくつだよ? 俺が赤ん坊のときに来たって? ええ?」
精霊は鷹揚に首をかしげる。
「うーん。何歳なんだろ? カリマ、わかる?」
「ワイバーンは年齢を数えない」
「それもそうだね。ワイバーンは寿命が500年あるからね。年齢なんてどうでもいいじゃない」
「いやいや、年上すぎるのはちょっと」
俺がケチをつけるがしかし、この家族にはそんなものは通用しない。
「私とカリマも300歳くらい離れてるよ?」
「強ければいいだろう」
「精霊の伴侶といえばワイバーンですよね」
俺は反論をあきらめた。
ワイバーンはヴァンパイアの里を飛び立ち、西へと飛んだ。
奇岩の群れは瞬く間に小さくなり、やがてサン火山の向こうへ消えた。
精霊が尋ねる。
「ボリスとのお見合いはどうだった?」
「いや、その……そもそもお見合いっていうのに俺はまだ納得してないからな」
「そう? その割に、ずいぶん親しくなったようだけど」
父は嬉しそうに斜めにかけたカバンを叩く。中には父へのお土産としてもらった陶器の皿が入っている。
「ボリスって博識でさ、いろいろ教えてもらったんだ」
俺は彼に貰った首飾りを撫でる。
「ふうん? 例えば?」
「ええっと、ヴァンパイアの里が魔族との緩衝地帯になってることとか……あれ? そういえば、ヴァンパイアの里の東側の平原の真ん中が俺たちの谷だよな?」
「うん、そうだね」
「なら、西って人間側? いま、俺たち人間側に飛んでる?」
「人間側とか、魔族側とか、私、気にしたことないからわからないなぁ……空は等しくワイバーンのものだよ」
「おい」
魔族最弱の精霊という立場でありながら、この危機感のなさである。これが世界最強を伴侶にした者の余裕か。
「虎の威を借ってんなぁ……」
「なあに、それ」
「強い者の力の陰で威張ってるって意味」
「なるほどね。でも、残念だけど、それは精霊には当てはならないよ。私たち精霊を伴侶にすることは魔族で最高の名誉なんだもの」
「ええー?」
俺は半信半疑だ。しかし精霊は胸を張った。
「精霊は魔族も、人間も恐れない。だからどんな者とも番えるんだよ。選ばれることは名誉さ」
「恐れない、って」
微妙だ。だからなんだ、というのもある。
しかし、俺の反応を無視して、精霊は続ける。
「ハルもヴァンパイアの里で平気だったじゃない。ふつうの人間なら初めて見るヴァンパイアに泣いて逃げ出すものだよ――君はちゃんと精霊になってきているんだ」
「……それ、うれしくないんだけど」
「なんで!?」
「いや、精霊になりたくないから」
「ええ!? 父さんは悲しい!!」
*
うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返した。
また昼に起きて夜に寝る生活に戻さないといけない。寝てしまった方がいいのはわかるが、場所が屋根も椅子もシートベルトもない空飛ぶ生物の上では、なかなか熟睡はできなかった。
夜が明ける頃、俺はまた目を覚ました。ファが体を伸ばして俺と精霊が落ちないように固定してくれている。
俺は首を伸ばして下を覗いた。人間の暮らす場所が見えるかもしれないと思ったのだ。
しかし、俺の眼下に大地はなかった。
「え?」
代わりに広がるのは、見渡す限りの青い水。朝日を浴びてきらきらと水面が光る。――海だ。
「な、海? え?」
俺の驚きをよそに、隣で精霊が目を覚まし、指をさす。
「ああ、もう見えたね。ほら、あれがワイバーンのいる島だよ」
「島!?」
凪いだ海の果て、そこにはこんもりとした小さな島があった。
巨大な木が天に向かって伸びている。見たことのない木だった。
俺はごくりと唾を飲む。
――あれがワイバーンの巣。
潮に削られた岸壁は雄々しく侵入者を拒んているかのようだ。
下から声が響く。
「シャラス。起きたか」
「うん。おはよう。夜通し、悪いねぇ」
「構わん」
番に呑気に挨拶したあと、ワイバーンはその翼に力を込めて加速する。
俺たちは強くなった風に身を固めた。次に目を開けたときには島の上空にたどり着いていた。
高度を保ったままの背中で、精霊の父は俺の肩を叩いた。
「じゃあ、ワイバーンとワイバーンは同じ空間に入ると喧嘩になっちゃうから」
「う? うん?」
頭の中に、ワイバーンは他の生物を寄せ付けない孤高の生き物であるという説明が蘇る。
次にファが言う。
「よそ様のワイバーンは怖いので、私もここで」
「うん?」
最後はカリマだ。
「太陽があと3回昇ったときに迎えに来る」
「あ?」
俺がそれらの言葉の意味を理解するよりはやく、精霊の父は俺をワイバーンの背中から放り投げた。
「頑張って」
にっと笑う精霊。
それが遠くなる。
俺は頭からまっさかさまに落ちていく。
「ぎゃああああああああ!!??」
俺の叫び声が広い広い海の上に消えていった。
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