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第4話

 俺が内心で毒づいていることなど知る由もなく、エラーブルは両手を叩いて話を進める。 「では、さっそく領主のもとに行こうではないか」 「え? 今から?」 「何事も早い方がいい」 「……オルム様の城にはそう簡単に入れないよ」 「なぜだ? どこからでも入れるだろう」  俺は慌てる。 「勝手に入ったら怒られるよ!」  エラーブルはため息をついた。 「……人間の決まりごとの多さは実に哀れだ。涙を禁じえぬ」 「オルム様に近づくなら、ちゃんと計画を立てて……」  そう言いつつも、計画など思い付くはずがない。 「諦めたほうがいいかも」  俺がそう言った瞬間、エラーブルはまた俺の首根っこを捕まえた。 「ぐえ」  俺の悲惨な声を無視して、エラーブルはそのまま俺を引きずってすたすたと歩きだす。 「ちょ、どこに……」 「ちゃんと計画を立てればよいのだろう?」  エラーブルは居間を横切り、廊下に出る。そして玄関を蹴破る。 「あの」  そして俺が何かを言うより早く、彼は人間離れした腕力で俺を持ち上げて外に向かって投げ捨てた。 「うわああ!」  みっともない悲鳴を上げて、地面にべたんと落ちる。  往来の人々はいっせいに俺を見た。 「作戦名は、哀れな子羊ちゃん大作戦、だ」  そう言うとエラーブルは人差し指を立てて、一度振った。  するとこちらを見ていた人たちは弾かれたように背筋を伸ばし、そして俺の方に足を向けた。  彼らは俺を取り囲んでぶつぶつと何事かを言う。 「セルジュだ」 「セルジュ……」 「生贄……」  彼らの顔からは生気がすっかり抜け落ちている。 「え、あの……」  俺はおびえながら立ち上がる。彼らはじっとこちらを見ている。――正気ではない顔で。  ひとりの男が言った。 「……セルジュだ。……一番ちょうどいい」 「ちょ、え、急に何」 「生贄にしよう」  生贄。その言葉に俺は固まる。  どうすればいいかわからず、ただ一歩一歩、じりじりと後退する。  そのとき、道の向こうから鍬を持った村人が走って来た。  彼はこちらに向かって大声で叫ぶ。 「セルジュー!」 「え?」 「生贄になろう!」 「えええ!?」  困惑する俺の背を、エラーブルが押した。彼は明らかに面白がっている。 「ほら、走れ。子羊ちゃん。また生贄にされるぞ」 「はあああ!?」  訳も分からないまま、押されて俺は一歩目を踏み出す。  振り返ると、村人が鍬をぶんぶんとめちゃくちゃに振り回しながら追いかけて来ていた。  俺は全身全霊で駆け出した。 「走るって、どこに!?」  俺は叫ぶ。  エラーブルは涼しい顔で並走しながら答える。 「領主の城に決まっているだろう。そこでこう言うのだ。村人に迫害されているから助けてくれ、と」 「それは……」  俺を追いかける村人はどんどん増える。  彼らの中には鍬や鉈だけでなく包丁を持っている者もいる。  エラーブルはしてやったりという顔で忠告する。 「なるべく哀れっぽく助けを求めるのだぞ」  俺は唾を飲み込んだ。 「くそっ……」  俺は角を曲がって領主の城に向かった。  領主の城に入るには堀にかけられた跳ね橋を渡らなくてはならず、その橋の手前には必ず二人の門番が立っている。  彼らは俺の姿を見咎めると、槍をこちらに向けて叫んだ。 「止まれ!」  俺も負けじと叫ぶ。 「助けてください!」 「何だ!?」 「追われているんです!」  門番たちは俺の後ろにいる男たちを見て目を丸くした。 「何事だ!?」 「わかりません!」  俺は門番の後ろに隠れる。俺の後ろで行列を為していた男たちは門番たちの槍の届かないところで立ち止まる。  村人のひとりが口の端から唾をとばしながら叫んだ。 「セルジュを生贄にする!」  「そうだそうだ」と呼応する声が響く。  彼らの目は血走り、明らかに尋常ではない。  彼らの言い分を聞いて、門番は顔をゆがめた。 「まだそんな恥知らずなことを言っているのか」  騒ぎを聞きつけて、城から屈強そうな兵士たちが駆けつけてくる。  俺はその兵士の後ろに移る。 「助けてください」  哀れな子羊っぽく、俺は兵士にすがった。  兵士は黒い髪に黒い目をした大男だった。見上げると首が痛いくらいだ。 「地母神よ、この哀れな子羊を助けたまえ……」  兵士はそう言うと、俺を城の中に招き入れてくれた。 「ほほほ、計画通りよ」  エラーブルは誇らしげに笑う。  どうやら、哀れな子羊ちゃん大作戦は成功してしまったようだった。  オルム様が住まわれている城は名を誓森城といった。  シャテニエ家の祖先が森の精・エラーブルと領土を守るという誓いを立ててから建築したため、その名となった。  誓森城は堀と城壁をもち、有事には軍事拠点として活躍した歴史のある城である。  城門を抜けると、中は迷路のようになっていた。兵士はそれを迷わず進む。  何度か通路を曲がった後、開けたところに出た。見慣れない木々が植えられている。その木の側に執事のような服を着た男が立っていた。  兵士がその男に何事かを言うと、男は部下に指示を出す。俺はその様子をぼんやりと見つめていた。  正直、俺は自分がいまオルム様の城にいるのが信じられなかった。  畑仕事をしているときも、豚の世話をしているときも、曲げた腰を伸ばせばいつもこの城が見えた。その中に、いま自分がいる。  俺は自分の人生が「新しい時代」に突入したのを感じた。

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