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第2話

 少しと思い悩むことなく筆を手にとった。しかし、「いかがお過ごしでしょうか――」と、書き出した途端に手が止まってしまう。投獄中でありながら暇な身の上で、何も都合がつかないことを思い出したのだ。  その困惑を見て取った鶏明(けいめい)がすかさず欄干に向かって手を振った。 「……そういうわけだ、帰って主に伝えるんだな」  欄干の手すりには先ほどからじっと静かに韶華(しょうか)の反応を見守っていた蝸牛(かたつむり)がいた。固唾をのんでいた蝸牛は、さっさと追い返そうとする鶏明に慌ててその袖に絡みつく――実際は首を伸ばして必死に懇願しているのであって、ひらひらと舞う袖にしっかと縋っているわけではない。けれどその執着さは豆のように小さな身体でも、鶏明をぎょっとさせるものがある。 「養育といっても、難しいことを覚えさせろというのではなく、ただ傍に置いておくだけでいいんです。そこの雀と大してかわらいないでしょう。従僕が一人、増えたと思って……」  手ぶらで、しかも実りのない返事をもって主の前に戻るわけにもいかない。その涙ぐましく憐れな生きものを傍目におきながら、韶華の断りの一筆をしたためる筆遣いに迷いはない。  慈悲深いと聞こえ高い花の神が、なんて冷たいのだろうか。蝸牛は絶句した。 「……手に余るというのなら、他のものに押しつけてしまっても差し支えもない。どうか、うんと、たった一言その返事だけでも……引き取れば、思い通りに扱えるんですよ。彼の全てはあなたのものになる。誰も文句は言いません」 「ひどい言い草だな」  黙って聞いていた鶏明が飽き飽きした顔で吐きすてた。 「よほど手放したいとみえる」 「そんなことは、ただ私は……」  言いつのる蝸牛を遮って、鶏明はフンッと鼻で笑った。 「お前が言葉を尽くせば尽くすほど、北神さえ手を焼く難ありの悪童だというようなものだ」  思いがけずそれが図星をついたらしい。黄色みかかった身体がみるみると青ざめていった。 「依頼ですよ、それも北神の。断れるとお思いですか?」 「花神(かしん)に手紙を持ってくるまでに、一体何人が断った?」 「なんですって……?」  かたつむりは屈辱を思い出していた。神々の門番は大役を背負った立派な身体に気づきもせず、北神からの手紙だと威光を示しても、まるでくさいものでもつまんで捨てるように追い払ったのだ。さらには醜いなめくじを見るように塩を撒いた。だから最後の頼みの綱として、投獄中のお人好しの神を思い出し、こうしてのこのこやってきたわけである。  蝸牛はこの数々の恥辱に忽然と顔を真っ赤にさせて戦慄いた。 「……そうですか、わかりました。これ以上お願いしても、逆効果のようです。主人は、こうも仰いましたが……、それもなかったことにさせていただきますよ」  高位の神からの伝言を運ぶ私に対して、なんて神々は厚顔無恥なのだろうか……! そんな心の声が聞こえてくるほどの怒りっぷりであった。  声を震わせる蝸牛は若干の恨みがましい目を韶華にむけた。しかし忽ち韶華のまとう神威にぶるりと震え、か細い声でいう。 「引き受けてくだされば、刑を百年、減らすというはなしでしたが――」 「なに――、」  焦りに近い驚愕の声を上げたのは、鶏明の方だ。机に向かう韶華に咄嗟に目を向ける。  百年といえば神にとっては一瞬にも等しい。だが、単調な牢獄生活に飽きている韶華にとってこの百年は重い。まさか、承諾するつもりではないだろうなと、釘を刺すつもりだったのだ。 「やめろ、花神」  その幼神はどうやら一癖も二癖もありそうだぞ、と。けれどその甲斐なく韶華は目の辺りに輝きを放ち、さっと席を立った。いましがたしたため終わったばかりの手紙をあっさりと破り捨てる。 「いいだろう。引き受ける」 「なぜだ、断れ!」  韶華はすかさず目を逸らした。それから少し、うんと悩んだそぶりをする。鶏明の噛みつくような怒号には耳が痛い。肩を怒らせ舌端に火を吐く勢いの鶏明をちらりとみる。

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