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第14話
花香たけなわの牢獄で、韶華 が四百年していたことといえば趣味の暦をしたため続けたことである。
吉祥の前兆を記した全千巻ほどからなる巻き軸であった。あるときは数日の内にたった一言、またあるときは何日も夢中になって書き綴り、筆はまさに波の上を飛ぶカモメのように淀みなく、余白は蔦の這う壁面のように忽ち埋まっていく。
そのほとんどは門番が持ち出したきり方々に散ってしまい、そのうちの一本はある神の手に渡っていた。けれど多くの原本は韶華でさえどこにあるのか把握しきれていない。
今手元に残っている暦帳は、上衣の衣をつぎはぎしたために分厚く膨れ上がっていた。おかげで韶華は玉のような上裸を晒し、わずかに紗の領巾で肌を隠すのみである。
その分厚い暦帳を手早くまき直し、韶華は息を吐く。やはり、これには蝋梅の花のことなど書いてはいない。
きっと散逸した暦帳のどれかに書いてあったのだ。少女が口にした蝋梅の一節は、もしかしたら韶華の暦帳から抜き取った言葉に違いない。少女はその巻き軸を持った誰かと、しかも最近出会ったという。
――誰だろう?
そんな風に考えていると、目の前をある身持ちのいい男が足早に通り過ぎていった。
案外早かったな。
韶華は我ながら感心した。幸運が形となって現れるのは明日か明後日が頃合いだと思っていたのだから、まさか今日のうちに吉事が運ばれてくるとは。
男はやはり従者の印を帯に下げている。その両手は唐櫃を山ほど乗せた荷車を引いていた。傾きはじめた夕日が木々を射し、細長い影が落ちる頃だった。重たげな荷物であるにもかかわらず、彼が颯爽と歩いて行ったように見えたのは、荷車を押す二匹のカエルが力こぶを震わせているためだ。
男が迷うことなく部屋の中へ入っていくのを追って、韶華は戸口にそっと聞き耳を立てる。
「……一体、どなたが?」
部屋の中から夫人の泡を吹いたような声が聞こえてきた。 ぼそぼそと低い男の声がそれに続く。
「なだたる神からの、ご厚意ということでして……」
「なだたる神、ですって――?」
妓女目当てに金銭や贈り物を貢ぐ男たちは数多くみてきたが、妓楼にこれほど大量の財宝が届けられたことはない。しかもその主が名だたる神とは、一体どんな存在なのだろう。その夫人の喜色と、若干の気味悪さに喜びきれない悲鳴が部屋中に響き渡った。
金で飾られた山のような唐櫃が次々と下ろされていく。影から様子を見守っていた少女たちがおずおずと近づいてくると、その財宝の山をみて一人の少女が手を叩いて叫んだ。
「花神よ。吉祥を運んできてくれたんだわ!」
碧玉や玉髄、贅沢な絹の織物、それに輝き尽きない金銭や技巧を凝らした簪や小物など……
少女たちは唐櫃を次から次へ回し、ぺたぺたと叩いたり触ったりして中身をひっくり返し、そのたびに驚きと歓声の声を上げた。
ぎろりと、戸口に隠れていた韶華に、夫人が目を向ける。
「……あなたの、おかげだというの?」
「私に財宝をうむ力はないよ」
韶華は少し困った顔でいう。財宝の到来は初めから予定されていたもので、韶華が天から降らせたわけではない。その証拠に、唐櫃を運んできた従者の印は、やはり高位の神を示す。
北神だ。
すると水盤で水浴びをしていた少女たちがハッと思い出したように言った。
「あの少年の負債も、これで完済したことになるのでは……?」
夫人は素早く視線を走らせ、彼女たちの口を黙らせた。そのとき夫人は気がついた。水浴びをする少女だけでなく、財宝を手にした少女たちの顔色も良く、病気がちだった亀が動き回っていることに。
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