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第12話

「何をさせるつもりなの……?」 「薬湯ならぬ薬水みたいなものだから、安心していい。夫人が不吉だといっていたのは、亀や君たちが病に罹ったからだと思ってね」  韶華の言葉に、少女が大きな瞳を見開いた。 「そのとおりよ。女の子たちが立て続けに体調を崩してしまって。それに売り物の亀も。屋根や柱が急にきしみ始めるし、私なんて一週間以上も悪夢を見続けているわ……!」 「体調を崩しはじめたのは、一週間前から?」  少女は確りと頷いた。 「あの少年がここに来てからなの。支払いは滞ってはいるけれど、少し気味が悪いから追い出してしまいましょうよって、みんなで夫人を説得していたところに、あなたたちが来たのよ。夫人には不吉なことを言わないでって怒られてしまったけれど……」  それで、あれほど大声で婦人が叫んでいたのか。 「それなら、もう大丈夫だろうね」  少女は韶華の口ぶりににこりと微笑んだ。 「善と吉祥の神が、ここにいるから?」  同じように韶華も微笑む。 「多少の力には、なるだろう」  すっかり安心しきった顔で少女は水盤に足を入れた。水面には一輪の睡蓮しかなかったはず。けれど半日のうちに水盤の四隅には水草が生え、睡蓮はまるで春樹のように乱れ咲き、花の神を前に媚びるように艶めいていた。最初はどうも疑わしいという顔で、吉祥なんて何も起こらないと戸惑っていた少女も、水面の賑やかさに呆気にとられたようだ。  しばらく浸かっていると、少女の頬と唇に赤みが差していく。数日前から続く胸や関節の痛みも癒え、心なしか表情もやわらいでいた。 「……すごいわ」  再び、韶華の傷痕に頼りない光りが輝いた。その光りが穢れた神性を磨くのだ。悪を討ったり大勢の人のための大きな善をなさなければ、取り込める神性も僅かである。  ――善の行いに大も小も、ないと思うのだけれど……と、韶華は思う。  傷痕は少しも癒えていない。白昵山(はくでいさん)を維持するための力を蓄え、傷痕が癒えるには恐ろしいほど長い道のりになりそうだ。  韶華はついでにもう一つ気になることを口にした。 「さっき、謎が解かれるといっていたね、あれは何かな」  少女はけろりとした顔で「ああ、あれね」と笑っていう。 「風神の名前の由来のことよ。花神さまなら、知っているのではないかと思って」 「由来?」 「だって、春懐よ!」  少女は思わず大声をだしてしまったことに驚いた。けれどその興奮は抑えるどころか段々と高ぶっていく。 「曾明(そめい)という古い名のかわりにつけた新しい名前が、春に秘める想い、だなんて、なんて素敵なの……」  鼻息を荒げたまま少女はうっとりと遠くを見つめる。吐息を零すその頭の中では何やら春爛漫な妄想がはかどるらしいのだ。  風神が誰かを一途に恋した姿は一度でも見たためしがない。その彼が、慕う相手を思って自分の名付けの由来にしたとは、なんて細やかな愛情だろうか。韶華は意外に思いながらも少し得意げにいって答えた。 「春に関連する女性にでも、恋をしているのだね」  それを気落ちした顔で見つめる少女だった。すっかり微酔(びすい)も冷めきったというように、つまらなそうに袖をいじる。 「……ええ、そうね、そうよ、春、春なのよ」 「あまり邪推しては、風神に悪い」 「いいえ、邪推なんかでは、決してないわ。だってね、私知っているのよ。風神がどんな思いで春懐という二つの文字を選んだのか」  韶華は優しく微笑んだ。領巾を少女の頭上に(かざ)し、初夏の強い日射しを遮っている。その小さな影のしたで、少女は韶華の笑みにどきりとした。普段は覆われているふくらはぎの白さと、水しぶきを散らした裾の湿り気を自覚していく。 「……ところで、あの少年はどうするつもりなの?」  沈黙の気まずさを埋めるように、少女が独り言のようにたずねる。素足に落ちる透かしの美しさに目を細めていた韶華はぼんやりと問い返した。 「どうする、とは?」 「本当に預かるつもり? 北神が見捨てた悪童よ? きっとあなたにも不運が降りかかるわ……」  背を伸ばして親しげに口元を寄せた。家鳴りを響かせる化け物が夜な夜な天井を這い回るのだと、恐ろしげに両肩を抱きしめる。その仕草はどこか楽しげでもあった。  少女がどれほど不気味かを言い尽くさないうちに、門の外では突然大声が響く。

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