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第20話
錆び付いた脆い鎖だったらしい。韶華 を繋いでいたそれに星郎 が触れただけで運悪く簡単に外れたのはそのためであり、更に不運が重なって瞬く間に城は燃え上がり、後に調べた陰氷 によると火の不始末が原因だったという。
炎に包まれた城が呆気なく滝の中へ崩れ落ちていったのは、星郎と韶華、もしくは硅女 とその従者が城を出た直後のことで、不運が重なる中でも唯一の幸運だった。
その後、城の主や従者らの行方は知れず、善と吉祥の神をいたぶった罰が当たったのだと、まことしやかに囁かれた。
その不運な出来事を風神経由で聞かされた韶華は、彼が持ってきた一匹の亀を膝に抱いていた。
夫人からの贈り物だ。今や妓楼は花柳街の流行店となり、その吉祥を運んだお礼だという。鶏明 はしみったれているな、などと亀を見るなり言い捨てた。
「やあ、君。いらっしゃい」
やはり、うちに来ることになったね。
星郎の友人にと、欲しがった亀だから韶華はなおのこと嬉しかった。実際、亀の違いなどわかりはしないけれど、顔付きと穏やかな気性はあの亀とそっくりなのだから、同じに違いないのだ。
「星郎、おりておいで」
韶華はおもむろに白い手を窓の方へ伸ばす。優しい陽ざしの香る屋根の上で、星郎が寝ている。
すると危機を察した鶏明が素早く逃げようとするので、にこにこと韶華は慌ててその襟首を掴んだ。
「鶏明、どこへ行く」
目が覚めたとき、韶華は真新しい寝台の上に横たわっていた。鶏明がいうには、星郎が力をそそぎ、三日かけて白昵山 の楼閣を建て直したのだという。
その星郎はほとんど屋根の上か焼け残った庭の花樹、もしくは市井へ出て行き、あまり白昵山には寄りつかない。けれど夜明け前には確かに戻ってくるらしく、朝露に輝く屋根の上で、時々その姿を見かけていた。
星郎が来てすでに二週間は経つはずなのだが、彼らはとにかくぎこちない。何度も顔を合わせているはずだが、おそらく挨拶もままならないのではないだろうか。家主が寝台から起き上がれず、まともに紹介もできていなかったためとはいえ韶華は見ていられなかった。
咳払いをして場を整えてから、二人を向き合わせる。さすがに、精悍な顔立ちの二人が揃うと韶華は少し緊張した。
「星郎、こちら従者の鶏明だ。鶏明、こちらは私が養育することになった、星郎だ」
簡単に言い終えて薄らと目を開ける。二人の対面を、少しばかりどきどきして見守る。
ツンと高い鼻を天井に向ける鶏明と、どこか斜に構えた星郎。危うげだな、と韶華はハラハラした。
すると意外にも、最初に態度をやわらげたのは星郎の方だった。あたたかな笑みを唇に浮かべ、
「……鶏明、兄さん」
そっと、不安げに言ってのけたのだ。
先手を打たれた鶏明が、「あ!」、とまるで雷に打たれた衝撃に身もだえた。
「……やめろ、鶏明でいい」
やるな、と韶華はその瞬間感心していた。
彼は今まで曾明 がいれば下っ端で、新しい従者もこないためにかなりの長い年月を年下として韶華にいびられてきたのだから、これには衝撃が大きかったに違いない。
鶏明は出方によっては、いくら韶華が養育者であろうとも冷遇し、いじめ抜いて追い払ってしまおうとさえ思っていたのだ。
それなのに、人の弱点を見抜き、しかも正確につくのが、恐ろしくうまい少年だ。
鶏明はますます少年に警戒を抱くと同時に、容易く懐柔もされてしまった。今のところ韶華に危害はないのだし、下手に出られては受け入れるほかない。そんな苛立ちを、韶華は彼の口の端の歪さに見る。
「星郎、いいかい、この亀は君がお世話するんだ。確り仲を深め、互いに助け、支え合うこと」
韶華は亀を押しつけるようにして渡すと、急いで部屋を飛び出した。
煤まみれの門を今、風神がくぐり抜けて一言もなく帰ろうとしているのが見えたためだった。けれどその背中を呼び止めることはせず、ただ黙って見送る。
不意に、韶華の気配を感じた風神が振り向く。何か言いかけて、言葉をのみ込んだ。もの言いたげな瞳が一瞬、韶華を見つめた。
「……本当は、あのとき、おれを探しに来てくれたんだと思ったんですよ」
あのとき、とは、花柳街に迷い込んだときのこと。飲んだくれていれば、それを咎めに韶華があらわれるのではないかというのだ。実際、韶華は現れたのだから、彼にとってどれほどの喜びだっただろうか。
韶華は意外にも彼の弱音を初めて聞いたような気がしていた。寂しそうな顔を、四百年まえのときもしていたのだろうか。
「今回は助かったよ」
ふっと笑みを零して、韶華は手を振る。風神はそれを呆れたように見ていた。
「あなたは、未練がないんですね」
軽く首をかしげ、韶華の意図を見抜こうとしたが、やはりそこに裏も表もないのだと、すぐに意味ありげに笑った。
「また会いに来ます。鶏明のやつをこき使うのは、悪い気はしないから」
別れの言葉もなく、ゆっくりと風神の姿は遠のいていく。
またおいで、そんな言葉が胸に溢れようとも韶華は決して口には出さない。あんな追い払い方をしてしまったのだから、曾明には随分砂を噛むような思いをさせてしまっただろう。二度と戻ってくるなと言いつけた手前、心惹かれる事はあっても自ら招き入れることなどできやしない。
――ところで、彼のことは、どうしようか?
白昵山を下っていった風神とすれ違いに、易々と硅女に韶華を持って行かれた陰氷の男が、屈辱とばかりに門の前でこちらをじっと睨み付けていた。
韶華はやはり一度、気づかなかったことにしようと踵を返した。
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