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第28話

 枯れた蔦の中に罅割れた玉がぽつんと埋もれている。金神の神性と魂を封じていたはずのそれは……、なんてことだ。 「封印が、やぶれて……」  中身のない、透明な玉になりはてているではないか。  不吉な暦帳のせい――  韶華(しょうか)はすぐさまそう思った。  不運にも玉に罅が入り、金神の神性と魂が放たれたのだ。  金神を開放して喜ぶ神など、韶華以外にいないというのに、一体誰が凶悪な暦帳を盗み出してまで金神の封印を解くというのだろうか?  手の届かない深部で、何か得体の知れない手がうごめいているような薄気味悪さだった。  二つ息をつく。その間に高ぶった感情を整えていく。思い出したように北神の言葉を繰り返した。 「星郎(せいろう)が生まれたのは、この不吉な暦帳のおかげだと言ったんだ。ここに行けば、わかると」 「……暦帳によって解き放たれた金神。そのおかげと言うことは、星郎は金神の魂と神性を持つ、ということですか?」 「……わからない。だが星郎には吉祥の痣がある。凶神のはずがない」 「吉祥の痣だといっているのは、あなただけです。彼が凶の神だというなら、悪童といわれる理由も納得できる。あれは善性を持つ神の気配ではない」  それより、と鶏明(けいめい)は空っぽの玉を摘まみ上げた。 「金神の封印を解いても、誰も得をしない。それでも解いたということは、あなたと金神を出会わせることに何か意味があると疑うべきでしょう。たとえば、北神が企んでいるとか」  韶華はちぎれた暦帳の紙片を拾いつつ息をついた。不吉な暦帳を保管していたのは、北神だ。鶏明はそれを責めたいのだろう。 「どんな意味があるという? 金神と引き合わせて私を喜ばせたいのなら、成功するだろうね。まさか北神を疑っているのか?」 「他に、あなたの暦帳を扱えるひとはいません。最初からあなたと金神を引き合わせるのが目的なら、北神があの子どもをあなたに押しつけたのもうなずける。手遅れになる前に追い出した方が良い」  踵を返そうとする鶏明に韶華は慌てた。 「鶏明、無闇に人を疑うのは、君の悪い癖だ」 「あなたが、疑わないからでしょう」  拳の中に握り締めた玉を叩きつけるように台に置き、鶏明は韶華に詰め寄った。 「凶の神に、善性などあるはずがない。手に負えなければ捨てろと言われていたのだし。なにより、(もっと)(いと)うべき凶の神が長くとどまれば、禍が起こる。あなたも、知っているじゃないですか」  韶華は頭を振った。 「鶏明、私は彼の善性を信じているんだ。凶神であろうと、善性のないものはいない」 「禍を恐れていないのですか」 「善いことをすれば、私の神性は磨かれる。私は吉祥の神だから、不運などおそるるに足りない」  鶏明が鋭く韶華を睨み付けた。わななく唇を噛みしめ、情け無く笑う韶華から激昂した顔を背ける。苛立たしく韶華から離れていく。それを申し訳ないと思いながら、韶華は微笑んでいた。 「早く君も、神格を得なくてはならないね。私が力を蓄えるまで、もう少し辛抱してくれ」 「……私の神格など」  ――必要ない  言い切れず、鶏明は再び荒々しく息をつく。神格があれば、韶華のように余裕を持てるようになるのだろうか。そうすれば、衝突しなくてもすむ。それに、危険から守ってやれる……  鶏明はそこまで考えて、項垂れた。曾明がそれで、白昵山を追い出されているではないか。傍にいられなくなるのなら、やはり神になどならなくても良い。 「今、私がいなくなれば、誰があなたの従者をするんです」 「君がいなくなったら、そうだな、放浪でもしようかな」 「どうして私がいなくなる前提で話しを進めるんです」 「君が先に言ったんじゃないか……」 「……とめてください」  死にかけだった雀を戯れに助け、命を吹き込んだ。鶏明は牢獄の中でさえ花神という神に仕えたのだから、そろそろ神格を得てもいいはず。韶華の傍で善に触れてきた彼が神になれば、この雀はどんな風に世界を慈しむのだろうか。 「鶏明、暦帳を北神に返してくるよ。ついでに陰氷に報告もしてくる。君は、会いたくないだろう」 「北神の方が、私に会うのが気まずいでしょう。あのおどおどした顔が見るに堪えないだけです」 「会いたがっていたと伝えておくよ」 「やめてください」  韶華は集めた紙片を硬く握り締めて、蔦に絡まった暦帳を丁寧に取り上げた。ひらひらと鶏明に手を振り、静かな枯槁の谷を後にして夜偏城へ向かっていく。

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