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第34話

 鶏明(けいめい)はやはり、胸騒ぎがしていた。神経を逆なでするような不快感に急かされている。 「……一度、白昵山(はくでいさん)へ」  不吉な暦帳を硅女(かくじょ)に渡した人物の情報を、百滋楼(ひゃくじろう)の主、灑女(さいじょ)からもらった後だった。  金魚鉢を壊し、弱らせた金魚の埋め合わせに一時韶華が滞在したために吉祥がもたらされ、彼女の城は二回りほど大きくなっていた。金魚鉢もその分さらに贅沢な装飾を施し、魚も一匹から三匹に増えたのだから、喜んで情報を提供してくれたのだ。  鶏明は主の善行に助けられながらも、複雑な気がしないでもない。一向に、その運と吉祥は韶華自身をたすけているようには見えないのだから。 「楼閣から遠ざけたのは、何か、理由があるんだろうね」  足早に通りを歩いていた。星郎さえいなければ今すぐすっ飛んで白昵山へ向かえるのに。その焦燥に苛立っていた鶏明はふと鋭い星郎の声に振り返っていた。にこりと微笑む目とあう。 「こたえてよ、鶏明兄さん」  こいつ――  危うく、馴染みのない呼びかけに転びかけた。 「……だから、その呼び方はやめろよ」  韶華と違い、鶏明には彼の扱い方がわからない。素直そうにしながらも口ぶりや目つきには棘があり、韶華以外には全く興味がなく、心を開くつもりも、そもそもないらしい。前に一度、白昵山にくることになった経緯と、韶華の奥の手について話したことがある程度で、会話もほとんどなかった。同じ楼閣で生活しているというのに親しい感じは一切ない。  一瞬、この小憎たらしい青年に事実を教えてやろうかとも迷った。吉祥の痣を持つ彼に、本当はお前は凶の神なのだと突きつければ、この神をいたずらに混乱させるだけだろうか。  韶華はおそらく、望まない。鶏明はこらえて心の内で舌を打つ。 「……お前は花神のためにも、神性を磨かないといけない。北神がその機会を与えてくれたんだ」  結局、気に食わない北神の言い訳を利用した。韶華が星郎を吉祥の神だと信じているのだから、藪をつつくようなことはできない。  すると星郎は納得していない顔で背中に手を組んで言う。 「韶華が言っていた。鶏明の勘はよくあたるって」 「あたっていても、花神は聞く耳を持たない」 「本当は、楼閣に戻るつもりはなかったみたいだ。一度という言い方をしただろう」  鎌をかけているのだ。  鶏明にはわかっていた。星郎が扱いにくいと感じる理由は、このやたらと意中を探って裏を読もうとするところにある。韶華はさすがに千年も生きているだけあってつかみ所がない。案外適当にはぐらかす。もともと取り繕うのがうまいから、星郎がますます本心を求めて夢中になるのも頷ける。微笑みながら何を考えているのか分からないのは、韶華も同じで、どうやら二人は似てきたな、と鶏明は笑う。 「韶華のことが心配?」  鶏明が言葉を詰まらせていると、たたみかけるように星郎がいう。  急いで楼閣に帰りたがっているのをみれば、いやでも感づくか。にやりと鶏明は笑った。 「今は花祭りの時期で、楼閣も人の出入りが激しい。そんな危険なところにお前をおいておくわけにはいかないから、連れ出しただけだ」  鶏明は口止めをされていなかったのを良いことにさらりと言ってのける。星郎の面倒な追求を交わす術は、鶏明にはない。 「危険なのに、そこに韶華だけが残った……?」  鶏明の言葉の意図を星郎は明確に拾っていた。思案顔をそっと曇らせて呟く。次の瞬間、ゾッとするような目色で鶏明を睨みつけた。 「どういうつもりだ?」  ひりひりとひりつくような攻撃的な声。鶏明はやはり油断ならない相手だと冷や汗を握る。 「変なことを想像するなよ。嫌な勘ほどよくあたるんだ。今すぐ花神のところに戻りたいが、あいつと違ってなんて言えばお前が素直に従うか分からない」  韶華の身が危険かもしれないとそそのかせば、星郎は何に代えても帰ろうとするだろう。鶏明はただそれをついただけ。星郎もそれを理解しているからこそ悩みなく踵を返した。 「あなたの勘は侮れない」  言い終える前から飛び出していた。  時に、日没が近い北都の小路である。

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