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第4話 戦闘服と決戦
時間は着実に過ぎていく。もう明日は彼が僕に会いに来る。
そこへ文字通り扉をバーンと音を立てて小橋君が現れた。
「うわぁーひどい顔ですね。取り柄なのに台無しじゃないですか」
「小橋君、顔だけって言うな」
「まだ、言ってませーん」
小橋君はいつも通り軽い調子で部屋へ入ってきた。
「そんな調子じゃ、相手を喜ばせるだけですよ。赤木さんと相談して今日はナオ君の戦闘服を買いに行きます」
にっこり笑う小橋君は僕が出掛けるときに使うカバンを持って僕の手を引いた。
シェルターを出ると外は刺すような太陽の光と真っ青な空、もくもくと湧いた白い入道雲が夏真っ盛りという感じだった。
「うわーナオ君って夏が似合わない男ですね」
小橋君はそう言いながらエアコンを全開にして車を走らせた。
到着したのは以前お世話になった美容院だった。一月ぶりだからそんなに伸びてないはずだがお友達は軽快にハサミを走らせる。念入りにシャンプーとトリートメントをされてスッキリした。
「やっとしゃっきりしたね、やっぱナオ君は顔がいい。次は服ですけど。俺も友達が多いだけが取り柄ですからね。友達の店に行きましょう」
そしてまた車に乗って目的の店についた。
「小橋君、ここは僕には敷居が高いです」
僕がそう言ってしまうくらいに店の中は高級感が漂っていた。正しく言うなら看板から高級だった。あんなちっさい看板でお客さんが来るのかと心配になるが、基本口コミでしか来店できないらしい。
小橋君ってばほんとに友達がすごい。
店の中はワントーンでそろえた家具と内装で落ち着く。高級そうなデザインソファに小橋君と座っているとティーワゴンで飲み物が出てきた。急に今自分が着ているものが気になった。部屋にいたままの格好だ。しかし、小橋君を見ると作業着のまま高級そうなカップ&ソーサーで優雅にお茶を飲んでいた。緊張している僕がバカみたいだ。思わず笑った。
そうしていると、服のかかったハンガーカートを押した人が現れた。
「小橋。その子?」
現れた人は仕立てのよさそうな服をスマートに着こなした背の高い人だった。
「ナオ君は23歳だから!その子呼ばわりは傷つくよ」
小橋君が訂正してくれたが今着ている部屋着はそう言われても仕方ない。
「はじめまして、今日はよろしくお願いします」
立ってお辞儀した。お辞儀した後頭部をその人にわしゃっと撫でまわされた。
「美容院寄って来たんだ、おお、まっきーのとこか。相変わらずいい仕事してんね。こっちこそよろしく」
撫でられた髪を手で直しながら小橋君を見た。美容師さんがまっきーらしい。この方も小橋君の高校時代の同級生だそうだ。
「とりあえずナオ君に似合いそうなピシッとした感じで。キラっとする。シュッとした服をよろしく」
小橋君の指示は擬音が多くて大丈夫かと思ったが。
「了解」とその人が言った。
「えっ、分かるの!?さすが友達だ」僕は感心したが
その人は僕の肩に手を置いて「分からないよ」と言った。
ふはっと笑いがこみ上げる。
出してくれた服を何着か着ては小橋君の意見を取り入れて決まった。
男もアクセサリーをするんだと驚いたらプレゼントだとバングルというものをくれた。小橋君の友達は測り知れない。
「僕はこれで明日勝てそうですか」
服が見えやすいように両手を広げて見せてみた。そこをその人にぎゅっと抱き込まれる。僕が固まっていると、小橋君が引きはがしてくれた。
「ちょっと、涼介。ダメです、そこまでは頼んでませんっ」
その人は涼介というらしい。柑橘の花の匂いだった。
小橋君は放心している僕の手をひいて車に乗せた。僕らはまた海を見ながらシェルターに帰った。
防波堤の方には花火の準備が始まっていて。歩行者天国になる場所には虎ロープが張ってあった。
明日は花火大会の日でもあるんだ。
部屋に戻り窓の外を見ると海が見える。ここの花火は船から上げるそうだ。花火の数は少ないが地元に愛されている祭りだと赤木さんが言っていた。ぼーっとまた窓の外を見ていると控えめなノックのあと赤木さんが来た。
「今ちょうど、赤木さんのこと考えてました」僕がそう言うと赤木さんはふふふふと不敵に笑ってあのお総菜やさんのレジ袋を手渡してくれた。
「腹が減っては戦はできぬですよ」手に持った温かいお総菜にほっこりする。
「僕はここに来れてよかったです、赤木さんと小橋君とカオリさん、先生。あとまっきーさんと涼介さんにもお礼と感謝しかないです。ありがとうございます」
赤木さんはぷはっと笑った。
「後半の二人は小橋君といつも一緒にいる子たちよね、どういたしまして。でも、まだ明日よ。明日から始まるのよ。だからね、ナオ君逃げたいときは言ってね。いつでも手助けするから。あと、もう気付いてるかもしれないけど戦闘服。それアルファの匂いがしみ込んでいるのよ、気が進まないなら着なくていいからね。彼へのけん制になるから良い案だと思ったけどナオ君。我慢はしないでね」
みんなが僕のためにしてくれたことだ。
「わかりました、でも、僕も頑張りたい」
今朝まで暗かった気持ちが今日一日で明るくなれたそれだけでも救われている。
僕は赤木さんを引き留めて今日一日あったことを報告した。
あったかいご飯はおいしかった。
翌朝6時には目が覚めた。贅沢だけどお風呂に入った。
ギリギリまで迷ったけど、戦闘服を着ることにした。服からはすっきりとした柑橘の花の匂いがした。彼以外の匂いをこんなにしっかり嗅いだの初めてだった。思い出しながらまっきーさんから教えてもらったワックスで毛先を遊ばせるというのもした。ネックレスやバングルもしっかり付けて小橋君の言うピシッとキラっとシュッとした格好をした。
彼はこの格好を見て傷ついてくれるだろうか。
部屋を出ると赤木さんと小橋君と初日に会った医師の女性が待っていた。
今日は小橋君と医師の女性が立ち会うそうだ。小橋君はスーツを着て普通のお兄さんからかっこいいお兄さんになっていた。
「ナオ君。かっこいいね」いつもなら顔だけって言うのに。
「小橋君がスーツを着ているとこ初めて見ましたかっこいいですね。仕事ができる男って感じがします」
「今日は特別、スーツなんて着なくてもいつもかっこいいだろ、俺はできる男だよ」得意げにニヤリと笑うといつもの小橋君だ。
「小橋君いつも作業着ですもんね」医師の女性が小橋君に向かって砕けた感じで言う。誰かに似てると見つめていたら。
「紹介してなかったっけこのお医者さんはカオリちゃんのお姉さんだよ」と小橋君が教えてくれる。
「いつもお世話になっています」ここにきて相関図が埋まってきた。
「じゃあ今日は思う存分吐き出して心置きなく花火を楽しもう!」と小橋君が親指を立ててニカって笑った。そうか、楽しみが待ってると思えば頑張れるかもしれない。
面談場所の6階は1階からは直通のエレベーターが1台あり。僕達内部の人間は隠し階段から6階に行く。
10時から面談だが記録をとる機材を調整するため。30分前に部屋に入った。
6階の部屋はガラス窓が大きく海が広がって見えていた。
医師の女性。ミカ先生は時計を確認して抑制剤をくれた。緊張をほぐすためか家族の話をしてくれた。ミカ先生はカオリさん以外にも大学生の妹さんがいてその子はリコさんというらしい。ミカ カオリ リコでしりとりになっているんだって教えてくれた。そうやってソファに座ってミカ先生としゃべっていると内線が鳴って彼の到着が知らされた。
僕は立って迎えるか、座って迎えるか悩んで立ったり座ったりをしていた。小橋君が座っとけって言ってくれたので座って待つことにした。
戸の向こうではエレベーターの到着音が鳴った。
そして一拍置いて彼が部屋に入ってきた。
彼はこちらを見てすぐ顔をゆがめた。僕はじっと彼が目の前のソファに座るまでを見守った。
僕が何も言わないのを察したらしく。
「直哉、ごめん。・・・・」彼は開口一番に謝罪した。
「何に対して謝ってんの」僕は反射で返事をした。
「直哉・・・」彼が僕を呼ぶ。態度とは裏腹に心は震える。
「ねぇ、ここに何度も来てたって聞いたけど、どうやってここが分かったの?」
僕は動揺を隠すように尋ねた。
「あの・・・実はスマフォにGPSがついてた」彼はうつむいてそう言った。
なんだそれ、断りもなくそんなもん付けてたのか。僕はそれを聞いて眩暈がした。でも、電話を掛けた後すぐに電源を切ったはずだ。
「僕はずっと電源を入れてなかったのに、最期に使ったのは君に電話した時だ。どうして・・・」
「GPSが切れたところを辿った」
彼はまだうつむいたままだ。表情が見えない。
「君は僕がいる場所が分かってたのにすぐにはここに来なかったんだな」
僕は絶望している。確かに心配するメッセージは来ていたがそんなもの指先で何とでもなるもんじゃないか。あのスタンプがよぎった、僕の知らない彼がいる。
「すぐ、帰ってくると思ったんだ、場所も分かってたし。それなら一度冷静になって考えたらいいと思った」
この人は何を見てるんだ。
「僕はずっと冷静だ。考える時間だってたくさんあったのを知ってるじゃないか、僕はいつもあの部屋で一人だった。あの部屋にはもう僕の帰る場所はないよ」
冷静になってって僕はずっと考えすぎるほど考えてきた。彼のいない時間はたくさんあったから。あの家を見て本当にそんな風に思ったのか。僕の覚悟を見て、すぐ帰ってくるなんてどうして思えたんだ。
どうしても冷たい言葉が出る。
「ごめん」
うつむいたまま彼は動かない。どうしてこっちを見ようとしないんだ。
「謝っても気持ち良いのはそっちだけだろ、許せないって言ってる。じゃあ、また何で1か月経って現れたの?」
できるだけ声が震えない様に気を付けながら言葉をつなぐ。
「それくらいが直哉のヒートだったろ?直哉のヒートの相手は俺しかいないじゃないか。オメガが一人でヒートを乗り越えるのは辛いんだろ。直哉は俺のオメガだ」
俺のオメガって言われるのは好きだった。この期に及んで心が波立つ。でも、一人のヒートがつらいって君は分かっててそれを僕に突き付けてヒートに乗じて抱いて優位に立とうとしてたのか。
彼は一つため息をついた。
「でも違ったみたいだな。直哉すげー匂いさせてる。お前にはもう新しい相手がいるんだな」
急に彼の声が冷たくなった、何で責められるんだ。どうしてこの人はここまで僕を貶めることができるんだろう。うつむいてたのはこの匂いが不快だったからか。
「だとしたらなんだ!」
彼は初めて顔を上げた、どんな表情をしてるんだろうって思っていたけど。今見た彼は傷ついた顔をしている。僕が傷つけているんだ。もう相手がいる、そうにおわせるために着た戦闘服だ。そう思わせて僕は彼が取り乱せばいいと思った。なのに傷ついている彼に傷ついた僕がいる。
「君とは違う。これは君から僕を守るための匂いだ。僕はシェルターに来るまで君の匂いさえさせてなかった。ここに来ても僕は誰の相手もしていない。ずっと君しか知らなかった。ヒートは一人で乗り越えたんだ、だからもう君なんて…アルファなんていなくても乗り越えられる」
僕を君と同じにするなと叫びそうになった。
「僕はオメガなのに君の匂いすらついてなかったんだよ、一緒に暮らしていて。それがどれだけのことかアルファの君に分かる?」
「直哉…」
「門のところで叫んでたのも僕が心変わりをしてると思って怒ってたの?」
「お前は誰かと出かけてた、親密そうでだから、俺に会えないのかって」
勝手なこと言う。彼は膝の上の握りこぶしを震わせていた。
「あの時一緒にいたのはそこにいる小橋君で番持ちのアルファだ、僕は番のいないオメガだから街でアルファにさらわれないように護衛で付いてくれたんだ、あの日は街でアルファに追いかけられた。親密に見えたならそれは小橋君は僕を守ってくれたから、僕が小橋君を信頼してるからだ。けどそれは…彼の仕事だ」
彼は誰かに盗られると思ったから行動したのか。自分は他のオメガと繋がった癖に。
「君がそこまでして僕に会って伝えたいことってなんだったの?僕はずっと全部知っていたよ」
僕は握りこんでいた手をほどいた。
「君の友達が僕にいろいろ送ってくれていたのは知ってる?君が彼女のところへ行く度に僕の所へ届くんだ。どんなメールでどんな言葉で愛をささやいて、どんなプレゼントをして。どんなクリスマスで元旦でバレンタインで。彼女とのヒートはどんなだったかを僕に教えてくれてたんだよ、君の友達のふりをしていたのは誰?」
気づけば僕は無様に泣いていた。彼は何も答えない。
「なんだ、驚かないのか、知っていたの?僕が苦しんでいたこと。じゃあ最後に僕が話がしたいって言った時、もう何の話か分かってたんじゃないか。なのにどうして帰ってこなかったの」
もう僕は言葉が止まらなくなった。
「どうして、女の人を抱いたりしたの。なんで、僕以外のオメガを抱いたの」
どうしたって僕は男だ。女にはなれない。しかもオメガだなんて。
「どうして僕らの部屋に匂いを持って帰ってきたの」
背中に匂いが残るってどういうことか分かってるの。彼女は送り出してるんだよ、背中を押して。僕の方が彼の帰る場所だって思ってたのに。
「僕は…もう、ヨシヒロとは番えない…信じられないんだ」
とうとう、家を出て3か月、はじめて彼の名前を呼んだ。何度となく呼んだ名前。愛をこめて 心を込めて何度も呼んだ名前。ずっと、僕の全部だった名前。だからこそ、呼んでしまえば僕は僕の意志を保てなくなると思った。
彼はさらに傷ついた顔をした。僕はもうとっくにズタズタだ。
「たった1度の浮気だろ…俺は…」すごく小さな声だった、こんな時まで聞き取りやすいって何なんだ。
「1度じゃない!!同じ女性と何度も!何度も!何度もっ!浮気したんだ。僕はあの部屋でずっと待ってた。でも、僕がイチバン許せないのは君が僕のヒートから逃げたことだ!逃げておいて、君は彼女と彼女の子供と笑えてたことだ」
僕はかぶせるように叫んだ。
彼が公園で彼女と彼女の子供と笑っていた時。その日の朝から僕はヒートがはじまるところだった。出かける彼にヒートになりそうだと言った。彼は分かったと言ったが出掛けてしまった。一人で耐えながら彼からの連絡を待つ僕に届いたのはあの写真だった。夜やっと帰って来た彼は困ったように僕を見て大変だなって言った。
彼と僕とのこの温度差は何だろう。きっとほんとに浮気だったとしても僕には耐えられない。僕を一人にして僕を蔑ろにして僕のオメガという性を彼が軽く見た事実は消えない。そんなこと運命にはできない。
「お願いします、ヨシヒロさん、離婚してください」
名前を呼ぶのはこれが最後だ。彼が好きだ。彼が好きだった。でも、僕はオメガで彼はアルファだ。裏切るかもしれない彼を頼りに生きていくなんて無理だ。僕は彼を命を預けられるほど信頼できない。
僕は新しく用意した、離婚届を机の上に出す。僕の名前も証人欄も埋めてある。
窓の外は晴天で空も海も青くキラキラと輝いていた。きっと、街の方は今日の花火大会に湧き立っていることだろう。
「直哉」彼が僕を呼ぶ。彼はどうして僕の名前を呼べるのだろう。じっと彼を見る。いつも僕が磨いていた靴はすこし手入れが甘い気がした。靴だけじゃない。今日のスーツはなんだか彼らしくない。そんなこと気付きたくなかった。
「僕の名前を呼ぶな・・・」
のどが痙攣するみたいにひくつく。絞り出した声が僕をまた傷つける。
「ナオ君。今日はもうおしまいだ。彼もナオ君の気持ちも考えてくれ」
ずっと黙って聞いていた小橋君が面会の終了を告げる。小橋君は少し怒った顔をしていた。
口火を切ったのはミカ先生もで
「オメガとアルファの婚姻はアルファ側の不貞に対してオメガ側から離婚を申し出た場合、アルファ側が了承しなくても離婚はできます。なんでこんな、法律があるか分かりますか?オメガにとって婚姻を結ぶこと番うことは命懸けだからです。番になったオメガのヒートは番ったアルファしか抑えられなくなるの。抑えられないヒートは体にも心にもダメージを与えてしまう。命を削ってるの。番ってなかったとはいえあなたがナオ君にしたことはそういうことよ」
ミカ先生のドスの利いた声を僕も彼も静かに聞いた。彼が僕を見ている、何から何まで彼らしくない。彼は手が震えている。
彼が部屋を出て行った。彼の匂いが消える。
エレベーターの扉が閉まる音が聞こえた瞬間、僕はソファに埋もれるように力を抜いた。ミカ先生がタオルハンカチを出してくれた、僕は顔の上にそれを置いて気が済むまで泣いた。
彼が帰ってこなくて泣いたあの時と変わらない涙だ。彼に期待して絶望する涙。
あぁでも、今の僕には僕のために怒ってくれる人がいる。
いったん部屋に戻った。
薄い黄色のカーテンを開けて光を取り込む。夏の日差しは目にまぶしかった。日が高いのはまだ12時にもなっていないからだ。いっそ、その光に消えてしまいたい。
遠くに電車が見えた。あれに彼は乗っているのかもしれない。追いかけて話がしたいと思う、でも、話をしたら責める言葉しか出てこない。出てこなかった。それだけじゃなかったのに感謝してる、ずっとずっと、好きだった人だ。僕はどうするのが正解だったのだろう。
そして、まだ戦闘服を着たままだったことに気づく。のろのろとした動作で下着以外全部脱いだ。
そのままベッドにもぐりこむ。このベッドは僕の匂いだ。「直哉」と彼が僕を呼ぶ声が聞こえてぎゅっと目をつぶった。あれは毒だ。そのまま、丸まって寝ることにした。
時計は16時だった。僕は浅い眠りの中でうつらうつらと過ごしていた。
ノック音が響いた。この叩き方はカオリさんだ。どうぞ。と言うと案の定カオリさんがやってきた。
「ナオ君、お疲れ様。頑張ったご褒美持ってきたよ。小橋君のお下がりで申し訳ないんだけど浴衣だよ」
僕はベッドから顔だけあげてカオリさんを見た。手に持っていた浴衣はクリーム地の浴衣だ。僕はあれと同じものを昨日涼介さんの店で見た。嘘が下手すぎる。でも、なんて優しい嘘なんだろう。
「ありがとうございます、でも、僕今なにも着てないんですが見たいですか?」
すると、ドアがバーンと開いて小橋君が現れた。カオリさんを背中に隠すように立つ。
「やっぱりか、小橋君。心配してくれてありがとう、それでたぶん、赤木さんとミカ先生もいるよね」
そうすると、二人も小橋君の後ろに現れた。
「私は見たいわよ。ナオ君の裸」と赤木さんがはにかみながら言っている。いつも通りで笑ってしまう。ミカ先生も同意している。仕方ないなと起き上がろうとすると小橋君が女性陣を部屋から追い出した。
「ナオ君!女性陣が倒れちゃうでしょうが!」
僕はベッドから下りた。ほんとに下着以外なにも着ていないことに小橋君がぎょっとしていた。カオリさんが置いてくれた浴衣を羽織る。やっぱり柑橘の花の匂いがした。生地は近くで見るとクリーム地に細かな縞模様が入っていてさらりとした肌触りだった帯はたぶん正絹だ。すごく高級品だ。
「これ、ありがとうございます」
いったん浴衣を脱いでクローゼットを漁るとVネックのシャツと薄手の短パンはあった。
「小橋君…僕のシャワーシーンと生着替え見て行きますか?」
「ナオ君は顔だけは良いんだからその冗談は他の人が聞いたら真に受けるよ!」小橋君は怒ってみせながら部屋のドアまで移動した。
「じゃあ1階の診察室で待ってるから、着替えたらおいでよ!」そう言って部屋を出て行った。
少し低めの温度に設定して頭からシャワーを浴びる。残っていた涙が流れていく。浴衣は去年の花火大会で彼が「男の浴衣も良いな」なんて言ったから着付けを練習した。帯の結び方は貝ノ口一つしか覚えてないけどまさかこんな形で役に立つなんて。
あいにく下駄まではなかったのでサンダルにして1階ロビーまで下りた。ミカ先生の診察室にはみんな揃っていた。
女性陣がすごく褒めてくれた。小橋君はカオリさんにウザがらみしている。
ミカ先生にバイタルチェックとフェロモン測定をしてもらい、みんなで屋上まで上った。
バーベキューは始まっていて、僕は初めて他のオメガの入居者と逢った。と言ってもただでさえ稀少な男性オメガなので僕以外には3人いるのみだ。うち1人は卒業予定というのも聞いた。このシェルターは番をみつけて出て行くことを卒業と言うらしい。オメガ同士の交流はこういうイベントくらいしかないため4か月目にしてやっとの初めましてだ。その他にも職員さんだけじゃなく。家族を連れてきている人もいるみたいですごくにぎわっている。
僕は隅のベンチに座った。ヒートが近いのでお酒は控えるようにとミカ先生に言われたのでサイダーをもらった。久しぶりに飲むサイダーはおいしかった。
小橋君は率先してトングを持ってお肉を焼いている。赤木さんの周りには女の子と男の子、それに赤木さんくらいの年齢の女性がいた。ミカ先生は子供を抱いた女性とカオリさん、それと若い女性と楽しそうに話している。たぶん、それぞれが家族だ。
僕にもああいう未来があるのだろうか。浴衣からする柑橘の匂いが僕の心を落ち着かせる。
街の方では何やら放送が流れている そして 大きな花火が上がった、遅れてドーンと言う低い音が響いた。皆海の方を見た。ゆっくりと花火が上がり始める。キラキラと光っては後を追うように音が鳴り空気が震える。
去年彼と見た花火は知り合いの持ちビルの屋上だった。二人きりで照明なんてなくてスマフォで足元を照らしながら歩いた。花火が上がると彼の顔が照らされ。その時だけ彼を確認できた。でも花火が消えれば彼は真っ暗な夜の中に消えていく。彼がどんな表情だったか思い出せない。彼の何を見ていたんだろう。あの時は来年は彼と番になるだろうとそういう未来を思っていた。
今の僕は暗闇に置いてかれた燃えカスだ。
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