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第5話 第二性特措法とテル君

花火大会のすぐあとに僕のヒートが来た。 前ほど苦しくはなかった。それでもままならない体は悲しいだけだった。 必死で彼を思い出さないように耐えた。 乗り越えて残ったのは壊れたマウスピースと傷だらけの腕。 9月に入るとまた赤木さんと話をした。もう一度彼に会うことになるそうだ。 「たぶん、次の面談で離婚が決まります。別居状態が6か月続いていること。オメガ側の申請であること。なので、彼が拒否しても決まります。そのための面談です。」 そして一息ついて 「それと、これからの話をします。離婚が決まればナオ君は番のいないオメガとなります、6か月の別居期間があるので妊娠の可能性が無いとみなされて、第二性特措法に倣って番を見つけるために登録されることになります。実際のお見合いがはじまるのは登録をされて3か月過ぎてからになります、ただ、懸念事項として離婚の決まったオメガには保護管理者が必要です。この問題はどうしましょうか?今のままだと、ご両親に戻ることになります。ただ、私はナオ君からご両親とはうまくいっていないと聞いているからこのまま戻すのは正直良くない気がします。だから特別養子縁組のこと考えてみてください。ナオ君を守るのが私の仕事です、ナオ君の意志を尊重したいです」 赤木さんは一気にそう言うと笑った。 正直もうきたかと思った。“第二性特措法”通称 特措法はお見合い法案とも呼ばれアルファとオメガを国主導でお見合いさせる法案だ。アルファとオメガの番の間にできた子供はアルファの特性が強く出て優秀な子が多く。絶対数の少ないオメガ性の子供も生まれやすい。そのため、オメガ性はその性が発覚した時に自動的に登録され国のデータベースで管理される。そして、相性のいい優秀なアルファと定期的にお見合いし、番になるよう勧められるのだ。もちろん拒否することもできるし、独身でも子供のいるオメガについては免除されることもある。 そして、オメガの保護管理者の問題。保護管理者はその名の通りオメガを保護管理する。法的な手続きや番う相手について口出しできる立場にいるということだ。僕は両親とはうまくいっていない。父は大学受験の時に逢ったが、母親とは15年以上会っていない。 どっちにしろ、僕は離婚が決まれば知らないアルファと番わされるのか。 「…ありがとう、頑張ります」 危うくまた大丈夫と言いそうになった。赤木さんを泣かせるのは僕の本意ではない。 「離婚が決まる前にもう次の話をするなんて申し訳ないけどお見合いは断れるからね!」 「断る前提なんですね」赤木さんも国の職員なのにいいのかそれで。 「職員の前に私はナオ君のお友達です」 僕は目を見張る。友達。言われればこうやって思ったことをそのまま言葉にして会話するのは今までにない気がした。今までは頭の中の方がおしゃべりでその半分も言葉にしていなかった気がする。 「友達ですね、すごい、初めて友達ができました」赤木さんの心遣いには何度も救われた。赤木さんだけじゃない、小橋君、カオリさん、ミカ先生も僕のみっともないところをたくさん見せた。それはとても濃い時間だ。 僕のために怒って泣いて励ましてくれる…彼らをがっかりさせたくない。 「僕今度こそ彼と冷静にちゃんと話をしてお別れしたいです、あの…それで…スマフォを下さい、前まで使っていたやつ」 面談が決まったら言おうと思っていたことだった。あのスマフォはパンドラの箱だ。僕と彼の思い出が詰まった箱。あれがあったから彼の浮気を忘れられないと思った。あれがあるから彼への未練が断ち切れないと思った。でも彼とのいままでを整理するには大事だ。 赤木さんは「あら、すぐ持ってくるわ」そう言ってほんとにすぐ持ってきてくれた。電源を入れれば久しぶりのホーム画面、充電は100%だった。いつ僕が言いだしても良いように管理してくれたんだろうなと思うとありがたかった。赤木さんはスマフォを僕に渡すとそのまま帰って行った。 けれど決意とは裏腹に僕がスマフォを受け取って再び開く気になったのはその週末だった。 部屋で一人で見る気にはなれず、一度行ったことがあるという理由で屋上を目指した。でも、屋上は暑そうだったのであきらめた。ドアの前の踊り場のところで三角座りをする。 一度深呼吸をしてスマフォを開いた。そして、写真アプリを開く。料理の写真が多かったが、ところどころで彼と僕が出てくる。僕が撮っているから彼の顔が多かった。何より、僕の好きだった彼の横顔がたくさんあった。笑っている彼にはこみあげてくるものがある。意味のない“もしも”がふつふつと浮かび上がる。 やっぱり涙が止まらなくなった。膝小僧に顔をうずめて声を殺して泣いた。 誰もいないと思ってめそめそしていたら隣に温かさを感じた。何だろうとみると知らない男の子が座っていた。知らないじゃない。この前花火の時に卒業予定と紹介されていた男の子だ。 彼は僕と目が合うとよしよしと頭を撫でてきた。口はいいこいいこと言っているように動いていた。 「なんで、泣いてんの?」 心配そうにこちらをうかがう子は可愛い顔をしていてユニセックスな雰囲気なのだが男らしい低い声だった。同じ三角座りをしてこちらを見ている。 「ほらほら、メガネに傷ついちゃうよ」 そう言って彼は僕の眼鏡の弦に手を伸ばした。僕は「…うぅう」とよくわからないうなり声が出た。 「警戒しないで、俺は吉田照之。オメガで二十歳…将来の夢は犬を飼うこと…!ヨッシーでもテル君でも呼び方は好きな方で良いよ、あ、でも今度結婚するんでヨッシーは期間限定だ、結婚したら水原だからミッズーでもいいよ。君なら許す!」 一気にしゃべる彼をじっと見た。ここはシェルター内だから変な人がいないことは分かっているけどなんだろう。ここは素直にテル君呼びしよう僕のが年上だから。 「テル…くん…お見苦しいところをすみません。僕は直哉です。23です、近々戸籍にバツが付く予定です」 ……あ、これから結婚する子に縁起が悪かった、僕は急に自分の発言におろおろしてしまう。テル君は気にした様子もなく僕の頭を撫でて感触を楽しんでいるようだ。僕の年上の威厳がゼロだ。 「直哉さんがスッキリするなら僕で良ければ聞きますよ?」テル君は気にしない様子だ。 僕はドアを見上げた。四角い空が見えた。雲一つない青空だ。 「どうして僕らオメガは一人で生きていけないんでしょうか、どんなに自分が嫌だと思っても3か月に一度発情してアルファを誘ってしまう。どうして、男のオメガなんて存在するんでしょう」 つい口に出てしまった、二十歳にするには重い。僕は自分のコミュ力の低さが悲しくなる。僕はまた膝頭にうつぶせた。 テル君は少し悩むポーズをした後 「鍵ってあるじゃないですか。俺らは鍵なんです。鍵は主軸があってそこにいろいろカタチが付くわけです、俺らの場合はオメガであったり、男であったり、本が好きであったり、直哉さんだとイケメンだったりね。そうやって唯一無二の形を作るわけです。つまりオメガとか男とかは個性でしかない。 運命はそれに寄り添ってくれる鍵穴です。でも見ただけじゃ鍵穴の中は真っ暗で見えないんですけど、運命は出会うとぴったりはまるって言うか…うん。今ある俺の形を受け入れてくれるのが運命で。じゃあどうしてって言われると出会うことでお互いの穴とか溝とかを埋めて満たしあうためって言うのはどうでしょうか」 テル君が自分の頭をワシワシと混ぜ始めた。 「オメガだから出会えるんです、そういう人と。目印として匂いを纏って。」 と、一気に言った。 「一人で生きて行かないようにって理由じゃないかなと思います」 テル君は僕の頭をまた撫で始めながら言った。この子はきっとすごくいい出会いをしたんだと感じた。 「ごめんありがとう、いまさらだけど。結婚おめでとう、テル君はきっと幸せになるよ」 僕はテル君の頭を撫で返した。お互い頭をワシャワシャしあっている。 「ああぁああでも穴とかはめるとか下ネタっぽいっすね!」 「そうは思わなかったけど、言われて見るとそうだね」 テル君は 「俺ね、親に捨てられたんですよ、オメガを育てれば補助金も手当も出て家も就職も保証されるのに。男のオメガなんて受け入れられないって捨てられたんです。そのまま国の保護施設を転々としてここに来ました」 そう言う親がいるというのは聞いたことがある。悲しいけど。 「第二性特措法ってのはヒートが来た時からすぐ結婚相手を紹介してくるわけです。俺は17になってからでした。ほとんどが男でオメガって言うだけで拒否した。 せっかく会っても勝手に期待して、かわいい子か。性格が従順な子、繊細でおとなしい子ってイメージを押し付けてきて…俺は正直見た目はオメガっぽいらしいんですけど実際性格はそれに当たらない人間です、何度もお見合いして自分のことをしゃべるんですけど、相手の望むオメガではない。見合いするたび自分を否定されているみたいで嫌になった。 そんな中で出会ったのが今度結婚する水原さんでした。水原さんは付き合うにはラクな人でした。よくしゃべる人で一方的に彼がしゃべって終わりってことが多くて、でも嘘はつかないし妄想話もしない。何か期待してくることもないのでとてもラクな人でした。こちらが言えばすぐ会いに来てまともに喋らない俺にいろんな話をしてくれた。俺としてはこの人をうまいこと引っ張ればお見合いから逃げられると思った」 テル君は三角ずわりに戻り。腕に頭をのせた姿勢でしゃべっている。 「警戒心も薄くなって俺も過去をしゃべっちゃったんだ。親に捨てられたオメガなんてね。正直、断られるかもってなった。 俺、水原さんと会うのを楽しみにしてたって気づいた。どうなるかは分かんなかったけど、今度会ったら話をしよう、会えますようにって。 水原さんは次もちゃんと会いに来てくれた、俺のための絵本だってできたばかりの絵本を持ってきてくれて。子供だった俺のために幸せな話を書いたってさ。その時初めて水原さんが絵本作家だって知って話足りてなかったって。 水原さんは初めて会った時から俺が相づちする声を聞くのが好きだったって言ってくれた。この男らしい声をね。 もうたまんないよね。俺が嫌だと思ったことを全部受け入れて好きだって言ってくれた。 好きになるよね。オメガとかなんとかどうでもいいって。この人といたいって思った。 遺伝子的な相性は国が特措法で選んだ人だから間違いなかったのかもしれないけど……でも、俺は彼だから良いんです」 相手の水原さんは出会ってすぐテル君に恋したんだろうなと思った。 「良い人に出会えたんだね。テル君も最初から好きだったって僕には聞こえたよ」 テル君の顔を覗き込んでから言った。一瞬驚いた顔をしつつ、真っ赤になったテル君はすごくかわいかった。 「今までちゃんと水原さんのことを他の人に話したことが無くて、でも直哉さん。直哉さんがこの人だって思うことが大事で直哉さんの気持ちを一番に思ってくれる人って言うのが大事だと思います、そこに男だとかオメガだとか関係ないと思いますよ。だから出会えるまで頑張ってみるのもいいかもしれません」 僕を見て真剣な声音でテル君が言う。彼も一生懸命悩んだんだろうなと言うことがうかがい知れた。 「あ、そうだ、直哉さん。水原さんに会ってみますか!?水原さんを自慢したくなりました!」 打って変わってテル君がデレッとした顔で僕に言う。 「いや、水原さんさえ良ければだけど?」 「今日午後から来る予定なんですよ。あぁ、あと水原さんの絵本も見て欲しいな」 テル君はスマフォを取り出してさっさと電話を始めた。そして、こっちを見て親指を立てた。そのままテル君とは別れて1時にロビー集合ということになった。思わぬ急展開になったけど一応赤木さんにも話をした。 絵本作家の水原さんは何と言うか。イメージが違った。腕も身幅も鍛えられていて分厚く。背も高い。刈り込まれた短髪は赤色で今日の格好も白いTシャツに紺の開襟の半袖シャツ灰色系の迷彩ズボンという、軍人めいていてびっくりした。リアル美女と野獣だ。 はじめましての挨拶はさせてもらったがテル君を抱き込んでこちらを見る目は絶対僕を威嚇してる、絶対だ。 でも、なんだか僕は思い知ってしまった、彼らはまだ番ではない。でも、番ではなくても番だと決めたらアルファは自分のオメガを守ろうとする。大事なオメガ以外は目に入らないんだ。きっとその執着と独占欲がアルファの愛ってことなんだと思い知らされた。 涙がにじむ。テル君が水原さんの威嚇のせいで涙ぐんでると勘違いして慌てている。水原さんに説教を始めてしまった。 「違うよ、なんかほんとにお似合いの二人だなと思ったら感動したんだ」 僕はそう言ってごまかしたけど。心から思った事でもある。僕は早々に退散するべくテル君にまたねを言った。手渡された絵本は部屋で読もう。 「お似合いだって言われたの初めてだからうれしい」と屈託なく笑う彼はほんとにかわいい子だ。そう思ったのが雰囲気で水原さんに伝わったのかまた、威嚇されそうになったので早々に退席した、あとは若いお二人でだ。 水原さんは僕でも見たことがある絵本の作者だったことに驚く。 パステルカラーが主体の淡い水彩の絵に手書きの文字、ところどころ箔押しされた凝った作りで滋愛あふれるやさしい雰囲気のものだった。 内容は小さな男の子が鍵を持って旅をする話だった。いろんな鍵を開けては大切なものを見つけていく。海に行ったり山に行ったり宇宙に行ったり過去に行ったり。最後に開けたドアには男の子の大切な人たちがいるという話だった。 男の子はテル君に似ていて、最後に出会う人たちには水原さんに似た人が混じっていた。これは二人の物語だな。すごいロマンチストじゃないか。 あぁ、テル君のカギの話はきっとここから来ていたんだなと思った。彼のおかげで気づけたことがある。僕が見ないようにしていたこと、僕が見えていなかったこと。そのための一歩へ背中を押された気分だ。 僕は幸せになりたい。

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