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第7話 頼れる人と実家
朝はいつもの時間に目が覚めた。朝ごはんは8時にホテルの1階のレストランでビュッフェだ。あと1時間以上あるのでシャワーを浴びてから部屋を片付けることにした。
僕は楽しみすぎて15分前に到着してしまった。待っていると小橋君 まっきーさん 涼介さんの順で集まった。そろそろ僕の食いしん坊がばれてきているみたいで。3人で僕が一番に取る食べ物を当てるゲームをしていた。そして、パンケーキに生クリームを乗せているところでまっきーさんがガッツポーズをとっているのを見てしまった。
小橋君は悔し気にオムレツだと思ったと言い。涼介さんは肉料理に行くと思ったのにと。みんな好き勝手にいろいろ言っているが無視だ。パンケーキはふわふわで生クリームが口の中で溶けるのが最高においしい。涼介さんは自分のコーヒーと僕にココアを汲んできてくれた。
「今日これからナオ君のご実家に行くけど、ナオ君にはみんながついてる」
僕はうなずく。
「よろしくお願いします」
親指を立てるお馴染みのポーズで小橋君は任せとけと言った。
「じゃあ、着替えたらロビー集合で」
ロビーに現れた3人はスーツだった。小橋君と涼介さんはキラキラしたバッジをつけていた。なんかオーラが出ている。僕の案内で車で実家に向かう。運転していた涼介さんは家に近づけば近づくほど道が細くなることに不安を覚えているようだった。30分ほどの山道を1時間くらいに感じたと言っていた。
祖父母の家に着いた。母屋は昔ながらの平屋建てで僕の住んでいた離れのプレハブもまだ残っていた。奥の方にあったみかん畑もそのままだ。
玄関前には祖父の軽トラの隣に車が2台止まっていた。どうやら、両親も着いているみたいだ。僕らも庭の隅に車を止めた。玄関から先はまず小橋君と僕だけで行く。インターホンを押すのに深呼吸をした。
カギはかかってないようでガラガラと玄関を開けて入って行く。玄関には靴が並んでいる。弟のものらしきスニーカーもあった。小橋君もいるのでちょっと待ったが誰も出迎えに来なかった。お邪魔しますと上がって人の気配がする仏間に行くと全員そろっていた。いや、知らない人が一人いる。
僕は受け止めきれず、玄関に戻って小橋君を呼んでまた、仏間に行った。家族と知らない人は驚いた顔でこちらを見ている。
「お邪魔しま・・・・」
僕が言葉を発しようとした瞬間。祖母が来て僕を叩いた。
「あんたっ、もう新しい男を連れてきたのか!」
祖母はそう言いながら僕を叩き続ける。僕はとっさに腕で頭をかばった。腕に引っかき傷がいくつもできる。家族が止めようともしない状況で小橋君はぎょっとしながら、すぐに祖母を止めてくれた。
「僕の話を聞いてよ!」僕が思わず声をあげると祖母はにらんでくる。
「お前が離婚するんは聞いた。やっぱり間違いだったんか。親やワシらの注意を聞かんと考えなしに行動するからそういうことになったんじゃろが」
祖父が低い声で言う。
「離婚したから言うて帰ってこられる家があると思うたら間違いだぞ、うちにはアルファがいる」
父が僕をにらみ上げた。
「アルファとオメガは兄弟でも一緒にいられないわ」
母は父の陰で小さくつぶやいた。15年ぶりの母。
この矢継ぎ早の非難にまだ紹介できていなかった小橋君が怒気をはらんできた。
「あーでも、せっかく俺がちゃんとアルファ見つけてきたのになー。ナオさんはもう新しいの見つけたなんてさすがオメガだね。誘引フェロモンだっけ。すごいね」
久しぶりにみた弟はオシャレなパーマをあてた知らない人だ、そうか弟も15年ぶりだ。机に頬杖をついてこちらを見てくる知らない弟。
ひとり気まずげに座っているのはどうやら弟の知り合いのアルファだったみたいだ。
僕は軽く眩暈がした。
「僕は確かに離婚するけど…ふつう…」
そう言いかけたところで祖父が怒り出した。
「普通の夫婦じゃなかろうが相手はアルファでお前はオメガでそういう夫婦はよっぽどのことが無いと離婚なんかせんもんだわ」
祖父がたぶん自分の両親のこと。最後までひいばあちゃんを大事にしていたひいじいちゃんを思い出しているのだろう。僕たちはさっきから立ちっぱなしだが彼らはお構いなしに言い募る。
「我慢がきかんのだ抑制剤なんて無駄じゃけん。国のためにもさっさと結婚せい言うたのに。意固地になって高校行くし、勝手に大学に行くし。家も出て。結婚もして挙句の果てに離婚だわ。何の相談もなしに何でもかんでも決めてから」
父がため息交じりに言う。
「住むとこも食べることも世話してあげたのに誰のおかげで生きとったと思うとる、押し付けられた言うても世話したんはうちらじゃが」
祖母が祖父の隣に座って母をにらみながら、文句をつぶやく。
「智哉が。アルファがいるのに同じ家で育てるわけにはいかなかったんです。ちゃんと話し合って決めたじゃないですか」
母親が非難を込めて祖母に言う。
僕はうつむくしかできない。この人たちは変わっていなかった。
「それは感謝してるよ、じいちゃんばあちゃんがいなかったら僕は生きていけなかったんだろ」
それはこの家にいた時に何度も言わされてきた言葉だ。
「分かっとるなら世の役に立つようせい。アルファのとこへ行けば安心じゃけ」
祖父は小橋君をちらりと見上げた後、弟が連れて来たアルファを見た。
「オメガは一人じゃ生きていけないんだから、アルファの庇護に入るべきよ」
母が世間一般で言われてるようなオメガの知識を披露する。
「ぼくは、そんな話をしに来たんじゃない」
そこでここまで黙っていた小橋君が口を開いた。
「すみません、ご挨拶させていただきます。私は厚生労働省保護管理局事務官 兼 男性オメガ保護センター局長の小橋俊と申します」
家族がみんなびっくりした。僕もびっくりした。
それって、国家公務員でもエリートって言うやつじゃ無いのか。
小橋君は胸のバッジを見えるように襟を正し一枚だけ名刺を出した。
「今日ここでの会話は彼を救済するために録音させていただいています」
それを聞いて青くなったのは父と母だ。父と母は教育の仕事をしていて少なからずオメガ教育にも関わっている。
「なんだ、ナオ。だまし討ちか、お前は家族に対して迷惑を掛け足りないのか」
「録音しています、では直哉君。君は本当にこの家族から離れてもいい?」
それを聞いて祖父がカッと小橋君を見た。
「おのれは離婚だけじゃないんか!家族の縁を勝手に切るというんか!」
僕は小橋君が握りこんだ指が白くなっているのに気づいた。僕が頑張るのはこの時だと思った。
「僕はここにいる人たちが家族だとは思えません。ですから法的にも離れられるのならお願いしたいです」
祖母が立ちあがり。手がまた僕を叩こうと上げるがそれを制したのは小橋君だった。
小橋君は祖父をじっと見た。
「ご本人の希望です、では、法的な手続きになりますので担当のものを呼びます」
僕は小橋君をじっと見た。祖母は悔し気に止められた手を擦る。玄関で音がして部屋に涼介さんが入ってきた。まっきーさんも続く。小橋君は二人を家族に紹介する。
「こちらが弁護士の木下涼介さん。今回、養子縁組先にあたる牧野慎平さんです」
涼介さんは皆に胸のバッジを分かるように襟を正して、名刺を机に置いた。そして持っていたアタッシュケースから書類を出して机の上に並べる。まっきーさんはさっきから所在なさげにしていたアルファの人を外に連れ出した。
涼介さんはなめらかな口調で一気に説明する。
「今回はオメガ性の特別養子縁組の手続きです、オメガ性は成年未成年に関わらず保護管理者が必要になりますが、彼は離婚後に保護管理者が皆さんになることを拒否されている。本人の希望によりこの特別養子縁組によって直哉さんの保護管理者を牧野さんに移す手続きです。今後直哉さんに関わる法的な権利については直哉さん自身のものになります」
涼介さんは家族全員の顔を見た後、両親に向き直る。
「今皆さんが受け取られている、直哉さん名義の補助金などもすべて直哉さん自身のものです」
父と母が気まずそうに下を見た。
「先ほど、隣のプレハブも調査させていただきました。彼の証言から7歳から18歳の間あちらで生活をしていたのも間違いなさそうです。7歳の子が生活した環境としては最低です。良く今まで隠し通せてきましたね。この状況ならすぐ保護が入ったはずなのに。あなたたちのしたことは悪質です。なので直哉さんの主張はすんなり通るでしょうね。ただ、オメガの補助金については不正が発覚した時点で返還義務が生じます。23年分ですから相当な額になりそうです。もちろん、罰則もありますから覚悟しておいてください」
父と母は今度は信じられないという顔で涼介さんを見た。
「おい、父さんそんな返す金がうちにあんのかよ」弟が父に吠えた。涼介さんは弟をまっすぐにらんで低い声で言った。
「ちゃんと調べればわかることです。近々調査を入れます、覚悟しておいてください」
祖父は父をにらんでいた。僕の知らなかったことまでがいろいろと暴かれていく。
「まじかー」弟は頭を抱えている。
僕はひいじいちゃんの仏壇に手を合わせて大福を供える、やっと供えることができた。そして、仏壇下の引き出しを探る。我が家のハンコはいつもそこに仕舞われているからだ。案の定出てきた。
「どうか僕と縁を切ってください、これ以上恥ずかしいことはしないで」
僕はそう言って父の前にハンコを置いた。父はそこではじめて僕の目を見た。そのまま僕をまじまじと見る。そうして、祖母同様に僕に手を上げようとした。僕は衝撃に備えてぎゅっと目をつぶる。その手を止めたのは帰ってきたまっきーさんとアルファの人だった。
「暴力は良くないですよ、こちらの人と話をしましたが、学校経営がうまくいってないそうですね。これだけ偏った考えならトラブルも多そうだ」
捉えた手を握ったまま、まっきーさんは父をにらみつけた。
「ですが、こちらの方からの援助は無くなりました、ナオ君は彼のところには行きませんから。それは彼も理解されました」
父はまっきーさんに掴まれている手を強引に振りほどいてまっきーさんをにらみつけた。
「勝手なことを!」
普通の人なら怯むくらいの怒声だったが、まっきーさんはずっと父をにらんでいる。
「あんたは人の親か、浮気されて苦しんでいる息子を既婚者の愛人にしようとしたのか、どうしてそんなひどいことができるんだ」
僕は思わず父を見た。そして、彼を連れてきたという弟も。
「オメガの発情期って辛いんだろ、子供を産めば落ち着くって言うじゃないか。アルファの子供を産めば褒められるし辛い発情期もなくなるんだから良いんじゃないか。しかも、それが家のためにも国のためにもなるなんて良いことだろ」
弟は悪びれもなく言う。
「子供を産んでも発情期は無くならないよ、そんなの一般常識だ。落ち着くのは誘引フェロモンだけどそれは番にならないと治まらないよ」
僕は弟に説明した。彼はどうでもいいという顔をしているけど。
涼介さんがパンっと手を叩いてその場をいなす。
「すみません、特別養子縁組の手続きの続きをしたいのですが」
「お願いします、縁を切ってください」僕は再度頭を下げた。
祖父は僕をじっと見る。僕も負けずにじっと見返した。
目元はひいばあちゃんに似ていた。たぶん、あの濃褐色の目は僕も似ている。
祖父はペンを持って書類を書き始めた。書き終わると父の前に書類を置く。父はその祖父の姿を見てみるみる顔を赤くしている。
「父さんはいつもそうだ、アルファだから自分の意見が正しいと思って」
そう言って父も書類を書き始めた。
「おい待てよ、もし援助が受けられなかったら俺が継ぐあの学校どうなるんだよ」
弟が慌てて父に言う。父は黙って書類にハンコを押した。
そして弟をにらむと。
「智哉がどうにかしろ、アルファなんだろ」
「ハァ!?」
「あなた、それじゃ智哉がかわいそうじゃない。直哉を説得してよ」
母が今度は声を上げた。母はほんとに僕のことが見えていないのが分かる。
涼介さんは祖父と父が書いた書類をチェックしてアタッシュケースに入れる。
「では、手続きに必要な書類は預かりました、今回ここでのやりとりも合わせて申請させていただきますので…9月の終わりには確定すると思います」
「ナオのせいでうちはめちゃくちゃだわ、オメガなんか産むけんこうなったんよ」
祖母が怨嗟を漏らす。母はすごい顔で祖母をにらんでいる。
「ナオは良いな。オメガってだけで金持ちに保護されて…」
弟が言葉を続けようとした時、小橋君が机をダンッと叩いた。
「一昔前までオメガ性は子供を産むしかできないと侮蔑されて虐げられていた。圧倒的に数が少ないうえアルファと番うと囲われるためになかなかそのバースに理解を得られなかったせいだ。しかし今は良い抑制剤も開発されて生活も支障なく過ごせるし、アルファやベータと変わりなく教育を受ければ劣ることはないと実証されている。さらに、オメガ性が持つ感性の鋭さは芸術分野や研究分野で生かされてきている。華々しく活躍するオメガをテレビでも見ているはずだ。
現代においてオメガと言う性は枷ではなく、個性として認められるようになったんだ。
それに、ナオ君はこの環境でもしっかり勉強して大学に行ってちゃんと収入を得ている。誇りさえすれ、こんなにバカにされることなどないはずだ。ご両親もナオ君が難関国立大に行ったことで広告塔としてさんざん利用されたのでしょう、なのになぜ、ここまで言いたい放題言えるんだ。
お前らみたいなのがいるからオメガがいまだに逃げなきゃいけなくなるんだろ、保護が必要になるんだろ、考えろよ」
小橋君の目が潤んでいるのが見えた。僕のために怒って悲しんでくれている。
僕は仏壇を見た。
「小橋君、ありがとう、せっかくだけどこの人たちには何を言っても分からないよ。僕はそれより早く帰りたい」
僕は小橋君に笑って見せた。
「僕はこのひどい家で育ったから強いオメガになれたんだよ、体力には自信があるし、寒いのも、暑いのも、しんどいのにも強いんだ。どこにいたってここよりマシだ」
まっきーさんと涼介さんが噴き出した。
「さすがだな」まっきーさんが笑いかけてくれた。
「では、書類も揃いましたし、我々は帰ります」
涼介さんはさっさと立って玄関に向かう。
押し黙っている元家族は無視して、僕は仏壇に手を合わせる。
「ひいじいちゃん、ひいばあちゃん、僕はこの家族を捨てます。僕の血を分けた家族はお二人だけです。ありがとう」
僕はお鈴を鳴らした後、二人の位牌をガッと掴んだ。
そして、家族にあっかんべーをして走って逃げた。
みんながぎょっとしている。
そのまま玄関から出て林に逃げ込む。
僕が山道の1/3くらいまで走ったところで小橋君たちが車で追いついてきた。
「ナオ君面白すぎ、ナオ君いないと山道分からないから」
そう言って後部座席に乗せてくれた。
涼介さんが運転しながら
「もう引き返せないよ、いいの?」とルームミラー越しに聞いてきた。
「弟と母は15年以上ぶりに逢ったんですけど知らない人でした。他の家族も話が通じない。宇宙人ですよ。捨ててやったんです、良いも悪いもないです」
隣に座る小橋君が頭を撫でてくれた。そして、祖母に叩かれてひっかき傷ができてる腕を痛ましげに眺めている。窓にもたれていた僕はそれに気づかないふりをして目をぎゅっとつむった。小橋君が何も言わず頭を撫でるその温かさに涙が止まらなくなった。お腹に抱えた位牌だけが僕の血を分けた家族だ。
「直哉君、牧野直哉君にいつか慣れてね」
まっきーさんが優しく声をかけてくれた。
「僕も牧野になったら、まっきーさんのことなんて呼んだらいいんですか」
「そういうところが、ナオ君らしいね」涼介さんがニヤリとしている。
「じゃあ、そう言うの考えながら帰ろっか。そいえば、まだ昼前じゃん。近所にリンゴ狩りができるところがあるらしいよ、ホテルの人が教えてくれたんだけど。寄ってから帰る?」
涼介さんがすごく魅力的な提案をしてくれた。
「行きたい」僕は狩りなんてしたことない。してみたい。
「「「言うと思った」」」3人の声がそろった、この仲良しめ。
「僕はこれから楽しいことに積極的に生きると決めました、旅行もいっぱいします。トランプもババ抜きだって強くなります、枕投げだってリベンジします。人に語れる恋バナの一つや二つ作ってみせます」
「それはどうかと思うけど、任せとけ!」小橋君はすっかりいつもの元気な小橋君に戻っていた。
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