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第8話 リンゴ狩りと新しい家族
車は40分ほど走って果樹園の看板が立つ山小屋に着いた。
受付でお金を払うとナイフとバケツとハサミを渡された。ワクワクする。園内は食べ放題で持ち帰る場合はバケツに入れてそのグラム数で買取りとなるそうだ。リンゴの他にも梨とぶどうがあるそうだ、すごく悩んだがやっぱり狩りたいのはリンゴだった。
空は真っ青でリンゴの木は青々としていた。真っ赤なリンゴがいくつも見える。木の根元を見ると品種が書いてある。そこで一本の木に目が留まった。
「小橋君、ここにあかぎさんがいるよ!」
「ほんとだ、あかぎだ」
僕はいそいそとあかぎさんリンゴを摘んだ。テーブルに着いて剥いて食べる。「わ、甘い」今まで食べていたリンゴとは水分が違う。おいしいと浸っていると「早速、ナオ君が揺れてる。赤木さんにお土産できたね」とまっきーさんも何個かリンゴを持って側に座った。まっきーさんが持ってきたリンゴは濃い赤色の秋映という品種だそうだ。お互いリンゴを交換して食べる。こっちもおいしい。
ちょっとしてから、小橋君もテーブルに着いた。僕らがさっそく食べているのを見て「ナオ君、あーん」と言ってくる。仕方がないので一口あげた。「やっぱ、スーパーのとは違うね、んまいね」とにっこり笑った。涼介さんも合流して「あーん」と言ってくるので一口あげた。「涼介さん、小橋君と間接キスだ」僕がふはっと笑うと涼介さんが僕の頭を両手でわしゃわしゃ混ぜてきた。おかげで眼鏡がずれる。
「ナオ君の本当の目的はさ。位牌だったんだね」小橋君がぽつりと言う。
僕はうなずく。
「僕の手元に置いておきたかった、僕のわがままです」
「正直さ、しゃべればしゃべるほどあの家族のどこにもナオ君に通じるところが無くてさ。信じられなかったよ。きっと、そのひいじいさんとひいばあさんがナオ君の根っこなんだろうね」
「ごめんなさい」つい謝った僕にまた涼介さんが「謝らなくていいよ」と手を伸ばして頭をなでる。
少し沈黙した後
「ナオ君ってさ。わりと足早いよね」まっきーさんが思い出して笑いだした。
小橋君と涼介さんも笑いだす。
「ずっと、体育は5でしたよ」ふんっと威張ってみせた。
「「「意外だ」」」声がそろった。仲良しめ。
「手続きは任せとけ。きっちり縁を切ってやる。再来週には牧野になるぞ」
涼介さんがかっこつけてる。
「あぁ、まっきーはなんて呼ぼうかね。しんさん?しんさま?慎平くん?」
小橋君がニヤつく。
「しんさんとしんさまって暴れん坊将軍だね」
僕が言うと、ぶはっとまっきーさんが吹いた。
涼介さんとまっきーさんは笑い上戸だな。
「僕まだ、1個しか取れてないので引き続きリンゴをとってきます!」僕はそう言って畑に逃げた。
僕はバケツ一杯のあかぎさんをとった。また車にみんなで乗り込むと今度はまっきーさんが運転手だ。
小橋君は助手席。涼介さんと僕が後部座席だ。
まだ外は汗ばむほど暑いけれど窓から空を見上げると秋だった。
この街には良い思い出なんて一つもなかった。だけど、このリンゴ狩りは僕の大事な思い出の一つになった。きっと3人は僕が生まれたこの街に一つでも良いから楽しい思い出を残そうとして、このリンゴ狩りに誘ってくれたんだろうなって思った。
インターチェンジから高速に乗ったくらいで僕は記憶がなかった。車が止まる気配がして目が覚めると僕は涼介さんにがっつりもたれかかって寝ていたみたいだ。涼介さんは僕のメガネを外してくれたみたいで。「起きた?」と聞いた後、メガネをかけてくれた。ぼーっとしながらきょろきょろする。サービスエリアに到着したみたいだった。
「リンゴ食べてるとき思ったんだけどさ。ナオ君ってリンゴの匂いに似てるよね」
ふっと見た涼介さんが思ったより近いところにいてびっくりした。
すかさず小橋君が「涼介、それセクハラだから!」と怒ってくれた。
僕はじわじわと恥ずかしさが染みてきた。涼介さんはさっさと車を降りて外で伸びをした。まっきーさんが「ご当地ソフト」って言うので僕もあわてて降りた。
白桃ソフトは僕の人生史上で一番のソフトクリームだ。
フードコートの4人席に4人で座っている。涼介さんが欲しそうな顔をしたから一口あげた。
「帰りにさ、ちょっとまっきーの実家に寄ろうって。ナオ君良い?」
小橋君がまっきーさんに話を譲る。
「いまなんか、兄弟が揃ってるらしくてせっかくだからどうかってさ」
「僕は構わないです。むしろ、お会いできたらうれしいです、急に行っても大丈夫なんですか?」
「向こうが会いたいって言ってきたんだ、じゃあちょっと電話する」
そしてすぐ会話を始めた。雰囲気からして本当に歓迎してくれているみたいだ。
「おっけーじゃあ、行こう!」
そうやってまた、車に乗り込んで出発した。小橋君の運転だ。僕は助手席に座らせてもらった。
車は順調に進んだ、トイレ休憩をはさみつつ4時間後まっきーさんの家に到着した。個人宅と言うよりマンションみたいな造りで現代的な実家だ。1階が車庫になっているらしくそこに駐車した。お土産に何個かリンゴを持った。まっきーさんの案内で駐車場奥にあったエレベーターに乗る。なんというか、お金持ちの実家だ。
「一番上の階が両親、その下に兄さんたちが住んでる。今日はみんな応接室に集まってるからそこに行くよ」
そう言ってまっきーさんは2階のボタンを押した。エレベーターを降りてすぐのドアはガラス扉になっていて向こうに人の気配がする。まっきーさんが先頭で部屋に入ると。慣れた様子で涼介さん小橋君が入って行く。最後に僕が入った。
部屋はすごく広かったが人がいっぱいいた。それもそうか。両親に兄弟の伴侶とその子供。それに足して僕達だ。
僕はご両親に挨拶した。久しぶりにお会いしたが今日もパワフルだった。
そして、初めましてのご兄弟の皆さんにそれぞれ挨拶をする。奥様方には小さな赤ちゃんを連れた人もいてつい目が輝いてしまった。
抱っこさせてもらうとほにゃほにゃで可愛かった。しばらく抱いててと託されてしまった。
涼介さんはご両親と話し込んでいて。まっきーさんと小橋君は小さな子供たちに囲まれていた。ご兄弟は楽しそうに歓談している。僕はソファに座って赤ちゃんを抱いてみんなを観察している。すごい。団欒してる。これが幸せな風景と言うやつか。
僕は気づかず泣いていた。お母さんが慌ててやってきて僕を赤ちゃんごと抱きしめてくれた。こういう時の女性の母性と言うのはすごいなと思う。
「今日一日でいろいろあったのよね。大丈夫。ここはもうあなたの家よ」
「ぼ・・僕は赤ちゃんが欲しい」
とんでもないことを口走った自覚はあるが僕の今の希望はそれだ。他に言い方があるのかもしれない、表現力の乏しさにまた悲しくなる。でも、みんな笑わず受け止めてくれた。小さな子たちが僕の涙に気づいてティッシュを運んでくれたり。背中をさすってくれたりとお世話を焼き始めた。彼らはきっとこれが普通なのだ。泣いてる人がいたら助けてあげる。こんな小さい子でも身についてる。
ありがとうと言いながら笑って見せる。
ずっと欲しかったものがこの暖かさだと分かった。
ずっと、足りなかったものがこの暖かさだ。
赤ちゃんのお母さんが僕の隣に座る。彼女は3男瑞樹さんのお嫁さんでオメガだそうだ。この子は男の子で生後すぐオメガだと判定されたという。
「あなたに抱っこされてうれしそう。何か通じるものがあるのよ。ナオヤさんがオメガで男性と言うのを聞いたわ。この子は晴斗、ナオヤさんはこの子の希望だわ。良い先輩になってくれると思うから相談に乗ってね」
僕はフルフルと頭を振る。きっとこの子がいい子なんだ、けどその言葉と思いやりが優しい。
「ありがとう」僕はこの愛の塊を抱けて良かった。
ほどなく、夕食がはじまり。僕の席はお母さんの隣になった。お母さんが僕のお皿にてんこ盛りにのせるからまわりの兄弟に注意されている。まっきーさんが得意げに僕の好物は甘いものだと言うからお父さんまでノリノリでデザートを僕の前に持ってきてくれて僕の席の前にはデザートだらけになった。とても、にぎやかな食卓だった。
時計は8時だった。まっきーさんは今日は実家に泊まるそうだ。涼介さんもここからは電車で帰るそうでここでお別れだそうだ。シェルターまではここから車で1時間だ。みんないつでも帰っておいでと言ってくれた。”帰っておいで”か。特に晴斗君のママとはしっかり約束をしてさよならをした。
シェルターに着くと赤木さんが玄関まで迎えに来てくれた。ホッとした。
赤木さんにリンゴのあかぎを手渡す。赤木さんは僕の震えに気づいてこれから寒くなるからとひざ掛けをくれた。もう夜も遅いから明日話そう。ジェットコースターだったこの二日間を。
聞いてほしい。
最後に小橋君にもお礼を言って部屋に戻った。
机の上にリンゴや手足の長い人形ひいじいちゃんたちの位牌を並べた。
やりたいことがいっぱいある。
まずは、車の免許をとりたい。免許をとって晴斗君に会いに行こう。
布団からはやっぱり僕の匂いがする。リンゴの匂いなのだろうか。
目を閉じたらひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが夢に出てきてくれた。
3人で一緒に白桃ソフトクリームを食べた。
翌朝いつも通り10時きっかりに赤木さんが来た。ミカ先生とカオリさん。小橋君とテル君も来て僕の部屋は人口密度がすごいことになったのでいったん出てもらった。
小橋君がせっかくだから広いところで話そうと6階の面談室に移動した。
僕はリンゴを切ってみんなに配った。
サービスエリアがいろいろ揃っていること。鉄板焼きをしたこと。トランプや枕投げをして夜楽しんだこと。ビュッフェで美味しいパンケーキを食べたこと・・・家族の話になった時はみんな怒ってくれた。位牌を持って逃げたことは笑われてしまったけど。リンゴ狩りや白桃ソフトクリームはぜひみんなにもお勧めしたい。まっきーさんの家族が優しかったことまで一気にしゃべると。
みんなは少しだけ涙ぐんでいた。僕にとっては小橋君が官僚なのにびっくりしたのにみんな知っていた。それもそうか。作業着でリンゴを食べてるところは普通のお兄さんなのにな。
テル君の卒業は9月26日になったそうだ。戸籍を入れて姓を同じにした後パスポートをとって新婚旅行に行くためらしい。僕にも結婚式の招待状をくれた。式は12月のクリスマスイブに行うそうで水原さんはとことんロマンチストだと思った。
そのあとはお昼ご飯の時間までババ抜きをした。
僕と赤木さんはいったん僕の部屋に帰った。
今後のことを話すためだ。
赤木さんは僕の部屋に入るとひいじいちゃんたちの位牌に手を合わせてくれた。
「彼との面談が9月30日に決まりました。木下さんから特別養子縁組の書類が揃ったので明日提出すると報告がありました、離婚の手続きは特別養子縁組が決定してからになります。あと、特措法のことですが、今回オメガの保護管理者が牧野さんに委譲することで、ナオ君のお見合い相手との間に牧野さんが立ってくださいます、ナオ君にとってそれは良いことですよ」
赤木さんはにっこりと笑った。
「頼れる人が増えるってことです、もう、ナオ君は一人じゃない」
耳が赤くなる音が聞こえてうつむいた。
「ありがとうございます」
嬉しい時も顔が赤くなるなんて初めて知った。赤木さんはにっこり受け止めてくれる。
僕はこの勢いでお願いすることにした。
「赤木さん、僕車の免許をとりたいです」
「カオリちゃんが免許を取ったところがオメガにも対応してるから確認するわ」
あっさりと受けとめられた。
赤木さんが端末を操作してカオリさんに連絡するとすぐ教習所のホームページを僕のスマフォに送ってくれた。
そしてそのまま、部屋を出て行った。
秋になると海の色も変わるんだなと窓の外を見た。ここに来た時、未来はただ怖いものだったのに。今は何かを始めるのが楽しみになっている。スマフォの教習所のホームページを開いた。
早くて2か月で取れるみたいだ。思い切って申し込むボタンを押した。
色々な項目を埋めていき決定を押す。これでひとつ、僕は未来の約束を取り付けた。
パソコンを立ち上げて仕事を始める。
二日分のたまったメールの処理をして。納期の近いものから仕上げていく。気が付けば夕方で窓の外の夕焼けがすごくきれいだった。最近の僕は良く外を見るなと思った。
次の日、涼介さんから特別養子縁組の書類が受理されたと連絡があった。
2週間はあっという間だった。その間に僕の部屋には小さなお仏壇が増えた。
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