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第11話 報告と家族の団欒

15時になるとスマフォのアラームが鳴った。16時に玄関前にお迎えがくる。 着替えをそろえてシャワーに向かった。勢い良く出したお湯を頭っからかぶる、うつむけばあごを伝ってお湯が床に落ちていく。目をつぶると出し切れなかったドロドロとしたものが流れていく気がする。勢いよく顔を上げて顔にシャワーを当てた。何もかも流れてしまえ。 何をしても何もしなくても時間は過ぎる。今日は昨日になって…過去になって昔になるんだ。 スマフォが鳴ってロビーにお迎えが到着したことを知らせる。1泊分の着替えを入れたカバンを持ってロビーまで下りた。そこには牧野家の五男の……太志さんがいた、小橋君とミカ先生と話をしていた。僕は駆け寄って簡単にミカ先生のフェロモンチェックやバイタルチェックを受けた。その間に太志さんは僕の荷物を持って小橋君とまた話し込んでいる。 「お待たせしました」僕は太志さんにお辞儀する。太志さんは先導するように先を歩いて玄関を出て乗車を促す。黒い四輪駆動車だった。ミッション車は初めてなのでじっくり見てしまった。太志さんが男の子だねぇと言いつつ、わざとギアを上げたり下げたりして見せてくれた。自動車教習に通っていることを話しながら牧野家へ向かう。 …窓の外は穏やかに見える海、トンボが車を先導するように飛んでいた。 応接室には両親と次男の祐輔さんがいた。僕は相変わらず両親の間に招かれる。僕はやっとご兄弟の名前を覚えた。長男が和宏さん、次男が祐輔さん、三男が瑞樹さん、四男がまっきーさんで慎平さん。五男が太志さんだ。 僕と両親はエレベーターに乗った、向かうのは1番上の階で両親の家だと言っていた場所だ。 エレベーターを出るとホールがありその先にご両親の部屋の玄関があった。部屋に入ると玄関ポーチから広い廊下がまっすぐあった。左右に二つずつ扉があり、右の扉にはシューズクローゼット、その奥にはトイレとお風呂のある洗面室の扉があった。廊下を真っすぐ行った奥がリビングダイニングでさらに奥にお二人のプライベートルームがある。僕が通されたのはシューズクロゼットの向いにある扉で、中は6畳ほどの部屋だった。そこには淡い黄色の壁紙にベッド、書棚。机 2帖ほどのクローゼットがあった。 「直哉の部屋を作ったの。いつでも帰ってきて泊まれるようにね」 お母さんたちがにっこり笑う。お父さんが自慢気にベッドを紹介している。すごく良いマットらしいが僕に分かるだろうか。僕が好きな淡い黄色で部屋の中がまとめられている。きっと、小橋君たちとも話をしたんだろうな。ここまでしてくれているとは思わなかった。 すごくうれしいのにうまく言葉がでてこない。しゃべろうと口を開いたら言葉より涙があふれた。 改めてこんなに素敵な人たちの家族になれたことがうれしい。 握りしめた手を二人が握ってくれる。手のひらの温かさがじんわりと染みてとうとう本格的に泣いてしまった。振り絞って出したありがとうは涙声で聞きづらいものだったろう。甘やかすように頭や肩を撫でてくれた。 「こんなに喜んでもらえてうれしいわ。ここはもう直哉の家よ、ずっといていい場所だからね」 部屋を出てリビングに通される、部屋にはカレーの匂いが漂っていて、お母さんが照れながら「料理が苦手で唯一上手に作れる手料理はカレーだけなの、でも晩御飯楽しみにしてね」と微笑んだ。 3人でソファに座り今日の面談の話をする。ところどころで詰まってしまったけど、じっくりと聞いてくれるおかげで僕の中でも整理ができた。 そうやって、話しているうちにまっきーさんが涼介さんを連れて帰ってきた。 おかえりーと玄関に出迎えるとまっきーさんは大袈裟に天を仰いで新妻プレイ!と叫んで涼介さんに叩かれていた。 「さっき、書類を整えて出してきたよ、ナオ君お疲れさま。離婚が成立したぞ」 涼介さんは僕の頭をぐりぐり撫でてから両親に挨拶をしている。 ソファのテーブルに住民票と戸籍を並べて苗字が牧野になっているのを確認した。 一通り確認した後、みんなで食卓を囲んだ。家族で食卓を囲むというのが初めてのことだと気付いた。僕の両隣に両親、向かいにまっきーさんと涼介さんが座った。 お母さんの特製のカレーにサラダにスープ。いただきますと手を合わせるとみんな一斉にスプーンを動かした。向いの二人はカレーを大きな口ですごい勢いで食べていた。僕も真似しようとしたが手が震えてうまくいかない。この暖かい食卓に僕は一員として座って手作りのカレーを食べているのに。うれしくて僕は震える。 「あーーん」 そう言って涼介さんが一口分のカレーを乗せたスプーンを僕の口の前に差し出す。僕はその勢いについ口を開けた。そのまま、口に入れられたカレーは少し辛くて、良く煮込まれたおいしいカレーだった。僕の口からスプーンを引き抜くと涼介さんは目を細めて、柔らかい表情でたくさん食えよと言った。そしてそのまま、またカレー食べ始めた。 今度こそ僕は上手にカレーを食べ始めた。カレーもごはんもおいしくて最後までスプーンが止まらなかった。「サラダは混ぜただけだし、スープは温めただけなの」とお母さんは言うがこの場を準備してくれたことがうれしかった。僕が一皿平らげる間に目の前の二人は2杯も大盛カレーを食べていた、少し憧れる。 食べ終わるとみんなでごちそうさまをした。僕は洗いものを手伝おうと張り切ってキッチンに入った。お母さんがエプロンを僕に付けてくれてお父さんがふきんを持って待ち構えていた。食器を片付けるのまで楽しいってすごいな。 僕たちが片付け終わるとまっきーさんたちは冷蔵庫から白い箱を取り出してこちらに見せつけてくる。 デザートだ。お母さんはケトルを火にかけてお湯を沸かす。お父さんが「コーヒーの人ー!」と言うと涼介さんとお母さんが「はーい」と返事をする。「紅茶の人ー!」と言うとお父さんと僕とまっきーさんで「はーい」と返事をした。団欒って言うのはこういうやり取りをするんだなって笑ってしまう。 「うちはね、家族それぞれに色があるのよ。兄弟が多いとね管理が大変なのね、私のが赤で紘一さんのが緑。長男が青で。次男がオレンジ。三男が黄色、慎平は白で五男が黒でね…だからナオ君にもナオ君の色を用意したのよ」 そう言ってピンクのマグカップを手渡された。 「僕はピンク」 僕のマグカップにお父さんが紅茶を淹れてくれた。うれしくて触り心地を堪能していると。 「よかった、気に入ってもらえて、ナオ君の色については家族会議で紛糾してね、穏やかで優しい色だよ、僕のナオ君のイメージはそれだった」そう言ってお父さんが僕の頭を撫でる。 この人たちは際限なく甘やかしてくれる。僕はずぶずぶとこの家族にはまっていくのが分かる。とても、居心地のいい場所だ。お父さんたちは満足そうに微笑んでいた。 皆でまた、ダイニングに座ると白い箱から宝石みたいなケーキが出てきた、牧野家はじゃんけんで選ぶ順番を決めるんだよと言って「じゃーんけーん」とまっきーさんが言い出した。 僕は3番目でフルーツタルトを選んだ。サクサクした生地とバニラビーンズがきいたカスタード。甘酸っぱいフルーツが絶妙にマッチしてすごくおいしかった。 するとみんなが噴き出すので何事かと思えば、どうやら僕が揺れていたみたいだ。 両親曰く、僕がご機嫌だと揺れだすというのを聞いて見てみたかったと笑っている。そんなこと言うのはこの二人かと睨むと。ごめんごめんと言いながら一口ケーキを分けてくれた。まっきーさんのスプーンから抹茶のムースをもらう…うまい。涼介さんのスプーンからオペラももらう。洋酒がきいていておいしい。これは全部おいしい。仕方ないな許すか。また揺れていてももう放っておいてくれた。ゆっくり味わって紅茶を飲む。背もたれにもたれかかると幸せな気分がふくふくと膨らむ。 食卓を見回すとみんな笑顔だ。 「正真正銘。俺の弟になるのか。ナオ君、いつでも髪切ってあげるからね」 「慎平さん、よろしくお願いします」 「ふっ、そっちに落ち着いたか―」と僕の頭をぐりぐり撫で始めた。その手をお母さんがバシッと叩き落とす。 「ナオ君それでさ、これからどーするの?」まっきーさんもとい、慎平さんが聞いてくる。離婚が決まったのだ、僕はこれから婚活を始めるのか…。少し不安になってうつむいた。 「大丈夫だよ、ナオ君、今度こそ君が幸せになる番だ」 お父さんが励ましてくれた。それに勇気をもらって僕は本音が漏れる。 「僕は今の生活がすごく大事だ、今が一番自分らしく生きている気がする。もう失くしたくない。いろんな初めてを知って、僕が強いオメガじゃないのも思い知った。だからできることをしたい」 僕の弱音を家族のみんなは静かに聞いてくれる。 そこへ(お風呂が沸きました)と言う音声と音楽が響いた。ふっ。みんなで笑った。 僕はピンクのバスタオルを渡されて一番風呂を頂いた。 お風呂は広くてきれいだった、置いてあるシャンプーやリンスは牧野家のブランドだった。華やかな匂いがして気持ちが明るくなる。お風呂にも入浴剤が入れられていて贅沢だ。 お風呂から上がってリビングに戻ろうとすると。リビングのドアの向こうから笑い声が聞こえて少し緊張する。 ゆっくりとドアを開けると真っ先にお母さんが気づいてくれた。お父さんが手をひらひらとさせながら「何飲む?麦茶?ビール?」とソファの側の床をポンポンと叩きながら呼んでくれた。誘われるままにぺたりと座る。用意された自分の居場所にホッとしていると。お風呂の順番は涼介さんの番らしく立ちあがった。見上げていると濡れた頭をポンポンとされ涼介さんは風呂に向かった。 「お風呂上がりのビールって初めてです」 僕はグラスに注いでもらったビールを一口貰う。ビールの炭酸がくっとのどを通ってアルコールが何とも言えないふわふわ感に変わる。みんなニコニコとこちらを見て笑っている。 お父さんは自分たちの部屋に引っ込んでからドライヤーを持ってきてくれた。お母さんがそれを受け取って僕の顔を覗き込む。 「このまま直哉がこの家に馴染んでくれるといいな。甘やかしたくて仕方がないのよ。遠慮も全部失くしてあげたい。次はもっと、大袈裟にドアをバーンと開けて帰ってくればいいからね。だからさ、慣れるまで週末はうちに来るって言うのはどう?」 そう言って、僕の髪を乾かしてくれた。 僕はアルコールで熱いのか。気持ちが昂って熱いのか。ドライヤーの熱なのか。耳が赤くなるくらいの熱にうつむいてしまう。 「僕もはやく家族らしくなりたい」自分でもめんどくさいやつだと思う。 「なら決まりだ、僕らはナオ君が可愛くて仕方ないよ」お父さんが優しく言えば 「私はもう来週が楽しみだわ」とお母さんが笑う。 育て直しをされている気分だ。温かな風にふわふわとする髪がくすぐったい。 「直哉はやりたいことないの?」乾いた髪を櫛で整えながら聞いてくる。 「今、教習所に通ってて、ドライブしたいです。僕山育ちで海にすごい憧れて…で…あの海に近いシェルターを選んだんですけど。海沿いの道を自分の運転で走りたい」 「素敵ね、いつ頃には叶いそうなの?」 「10月の終わりには卒免を受けて、11月には本免を受ける予定です」 牧野家はみんな免許を持っているそうだ。だから駐車場が広いんだな。僕の運転する車にお母さんをのせる約束をした。 「僕、今、約束しましたね…」つい感慨深く息を吐いた。 僕はあまり人と約束をしたことが無かった、僕に約束できるものなんてなかったから。 「そうね、あとはクリスマスは一緒に過ごしましょう。それに、年末も一緒にすごして、年始は初詣にも行きましょう、約束、約束」 お母さんは僕のカレンダーを予定でいっぱいにする気だ。そうしていると涼介さんがお風呂から上がってきた。タオルを頭からかぶった状態で、パジャマも着ている。突然来たのにパジャマがあるってこの人は良く牧野家に泊ってるんだなと眺めていると。 「その前に10月はナオ君の誕生日だろ」と言った。 僕は涼介さんをまじまじと見る。 「ナオ君の手続き関係は全部俺がやってんだ、それくらい知ってる」 涼介さんは慌てて答えてくれるが、僕の誕生日なんて僕自身ですら今思い出したくらいだ。 「まだ遠慮してたの、この子は!」お母さんが乱暴に頭をガシガシと混ぜてきた。僕は頭をフルフルと振った、遠慮とかではなく本当に頭から消えていたのだ。 「じゃあ、誕生日は家族でお祝いしよう、で、いつ?」とお父さんが卓上カレンダーを見ながら聞いてくる。 「10月14日です」と答えるとすぐさまそこに花丸を書き込んでくれた。カタカナでナオヤと書かれたカレンダーとまた増えた約束に笑顔が浮かぶ。「楽しみだねー」と慎平さんが僕の肩をポンポンと叩いて立ち上がりお風呂に向かった。自分の誕生日が誰かの楽しみになるなんてあるんだ。僕は一気に残りのビールをあおった。 と、涼介さんを見るとソファの前の床に座ってドライヤーで髪を乾かそうとしていた。僕は涼介さんの背後のソファに乗り上げた。 お母さんに乾かしてもらって僕も人にしてみたくなったのだ。ぱっと涼介さんを両足で挟んで頭をかきまぜた。コシの強いつやつやの髪はわさわさとかき混ぜると気持ちがよかった。最初は抵抗を見せたがドライヤーを持ってされるがままになってくれた。できるだけ優しい手つきを心がけて思う存分、手櫛を通すと僕と同じシャンプーの匂いがした。 だが正気に戻ると気付いてしまう、僕は今とんでもないことをしているんじゃないかとお母さんの方を見た。苦笑いを返された。 僕は今この人を足で挟んだあげく頭を撫でまわしたのか。 動きが止まった僕をいぶかしんで涼介さんが見上げてくる、今、僕はみっともない顔をさらしている、乱暴に涼介さんの前髪を掻き交ぜた後、僕はお父さんの後ろに隠れた。 お父さんは「グルーミングは愛情表現だよ」とすごく冷静なことを言われた。 前髪がおりた涼介さんはいつもより年相応に見える。 「これは癖になるな、ナオ君。また俺の髪を乾かすのを手伝ってくれ」 そう言ってニヤリとする顔もまた年相応に意地悪だ。 逃げ場を探してキョロキョロすると、キッチンに移動していたお母さんがおつまみをお皿にのせていた。僕もそっちを手伝うことにする。なんだか高級そうなハムをスライスしたり。ナッツをザラザラとお皿に出したりしていると、慎平さんがお風呂から上がってきた、次はお父さんがお風呂に向かった。リビングの方を見ると涼介さんはソファの背もたれに肘を置いて静かにこちらを見ていた。 お皿を持ってソファのテーブルに並べてそのまま座った。空になったコップにまた新しいビールを注いで飲んだ。顔が赤くなるのはアルコールのせいだ。慎平さんのドライヤーの音に我に返る。 今度こそ僕はちゃんと声をかけて慎平さんの髪を触らせてもらった。短いのですぐ終わってしまったけど満足だ。そうしているとお父さんもお風呂から出てきてお父さんの髪も乾かした。涼介さんが浮気者ってうらみがましく睨んできたので。また、涼介さんの後ろに陣取って頭を混ぜていた。 ハッキリ言って酔っぱらっている。涼介さんもお酒を飲んで酔っぱらっているのでお互い様だけど。 なんだかぶちまけたい気分になった。 「今日ね、彼は僕をかわいそうだから好きだったって言ったんだ。僕にはそれしかないのかな。 僕は結婚っていう入れ物ばかり取り繕って中身を見てなかった。自分のトラウマに引っ張られて中身に何を入れるか分かってなかった。そんな結婚生活うまくいくはずなかったんだ。僕は必死だった、噛み合わないことを見ないふりして何も言わないで我慢して。そうすれば、ずっと欲しかった家族が手に入ると思った。 家族ができたら晴れた日に公園でシートを広げて番と子供と僕とでお弁当を食べながら笑うんだ。僕がオメガに生まれたのは自分で子供が産めるからだって思ってきた。僕を一番に愛してくれる人と僕が産んだ子供が陽の光の中でキラキラ笑うんだよ。きっと最高に幸せだ。もうすぐだった、でも、叶わなかった。僕にはどこからやり直せば間違わないのか分からない。どう頑張れば良かったのか分からない」 僕は涼介さんの頭をゆっくりと優しく撫でつけながら泣いた。このふわふわした頭からは良い匂いがして。弱音を吐きたくなったんだ。 「僕は怖い、ほんとに僕には何もないんだ。特措法に登録したとして誰からも求められないかもしれない。誰からも求められない自分を見るのが怖い」 僕は目の前の頭にしがみつくことにした。一気に気持ちを吐き出すと眠気が襲ってきた。僕はそのまま頭を抱き込んで寝ることにした。世界は真っ暗になった、何もない真っ暗。シャンプーの匂いと柑橘の花の匂いは心地よかった。 思い出した。この柑橘の匂いはひいじいちゃんと育てたみかん畑の匂いだ。

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