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第14話 牧野家とフェロモンチェッカー
僕はまた牧野家に行くことになった。
牧野の会社はお母さんが社長でお父さんは秘書をしていたそうだ。現在はご兄弟がそれぞれ経営を継いでいるのでたまに会社に行ってアドバイスをしているそうで。めったに出社することはないのだけど、今日はお母さんは会社に出ているそうで、お父さんが迎えに来てくれた。お父さんの車はスポーツカーだった。渋い、かっこいい。滑るように走るスポーツカーはまさに憧れだ。
途中お父さんのリクエストも受けて買い物を済ませた。
買って来たものを冷蔵庫に収めるといったんソファに落ち着いた。
「急にすみません。僕も何をして良いのか、分からなくて」
お父さんは僕の前にお茶を置いてくれた。
「僕は全然、ナオ君が頼ってくれたーってガッツポーズしたよ」
ニコニコと返してくれる。
「涼介はね、10代の頃はほとんどうちで過ごしてたんだ。あの子のご両親は女性同士だろ。男の子の思春期にどういう声をかけていいか戸惑っていてね。うちには男ならいっぱいいたから託されたんだ。だから、あの子も僕らの子供だと思ってる。そういう意味でも気兼ねしなくていいよ」
僕はこくりとうなずいてお茶を頂く。
「涼介さんが暖かい人柄なのはお父さんやお母さんたちのおかげでもあるんですね」
「いや…どうだろう、そんな風に評価するのはナオ君だけだよ」
お父さんが苦笑いをする。
「そう言えば仕事があるんだよね。ネットは自由につなげて大丈夫だから足りないものがあれば部屋に届けるよ」
僕は部屋に引っ込んでそこからは仕事を始めた。
途中お昼ご飯は焼きそばを作って食べた。お父さんは喜んでくれた。
写真を撮ってお母さんにも送ったらしい、悔しがってると報告された。
洗いものを片付けてからまた仕事にかかる。
時計を見ると16時になっていた。僕がリビングに行くとお父さんは静かに本を読んでいた。
僕はお父さんに声をかけてご飯を作ることにした。あの練習をした鯖みそをメインにメニューを組み立てた、誰かに食べてもらおうと思って作る料理はすごく楽しかった。牧野家のご飯はどうやらお父さんが担当らしい。そうしているとお母さんが帰ってきた。玄関に迎えに行くと無言で抱きしめられた。
そのあとは慎平さんと涼介さんが揃って帰ってくる。
お母さんと同じリアクションで順番に抱きしめられる。この家は欧米風なのだろうか。
皆が揃ったのでダイニングに料理を並べる。僕はおかずをよそって皆に手渡す。
「ほんとにうちにナオ君がいた、しかも手料理」
慎平さんがうれし気に声をかけてくれる。
僕はすごく緊張したが、みんなおいしそうに食べてくれた。
片付けは涼介さんとお母さんがしてくれたのでソファでくつろぐ。食器の片づけが終わると涼介さんが当たり前のように僕とソファの背もたれの間に入ってきて抱き込んでくる。
「これが本来の目的だからな」
3人が半目で見てくるのでいたたまれない。
涼介さんは構わずそのままの姿勢でテレビを見ている。慎平さんは今日はひとりで暮らしている家に帰るらしい。そう言えば慎平さんの車は見たことないなと思ったので、駐車場について行った。僕のあとを涼介さんもついてくる。慎平さんのは銀色のセダンだった、かっこいい。涼介さんが失礼にもさっさと帰れと言う仕草をするので二人でにらみ合っていた。
涼介さんとエレベーターに乗って両親の部屋に帰る。エレベーターの扉が閉まると涼介さんは自然と身を寄せて後ろから抱きしめてきた心臓がどきどきと早鐘を打つ。そのまま両親の階に止まるまでずっと抱き込まれていた。
「もうずっとこうやってくっついていたい」
そう言ってこめかみにキスをされた。仕草がいちいち甘くて震えてしまう。
玄関で出迎えたお父さんがコホンッと咳払いをした後。
「医療行為だよ、シェルターの規則には従わないとダメなんだよ?」
と釘を刺された。そして、フェロモン値を計測された。正常値の上限だった、恥ずかしい。
僕らはまたソファに落ち着く。涼介さんは僕の太ももに頭を乗せて横になった。テレビはバラエティ番組で笑い声が聞こえてくる。お父さんたちは部屋に戻っていた。僕らはリビングで二人きり。ゆっくりと涼介さんの髪を撫でている、この髪は際限なく甘やかしたくなる手触りだ。すると涼介さんも僕に手を伸ばしてくる。髪を触ったり耳をさわったり、頬を撫でている。見上げてくる目に愛しさが滲む。気づけば自然に触れ合えていた。
僕のフェロモン値はゆっくりと落ち着いてきた。
ここに滞在した3日間の間に晴斗君やご兄弟の皆さんともより仲良くなれた。
涼介さんは家にいる間はずっと僕にくっついていた。もちろんそうやって慣れるのが目的なのだけど僕だって男だ。好きな人と一緒にいるのだからたまらなかった。
明日シェルターに戻るからと最後に僕の部屋でゆっくり話そうということになったのだが、話よりもまずはとベッドに座る涼介さんの側に近づく。涼介さんを見ていると無性にキスしたくなる。涼介さんの前に立ち、ゆっくり唇を落とせばふにっと唇同士がぶつかる。何度か繰り返すと後頭部に回された涼介さんの手に力がこもる。それを合図に口を開けばぬるりとした涼介さんの舌が僕の舌先をチロチロと舐めてきてしびれた。たまらず「…んっ」と声が漏れる。マウントをとったつもりがいつの間にか逆転している。あえぐように口を大きく開けば涼介さんは侵入を深くして上あごや歯列をなめてくる。僕はそれに何とか応じ返すので精いっぱいだ。呼吸のために唇を離すと上目遣いの涼介さんと目が合う。親指で僕の唇をぬぐう仕草が雄っぽくってくらくらする。
僕はそのまま腰を落として涼介さんの足に座り込むと肩におでこを乗せた。
「初心者なので手加減してください」
「ゆっくり慣れたらいいさ」
涼介さんがしがみついていた僕をいったん体から離す。顔を両手で挟み込んだ。僕がその手に手を重ねると。
「ナオはほんとにかわいい、でももう我慢できなくなるから抑えて」
困ったように言う涼介さんが可愛くて笑ってしまった。
「可愛いのは涼介さんの方ですよ?」
僕はのっそりと膝から下りると隣に座った。
「どこで覚えたの。嫉妬しちゃうな」
僕がそうこぼすと、ちゃんと話そうと思うんだけど…と涼介さんは僕の手を握って目を伏せた。
「今まで付き合った人は3人だ。中1の時に1人、高2の時に1人で2回ともフラれた。一番長かったのが高3から23まで付き合った子だ。彼女はアルファで俺が司法試験に合格したら結婚しようって言われてた、けど彼女は運命の番に出会って俺と別れた。それから5年は誰とも付き合ってない」
僕は涼介さんの指に指をからませて握り返す。
「俺は彼女が運命を手放して俺を選ぶほどには愛されてなかった、俺も勉強で忙しかったせいもあってね、あまり二人の時間を大事にしていなかった自覚はあった」
僕はうつむく涼介さんの肩を抱く。
「彼女の幸せを思って手を離したんだ、涼介さんは…だから出会えた」
涼介さんは僕の方に体の向きを変えると
「ナオに出会えて…心が震えている。心の底から大事にしようと思ってる」
僕は涼介さんに向かい合うように立つとあの二人が出会った時と同じように両手を広げて見せた。涼介さんはハッとした顔のあと立ち上がってあの時と同じように抱き込んでくれた。僕は涼介さんの肩におでこを乗せる。
「話をしてくれてありがとう。僕は涼介さんが大好きだよ」
背中に手を伸ばしてぽんぽんと叩くと同じように返してくれた。お腹があったかくなる気がする。
「僕、涼介さんがキスが上手なのはいっぱいしてきたからなのかなって考えちゃったよ」
涼介さんは肩をつかんで僕から離れると。
「心外だな。一生懸命なだけだよ、でもアルファだからな。覚えるのは得意なんだ」
そう言って少しかがんでキスをくれた、僕は首に手をまわしてそのキスに答える。
ゆっくりと深くなるキスにチロチロと応じれば涼介さんの口角が上がるのを感じる。
どうしてこの人はこんなに甘いんだろう。
また一つ涼介さんを知ることができた。
手をつないでリビングに戻るとお父さんがソファでテレビを見ていた。僕らに気づくと手にチェッカーを用意してにっこりと笑った。僕らはいたたまれなくなってうつむいた。
次の日僕はシェルターに戻り。ミカ先生からの許可をもらってまたすぐ週末だったために牧野家に帰ってきた。
今回迎えに来たのは長男の和宏さんで青のセダンは海外のブランドのものだそうだ。朝夕が少し寒くなったと感じていたが、和宏さんの車は座席が暖まって驚いた。子供は三人で中学生の息子さんと小六の息子さん小四の娘さんがいるそうで思春期は大変だと言っていた。
駐車場で和宏さんとお別れして、僕はお母さんたちの待つ両親の階に行った。玄関を入るとお父さんがおかえりと出迎えてくれる。胸がじんっとする。ただいまと言うとお父さんがにっこり笑った。
リビングに行くとお母さんが手招きをしてソファをポンポンと叩く。
「来週の誕生日会、みんなを集めてお祝いしようと思うのだけど、直哉が呼びたい人はいる?」と言うことだった、呼ぶ人のリストを見ると小橋君夫婦、赤木さん、ミカ先生。テル君と水原さんの名前も入っていた。僕はリストから顔を上げてお母さんを見る。
「すごく、大掛かりになってる気がするのですが…」
「牧野直哉の誕生祭と24年分の誕生日をいっぺんに祝うんだから気にしないで、みんなお祝いしたいって言ってくれたから来てくれるのよ、直哉は当日これでもかってくらい幸せを見せつければいいの」
ぽんぽんと僕の手を叩いて微笑んでくれた。そう言って僕を立ちあがらせた。
両親は僕を連れてエレベーターに乗り、応接室へ連れてきてくれた。そこには牧野家5人兄弟と子供たちと奥様たちが工作をしていた。
お母さんが「直哉は輪飾りって作ったことある?」と言って折り紙の短冊を手にのせてくれた。
小さい子が僕に気づいてテーブルまで案内してくれる。そこには少し出来上がった輪飾りがあって、小さな子たちも器用にノリを使って繋げていた。ママさんたちは花紙をつかって花を作っている。作るのは小学校ぶりだと言って盛り上がっていた。牧野5人兄弟は大工の作業をする班で悪戦苦闘している。
「ナオ君、こういうの好きだろ?」そう言って両親とその輪に加わった。
「道子さんはね、すっごく下手だよ」お父さんが告げ口するからお母さんが怒っている。
僕も夢中になって工作に没頭した。
大きな手が僕の頭にのせられて見上げると涼介さんが立っていた。僕を見てにっこりと笑う。出来上がった輪飾りを広げて見せると子供を褒めるみたいに頭をワシワシと混ぜられた。
「ナオ馴染んでんな、学校の先生みたいだ」
そう言って涼介さんは男兄弟の方の班に合流していた。
見回すと僕はお子様チームのボスみたいになっていた。ただ子供たちに頼られつつ作業するのは楽しかった。
お昼ご飯は大量のそうめんを湯がいた。キロ単位で湯がくなんてすごい。僕は奥様チームに合流して2升炊いたご飯をひたすらおにぎりにするのを手伝って。小さい子用の小さいおにぎりをいくつも作った。大家族ってすごいな。そうやって夕方までみんなで作業を続けた。
応接室は手作り感あふれるパーティー会場になった。
兄弟家族とはそこでまたねと挨拶をした。両親たちとエレベーターに乗り込む。僕らはまた両親の家に帰った。
ソファの背もたれに身を預けて天井を見ていると、お母さんが缶ビールを手渡してくれた。うん、おいしい。お母さんが「直哉の顔がだいぶ緩んできた」とおもしろそうに言う。涼介さんは小さくなって僕の太ももに頭をのせて横になっている。僕は髪を撫でながらビールを全部飲み切った。体温がぐっと上がる感じがする。
ビールの水分が涙腺に移って涙が流れ始めていた。見上げる涼介さんが起き上がって僕を抱きしめてくれる。「ナオはほんとに感激屋だな」そう言って泣き止むまで背中を擦ってくれた。
仕方ないじゃないか。僕はこんなの知らなかった。何もかもがどう受け止めたらいいのか、受け止めたらどう返して良いのか分からないんだ。
ここの家族は僕を何度泣かせば気が済むのだろう。
ありがとうを言って涼介さんの肩におでこを摺り寄せた。僕のせいで肩の部分が色が濃くなったシャツを手で撫でて涼介さんと目を合わせる。
「テル君がさ。水原さんはテル君のあいづちを打つ声が好きだって言ったんだって、僕も今なら分かるよ。涼介さんがあいづちを打ってくれるだけでほっとする、涼介さんが抱きしめてくれると寂しさが消える。ありがとう」
「…そか」
涼介さんはむーっとうなると僕を俵担ぎにして僕の部屋に駆け込んでベットに僕を放り投げる。僕がわたわたしてる間に覆いかぶさって囲ってきたので身動きが取れない。僕の目の前には涼介さんの喉仏があってこんなところも男らしいなと思っていると。
「ナオが俺の理性を試してくるのが悪い」
と言って、ぐいぐい体重をかけてくる。
「うーん。でもこの重さは好きだよ」
僕は涼介さんの背中に手をまわして撫でてみる。肩甲骨が盛り上がっていて筋肉の弾力を手に感じる。ただ、僕の言葉に涼介さんがますます体重をかけてきたのでたまらずタップした。
ぐるんと、視界が回って今度は涼介さんの上に乗り上げていた。手を突っ張ると涼介さんがニヤリと笑っている顔が見えた。色気が駄々洩れているから目のやり場に困る。
手を広げる涼介さんに誘われるように胸に頭を預けて抱き込まれると、また、ぐるんと涼介さんに囲い込まれる。目を閉じるとおでこや目や鼻、頬に耳にキスが降ってくる。きっとわざとだ。目を開くとやっぱりニヤリと笑う涼介さんがこちらを見下ろしていた。人差し指で唇を指すと。やっと、唇にキスが降ってきた。僕はこの温度も好きだな。
そうやって二人での会話を終えてリビングに戻ると。手にフェロモンチェッカーを用意したお父さんがにっこりと笑っている。きっとお父さんは面白がっている。だって、今日はミカ先生に借りてきていない。あれはお父さんの私物だ。
「もう驚かないけど。その顔で部屋から出てきたらこっちだって目のやり場に困るんだからね」
とお母さんにもたしなめられた。
牧野家での過ごし方は2週目にしてだらだら過ごすに固定された。お父さんに車の雑誌を見せてもらったり、お母さんにファッション雑誌を見せてもらったりしながらラグの上でゴロゴロしている。こんな部屋のど真ん中でリラックスできて幸せだ。
シェルターに戻るとミカ先生がフェロモンチェッカーを持って待ち構えていた。お父さんを思い出して笑ってしまう。「んん。正常値」といって解放された。
そこから週末までの一週間はそわそわして落ち着かなかった。
今週からテル君が教習所に復帰したので話を聞いてもらう。涼介さんと婚約することになった話をすると公私混同弁護士呼ばわりしていた。テル君のエンゲージリングは王冠を模したもので水原さんがデザインしたものらしい。テル君の華奢な指にその繊細なデザインはとても似合っている。僕らは水原さんのお迎えが来るまでノロケ話をした。
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