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第16話 赤木さんとバランス

シェルターに帰ってからもミカ先生に怒られた。抑制剤を飲んでいてるのにチェッカーがふりきれるのは異常事態だからと、月曜日は抑制剤を抜いて部屋にこもることになった。 僕のフェロモンは確実に涼介さんに反応している。 僕が一番怖くて、一番渇望してるものではないかと言う期待と不安が交じる。 今週は水曜日にお母さんたちと買い物の約束をした。ならば帰りに涼介さんの部屋に寄ってみようか。 キラキラと光る金属のプレートをなぞる。僕はメッセージアプリを立ち上げて、何度か打ち直しを繰り返して結局すごくそっけないメッセージを送った。 ”水曜日に家に遊びに行ってもいい?” ”できるだけ早く仕事を終わらせて帰る” ”何食べたい?” ”オムライス” ”アレルギーとか嫌いなものは?” ”ないよ、楽しみに待ってる” 短いやり取りと新しい約束にニヤけてしまう。 月曜日の朝、また10時きっかりに赤木さんが来た。 「ナオ君、フェロモンチェッカー振り切ったらしいわね。ワイルドね。ワイルド!」 赤木さんは今日も楽しそうだ。 「誕生日プレゼントありがとうございます」 「ナオ君。おめでとう、まだ24歳なのね、良い一年にしましょうね」 赤木さんは笑顔を浮かべたが少しうつむく。ため息のようなものを吐いて僕を見た。 「ただね、早速なのだけど悪い報告があります。ナオ君の元ご実家の方々が捕まりました、ナオ君の補助金を不正受給していたのもあるけど、それ以外にも良くないことをしていたみたい」 僕は言葉も出なかった。余罪が何かは分からないけど。はっきり言えるのはあの人たちは教育に関わってはダメな人たちだと思ったこと。 うなだれる僕の頭を撫でて。 「ただこれで、ナオ君の過去の問題は片付くはずよ」 「はい」 「続いては…」 赤木さんがニヤリとした。 「涼介君から一緒に暮らしたいという申請を頂きました」 僕は赤木さんの顔をまじまじと見た。涼介さんはほんと仕事が早い人だ。僕はみるみる頬が赤くなるのを感じた。 赤木さんが真面目な顔を作った。 「はじめてあなたがこのシェルターに来た時。あまりの生気のなさに、いつ死んでもおかしくないと感じたわ。人にも食べることにも興味が無くて、少しずつ自分の生命維持装置を消していってるって思った。あなたのことは事前に調べていたから事情も知っていたし、そうなってもおかしくない精神状態だったのは分かっていたけど、正直ほんとに怖かった。だけどここに来て初めてのヒートで生きる覚悟をしてくれた。私たちにも踏み込ませてくれた。生きようとしてくれてありがとう。あなたは涙を流すたびに強くなってヨシヒロさんとも戦って、家族とも戦って大事なものを守ってきた。今のあなたはあなたが勝ち取ったものだからね、誰より幸せになって」 赤木さんたちはそんな風に僕を見守ってくれていたのか。のどがグッと締まって涙があふれる、みっともなくヒックヒックと声が出てしまう、いくつもの水玉がチノパンを汚す。 僕はまた赤木さんに泣かされた。 「涼介君の申請はすぐ受理されると思うわ、受理されたらここを卒業するのね」 赤木さんが詰まった声で言うので顔を上げると、赤木さんも泣いていた。僕は慌てて洗面から新しいタオルを持って来て赤木さんに渡した。 「こういうところがナオ君らしいわ、自分のことより私のことを気にするところ、タオルありがとう」 そう言ってますます泣いてしまうから僕も止まらなくて。お互いみっともないから最後は泣きながら笑ってしまった。 水曜日は朝からお母さんが迎えに来てくれた。真由美さんも一緒にいてくれて、買い物するのにもまずは、クローゼットの中の服を確認してからだと張り切って僕の部屋にやってきた。 期待するほど僕は服を持ってなくて、むしろナオ君、この量でどうやって生きてきたのと言われてしまった。隙間だらけのクローゼットが女性陣の買い物魂に火をつけたらしく、二人とも鼻息を荒くしていた。 驚いたのはデパートに着いた時だ。 まだ開業前の時間だったのにも関わらず、デパートの裏口みたいなところから入店を促され出迎えられたのだ。そのデパートが実は、真由美さんのご実家のデパートだと知らされたのは応接室に通されてからだ。真由美さんは4人兄弟の4番目で、上三人はアルファの男子なのでデパート経営には関わっていないそうだが、唯一の女の子と言うことですごく大事にされたそうだ。今住んでいる涼介さんの部屋を思えば分かる気がする。 僕はそこでいろんなところを測られた。お母さんと真由美さんたちは慣れた様子で紅茶を飲みつつこちらを見ている。 たまに細すぎるもっと食べなさいという言葉も飛んできた。 やっと測り終えてふらふらしたが、高級そうなソファに緊張して背中を付けることができずに座っていた、そこへすごい量の服がガラガラと部屋に運びこまれた。 僕は思わずお母さんたちをまじまじと見てしまった。この人たちは僕で遊んでいる。そう気づいたのはなぜか、スーツとクロスタイ白手袋にモノクルを用意された時だ。僕だって知っている、これはコスプレってやつだ。 真由美さんがバシバシ写真を撮って喜んでいるので正解なのだろう。お昼までその撮影会は続いた。 僕は真由美さんの選んだ白シャツ白ニット、グレーのパンツにローファーと言うスタイルにいったん落ち着き、そのままランチに行くことになった。 当然のように男の子はお肉でしょうと個室のある焼肉店に入った。裕子さんもそこで合流して4人で食べている。真由美さんが裕子さんにさっき撮っていた写真を披露している。 そういえば、お母さんたちはアルファだと聞いていたのに、どうして僕のフェロモンに反応しないのかと言う話になった。 「うちの紘一さん、すごく素敵で優秀でしょ。だからアルファと間違えられてね。できるだけ優秀なアルファと繋がりたいオメガにヒートテロを仕掛けられたことがあったの。助けに入った私がラットになってしまって、紘一さんに助けてもらわなければもしかしたらそのオメガと…。その時にね、私はもうアルファと言う性を捨てることにしたのよ」 そう言って平らになった犬歯を見せてくれた。 「アルファの犬歯を抜いた。だから、もうアルファとしてオメガを求めることはないわ」 「うちもそうよ、涼介ができてそのあと二人で抜いたわ」 「オメガの前ではアルファは圧倒的に弱いのよ」 3人がひっそりと笑う。 「僕はここに来て皆さんに会ってアルファを少し理解できた気がします。僕にとってアルファってすごく怖い存在だった。でも、アルファもオメガがほんとは怖かったんですね。なんだ僕と変わらない」 「いろんな人がいるわ、だけど、ほとんどのアルファはきっとそうね。オメガを怖がっているのかも」 真由美さんも裕子さんもうなずく。 「私たちもオメガに対しては偏見があったわ、だけどナオ君を見て、世の中にはこんなに努力して強くてかっこいいオメガがいるんだって思ったわ」 僕は過剰評価にフルフルと首を振ったが、お母さんはその頭を両手で挟んで止めさせた。 「直哉は少しくらい自分を褒めても良いのよ」 「今度涼介に会ったら褒めてあげなきゃ、こんな素敵な息子をくれるなんて。最高でしょ」 裕子さんが涼介さんに似た笑みで僕に笑いかけてくれた。 「何言ってんの、こんなかわいい息子と次は孫よ」 真由美さんの言葉に固まる。 「こらそれ、セクハラだから」 裕子さんがたしなめる。だけど僕はほわっと暖かくなる。僕は産んでもいいんだ。 「やだ、アルファの犬歯抜いたのに、ドキドキしちゃうその笑顔」 「直哉はイケメンだからね。女の子にもモテそうよ」 僕はまたフルフルと首を振る。 「僕は僕の子供を産みたい。僕がオメガとして生まれたのはそのためだと思ってるから」 そこからはお母さんたちの出産話に花が咲いた。そうか、お母さんは5人産んでいる、頼もしいなと思った。涼介さんを産んだのが裕子さんだと言うのも知った。 午後からはお母さんたちの買い物に付き合った。4人でお揃いのキーケースを買った。僕が持ってる金属のプレートを見てお母さんが笑うので、どうしてかと聞くと手続きに3週間はかかるからだと笑った。と言うことは、僕とお付き合いを始める前からもう、僕を身内として登録しようと動いていたことになるそうだ。 ちょっと、アルファがまた怖くなる。 ”17時半には帰るから先に家で待ってて” 涼介さんのメッセージにニヤついているとお母さんたちに、肩をバシバシ叩かれた。 お土産にケーキを持たされて僕らは解散した。 涼介さんのマンションに入り、コンシェルジュさんに挨拶をした。ドキドキしながらエレベーターに乗り、部屋にたどりつく。ついニマニマしてしまう。涼介さんのいない部屋に自分だけいるのはなんだか不思議な感じだった。お土産のケーキを冷蔵庫にしまうと早速することが無くてソファに座った。ソファから涼介さんの匂いがして擦り寄っていたら寝てしまったようだ。 起きて部屋が暗かったので自分がどこにいたのか忘れて慌てたが、すぐ涼介さんの部屋だと思いだした。スマフォを取り出してみると17時過ぎていた。部屋の電気を点けながら、久しぶりの外出は思ったよりも疲れていたみたいだなと、ほわほわする頭で考えていた。 そして、またソファでとろとろと過ごしていると、ピーッという電子音とともに涼介さんが帰ってきた。仕事帰りの涼介さんはスーツ姿で整髪料を使って髪型も整えていて、僕がいつも会ってる涼介さんよりもずっと大人っぽかった。なんだか急に寂しくなる。「ただいま」と言う涼介さんに「おかえり」と言いながら両手を広げてみた。ネクタイを外しかかった手を止めて僕を抱きしめに来てくれる。 「ナオ寝ぼけてる?」 寝ていたのがばれたらしい。ごまかすためにへらりと笑って見せると。涼介さんが僕を抱えてソファに座りおでこに頬にキスを繰り返した。僕は両手で涼介さんの動きをとめて唇にキスをした。少しだけ唇を離してから涼介さんの目を見る。 「寝ぼけてないけど、夢みたいだ」 言い終わらないうちに涼介さんが跨ってきてキスを深める。涼介さんの舌は今日も甘い。ふわりと柑橘の花の匂いが広がって涼介さんにしがみつく手に力がこもった。だが、服の手触りの良さに目が覚めた。 「あ…あぁ涼介さん。スーツがしわになっちゃう」 僕があごをそらしてそう訴えたが、構わず喉を舐めてくる涼介さんを何とか引きはがした。 「いいよ、クリーニングに出すから」 僕のお腹に腕を回してぐりぐりと頭を寄せてくるのは大型犬みたいで可愛い。 「涼介さん頭がぐちゃぐちゃになってるよ。せっかく大人っぽくてかっこ良かったのに」 そう言うとやっと起き上がってくれた。僕の太もも辺りに座って両手で髪をかきあげている。見下ろしてくる目はまだ続きをしようとしている目だった。 「オムライス食べるんでしょ。買い物に行こう」 そう言うとやっと僕から下りてくれた。僕もソファから下りて涼介さんがスーツを脱ぐのを手伝う。ぎゅっと握ってしまったからやっぱりしわになっている。 「やっぱダメだ、閉じ込めておきたい。今日はパスタにしようそうしよう」 スラックスを吊るすとその格好でまた僕を抱き込もうとしたので僕は部屋の中を逃げた。だけど、僕の逃走なんてものともせずすぐに捕まってしまった、無言のまま抱き上げられて今度はベッドに投げられる。涼介さんは全身を覆うように柑橘の香りをあふれさせた。 涼介さんがいつもより強引だ。目の光が強い気がする。 フェロモンに負けているのかもしれない。 涼介さんは覆いかぶさってきて動けない様に手首をつかんでベッドに押し付けると、ゆっくりと耳を舐めて甘噛みし。あごのラインを舌でなぞってくる。「涼介さんっ」呼び掛けても返事をくれない。それどころか口を覆ってきてしゃべらせないように塞ぐ。舌の付け根まで伸ばされた舌は僕の反応なんてお構いなしに動き回る。何度かコクリとのどが動く、涼介さんの匂いがさらに濃くなって僕は涙があふれた。拒否してるわけではないのだ、好きな人なのにただ怖い、体が震えだすのを止められない。 「…っ…ごめん、ナオ」 涼介さんはハッとした顔をして僕の上から退けてくれた。僕は丸くなって涙を隠そうとした。 「違うんだ、泣きたいんじゃないんだ、涼介さんが好きだよ」 涼介さんが離れようとしている気配を感じて、僕は起き上がって涼介さんの首に手をまわして縋り付いた。 「俺だってナオが好きだ、俺から逃げないで」 「ごめん、僕が不安にさせた。なんか涼介さんが僕を見ていない気がしたんだ」 僕は涼介さんの首に回した手に優しく力をこめる。 「今日ね、お母さんたちと話をしたんだ。フェロモンの前ではアルファもオメガも同じだって」 僕は抱きしめている涼介さんの背中をポンポンッと叩いた。 「でも僕は直哉を求めてるんだって感じたいんだ、オメガの部分も含めた直哉を」 涼介さんは一つうなずくと大事なものを抱えるように優しく抱きしめてくれた。 「怖がらせてごめん、もう間違えない」 「間違ってもいいよ、僕こそ覚悟が足りなかった」 「間違っていいなんて甘いな、でもありがとう」 「こんなこと言っておいてだけど僕がオメガとしてヒートを楽しみにしてるって言ったら涼介さんは笑う?」 涼介さんがやっと笑顔になってくれた。僕もつられて笑う。 自然と顔を寄せ合うと、触れるだけのキスをした。 「じゃあ、僕は素直にアルファに閉じ込められるからパスタは涼介さんが作ってね」 ニヤリと笑うと今度は横抱きにされてリビングのソファまで運んでくれた。 涼介さんの作ってくれたパスタはおいしかった。おいしいケーキにコーヒーも淹れた。そのあとは正しいイチャイチャタイムで時間を過ごした。 どんなにしっかりした大人でもアルファはオメガのフェロモンに引っ張られることがあるんだって身をもって知った。 シェルターに帰るとまたぎゃって声でミカ先生に診察室に連れ込まれた。 「ナオ君。アルファから逃げようとしたらダメよ。アルファは野生の熊と一緒、逃げたらその分追いかけてくるから目を合わせてゆっくり離れなさい」 という助言をもらって解放された。

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