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第2話
自分自身に驚くほど、フェリックスはシャノンに夢中になった。
彼の仕事は実に丁寧だった。
磨いた銀食器には一点の曇りすら見つけられず、鏡のように顔を映しだした。仕事の際、傍に仕えさせると、愛想を振りまいて、ランガスター家の顔を立ててくれた。
シャノン……あぁ、シャノン。まったく、可哀想な男だ。君が主人と慕う男が、君の貞操を狙っているだなんて!
フェリックスは、すでに算段を立てていた。そして、シャノンを我が手に堕とす計画を、いよいよ実行に移す時が来たのだ。
自室の中、窓辺に腰掛けたフェリックスは、悪意の笑みをこぼさずにはいられない。
コンコンコン。とドアをノックされた途端、フェリックスは穏やかな表情に戻った。
「どうぞ」と声を上げると、扉の向こうからシャノンが現れた。
「ただいま参りました」
糊の効いた黒のスーツを着た彼が、恭しく礼をした。
「あぁ……すまなかったな、突然来てもらって」
フェリックスは、にこやかに謝罪する。心身の昂りを押し殺しながら。
「いえ。……それで、特別な用というのは」
「あぁ」馬鹿らしいほど神妙な面持ちで続ける。「確か君は、この屋敷に来る前までは、アークライト家の下男をやっていたと言っていたね」
「はい、おっしゃる通りです」
どうやらシャノンは執事になりたいらしい。
執事になるには、下男を経てから従僕となり、更に下積みを重ねる必要がある。上のポストを求めて、屋敷を転々としながら修行を積むことで、ようやく執事になれるのだ。
ここで重要なのは、シャノンが従僕として働くのは、我がランガスター家が初めてだということだ。
「従僕となって日の浅い君は知らないだろうが……従僕は、そのスーツ以外に、もうひとつ身に着けなくてはならないものがある」
少しだけ目を丸くしたシャノンに、手のひらと同じくらいの大きさの箱を握らせてやる。
「これは……?」
「開けてみろ」と命じると、彼はすぐに従った。
エンジ色の宝飾クッションの上で、シャノンを手籠めにするための道具がギラリと光った。
フェリックスが用意したのは貞操具だった。
貞操具とは、物理的に性行為を防ぐための道具だ。リング状と筒状の部品に分かれており、これらを南京錠で繋ぎ止めることで、装着者の純潔を保つことができる。
彼は貞操具など知らないはずだが、筒状の部品の卑猥な形状から、どこに着けるものかを察したらしい。
「下男から従僕に昇進すると、貞操具というものを着けなければならないんだ。従僕になれるほど魅力的な男には誘惑が多い。君が不貞行為を働いたら、ランガスター家の顔に泥を塗られることになるからな」
あえて言及することではないが……フェリックスの話は真っ赤な嘘だ。
しかし真面目なシャノンには、家の名に泥を塗るという話が重くのしかかったようだ。当然だろう。家の名を穢すことは、自身のキャリアを断つことにも繋がるのだから。
しめしめと思い、フェリックスは彼の顔を注視しながら続ける。
「まぁ、まさか……君ほど真面目な男が、性行為などするはずがないが……?」
彼の表情には、動きが見られなかった。
あぁ、きっとこの青年は童貞だ。とフェリックスは安堵と哀れみを同時に抱いた。
少年のころから下男として働いていたはずのシャノン。当然、女遊びに現 を抜かす暇など無かったのだろう。
「……そのような話、私は聞いたことがありません」
おっと。生意気なことに、シャノンは違和感を抱いたようだ。神秘的な瞳には、かすかな疑いの念が籠っている。
そのようなところも愛おしく思いながら、フェリックスは嘘を重ねる。
「ペニスに鍵をかけているなんて、わざわざ言うと思うか? それに、貞操具の件は他人に話してはならないという決まりがあるんだ。『このような器具が無ければ自制できない』なんて恥でしかないからな」
用意していた虚言に、彼は小さく頷いてくれた。従僕にとって、主人の言葉は絶対だからだ。
しかし、彼の表情には不安が残っている。仕方のないことだ。体の一部に鍵を掛けられて、平気でいられる人間なんて存在しない。
「大丈夫だ、シャノン。執事たちは皆、この試練を乗り越えている。君ほど優秀な人間なら、耐えられると信じているよ」
肩をポンと叩き、執事を出しにして励ます。シャノンは「はい」と目を伏せながら、首を縦に振った。
馬鹿な男! こんな話、大嘘に決まっているのに!
フェリックスは吹き出しそうになるのを我慢して、「さぁ!」と声を張った。
「早速着けよう。服を脱いで」
一拍置いて、シャノンが顔を真っ赤にした。その表情は、淫らな遊びに興じたことの無い、純潔な男のものだった。
フェリックスは鋭い視線を向ける。主人という立場のナイフを、シャノンの喉に突き立てるように。すると彼は早々に諦め、ベルトを外した。
シャノンの下半身を目前にするのは、これが二回目だ。
一度目は、睡眠薬入りの紅茶を勧め、深く眠らせた時だった。
単純に、彼の秘められた部分を見たいという性的欲求もあったが、真の目的は陰茎のサイズを測ることにあった。
貞操具は金属で作られる。当然ながら伸縮性など皆無なので、緻密な計測が必要不可欠なのだ。
小さければ、着用自体に耐えがたい苦痛を生み、連続して着けられなくなる。
大きければ、必要以上の余裕を与え、着脱の危険性が高まる。
計測した後、何ごともなかったかのように偽装するため、彼の衣服を整えてやった。それから、匿名で貞操具の作成を依頼した。
シャノンの両手は太ももの前に置かれ、硬く握られている。視線は明後日の方向へ泳がされている。
「恥ずかしいことなど何もない。私たちは男同士じゃないか」
などと言いながら、フェリックスはシャノンの股間を凝視する。
萎えたままのソレは、勃てば女を悦ばせるに十分な大きさになるだろう。窓から差す日光によって、ほんの少しだけ色を帯びているのが分かる。
時々コレを懸命に擦り、自分を慰めているのだろうか。……そう考えただけで肌が粟立ち、下半身がほんのりと熱を帯びる。
「着けさせてあげよう」
貴族としての矜持で自制しながら、フェリックスは提案した。
するとシャノンは目を白黒とさせ、首を横に振った。
「いえっ……! フェリックス様のお手を煩わせる訳には」
あぁ、あぁ、あ! その顔も見たかったんだ!
シャノンの顔は羞恥で満ちていた。頬をリンゴのように赤らめ、目と眉を下げ、整った唇をわなわなと震わせている。
「いや、いいんだ!」
好きな子を虐める悪童のような快感を得て、流石のフェリックスも声を上ずらせた。しかしすぐに興奮をあらわにしてしまったことに気付き、ひと息吐いた。
「主である私が管理するのだから、私が着脱をするのは当然だろう?」
有無を言わせないように、フェリックスはすぐ作業に取り掛かった。
まず、リング状の部品を、睾丸の後ろに通す。
恥部を触られた経験すらないらしいシャノンは、それだけで体をビクッと震わせた。
次に、ペニスの形をした筒状の部品を、陰茎に被せる。
最後にリングと筒を繋ぎ、南京錠をかける。
カチャリ。という無機質な音と共に、シャノンの陰茎は自由を失った。
「どこか痛かったりしないか?」
「……えぇ」
頬を紅潮させたまま頷いた彼に、「それは良かった」と微笑みかけて、再び肩を叩いた。
「そう不安がるな。何かあったら、すぐ私に言うんだ」
子どもに言い聞かせるような優しい口調で話す。
フェリックスが抱く邪な欲望を知る者は、彼自身しかいなかった。
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