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第3話 晴の日常
御厨に戻ってきた晴は、短冊を整理していた。
神世から降ってきた注文の短冊は、それぞれに纏めて保存している。神様の好みが把握しやすいからだ。
晴は、夕暮の神からもらった短冊を眺めた。ありがとうの文字を指で撫でる。短冊を受け取った時と同じ温かさが胸の中に広がった。
「この短冊は、僕だけの特別」
スリっと頬擦りして、自分の部屋の壁に貼り付けた。
「今日も、神様にお出しする御饌のお勉強しよう」
晴は御厨守の歴史の本を取り出した。自分の顔より大きな、百科事典のような本を開く。
「やっぱり今までの御饌って、素材を生かした料理が多いなぁ」
時代が古いほど、素材にほんの少し手を加えた程度で供える。最近でも、凝った料理を御饌で供えている御厨守は少ない。
「見た目も綺麗なほうがいいし、味も美味しいほうがいいと思うけどな」
だから晴は、自分が美味しいと思う料理を御饌で作る。
最近は神々も覚えてくれて、リピートしてくれるようになった。短冊の注文も、以前より頻度が増えた。
「もっともっと、お料理のレパートリーを増やして、美味しい御饌を届けよう」
御厨守の本を閉じて、お気に入りの料理本を開く。写真を眺めているだけでも楽しいし、作り方を学べると、より楽しい。
料理本を読み耽っていたら、窓をコンコンと叩く音がした。小鳥が鍵を摘まんで窓際にとまっていた。
「こんにちは、小鳥さん。食材の鍵だね。毎日ありがとう」
鍵を受け取ると、掌に煎り豆を出す。美味しそうについばむと、小鳥が飛び立っていった。
鍵を持って玄関から外に出る。大きな葛籠二つが蔓で縛られて、置かれている。蔓には鍵がかかっていた。
「鍵を開けまーす」
南京錠に鍵を差し込む。葛籠を縛る強靭な蔓が解けて、南京錠の中に納まった。
「中にお願いしまーす」
先を歩いて手で誘導する。葛籠がぴょんぴょん飛び跳ねながら晴の後ろを付いてくる。
御厨の中に入ると、葛籠がパタリと倒れた。晴は葛籠に手を添えた。
「三、二、一、開け!」
手を離すと、葛籠が勢いよく開いた。飛び出した食材が、あるべき場所に片付いていく。
「お魚は冷蔵庫で、野菜は野菜庫にお願いします。粉類は戸棚です」
晴の指示通りに、食材が収まった。総て片付くと、葛籠がポンと音を立てて消えた。
「うん、食材たっぷり」
それぞれの棚を確認して、食材の種類と数を把握する。
「準備万端だね。神様の短冊をもらいに行こう」
御厨から出ると、晴は神々の祠に向かった。
神の御饌は朝夕、日に二回だ。晴の一日は、おおよそこんな風に回っている。
「毎日、大好きなお料理ができて、楽しいな」
大好きな料理を作れて、研究ができる。晴にとってはこれ以上ない環境だ。
「今日は、どんな注文が入るかな」
ワクワクしながら、晴は洞窟に入った。洞窟の中には青や赤、黄の鉱石がぼんやりと灯る。晴はいつもの場所で立ち止まる。天井に向かい、両手を上げた。
「御饌の短冊をもらいに来ました」
見上げた先に、ふわりと白い光が灯った。光の中から、複数枚の短冊が舞い落ちてきた。
晴は手を広げて、短冊を受け止めた。
「えっと、夕分は……秋の神様が鳩豆いっぱいのスープ、山の神様がお肉料理だ。月の神様と星の神様はキラキラデザート……あれ?」
晴は何度も短冊を見直した。
「夕暮の神様、今日は朝夕二回ともだ。珍しい」
神々は毎日、食事をしない。御饌の短冊は神様により数日、開くのが普通だ。
夕暮の神からの短冊には、こう書かれていた。
『君が好きな甘味をください。夕暮の神』
晴は短冊を見詰めた。
「そっか、甘味かぁ。デザートが欲しかったんだね。僕が好きな甘味……うん! とっておきを出そう」
ワクワクして、うっかり言葉が口を吐いた。晴は慌てて自分の口を覆った。
(いけない。一人の神様だけ贔屓しちゃいけないんだった)
贔屓は神に喰われる原因になるから、してはいけない。御厨守の決まり事にも書いてあった。
口を抑えたまま、短冊を握り締める。晴は小走りに神々の祠を出た。
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