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第8話 けんちんうどん

「白瞑様、ただいま。御饌を供えてきたよ」 「おかえり、晴。ご苦労様」  振り返った白瞑は、着物に襷掛けをしてエプロンをしている。台所は料理を始める前みたいにピカピカに光っていた。 「台所、掃除してくれたの?」 「うん、できる範囲で」 「とても綺麗だよ。ピカピカ、すごい!」  白瞑が来てから三日が過ぎた。できる範囲でと言いながら、掃除や洗濯、皿洗いまでしてくれる。 「晴に比べたら、まだまだだよ」  白瞑が照れながらテーブルを拭いている。  神様にこんなことをさせていいのが悩んだが、本人たっての希望だったので、お願いすることにした。ついでに敬語もやめてほしいとお願いされて、苦肉の策で様付けだけしている。 (仲良くなれるのは嬉しいけど。こういうのは贔屓にならないのかな)  決まり事を破った御厨守は、神様に食われる。狭間に残る言い伝えみたいな話だ。 (今回は、緊急事態だよね。神世から落ちちゃうって、大変なことだもん)  これは贔屓というより救済だ。そんな不安より、晴は疑問に思った。 (決まり事を破った御厨守たちは、本当に食べられちゃったのかな)  少なくとも、目の前の白瞑が人を食う神様には見えない。 「ねぇ、晴。お昼は何を作るの?」  白瞑の目が既にワクワクしている。 「まだ決めていないや。白瞑様は、何を食べたい? ご飯がいい? 麺がいい?」 「麺がいい。まだ食べたことがない麺の料理が良い」 「麺だね……それじゃぁ、けんちんうどんにしよう。きっと白瞑様は初めての味だよ」  保管庫より野菜を取り出し、冷蔵庫からこんにゃくや油揚げを取り出す。 「けんちんうどんとは、たくさんの具材が入ったうどんなのだな」  晴の真似をして、白瞑が野菜を洗い始めた。白瞑から野菜を受け取って、晴が切っていく。 「醤油でも味噌でも美味しいんだけど。昨日、白瞑が味噌田楽を美味しいって言っていたから、今日も味噌ベースで作ろう」  ぐつぐつ煮込んだ鍋を、白瞑が楽しそうに眺めている。 「あれから、食べても成長しなくなっちゃったね」  晴は白瞑に訊ねた。最初の時は、食べてすぐ五歳くらい成長していたのに。その後、何度か晴の御饌を食べたが、姿が変わらない。 「神力が溜まれば、その時点で元の……大人の姿に戻ると思う。だから、それまで晴の御饌を食べさせておくれ」  白瞑が晴の手を握った。その手を、すぐに握り直した。 「勿論だよ。いっぱい食べて、神世に戻れるくらいの神力を取り戻そう」  誓いを新たにして、晴はうどんを茹でた。  出来上がった、けんちんうどんを丼に盛る。 「さぁ、召し上がれ」  晴の声に促されるように、白瞑が香りを嗅いだ。 「味噌の良い匂いだ。食欲をそそる」  汁を啜って、野菜を口にした白瞑の体が、ぼんやりとした光に包まれた。神力の粒子が溢れて、白瞑に吸い込まれていく。十五歳くらいだった姿が、十八歳くらいには成長した。 「晴のお陰でまた、少し成長できたよ」  白瞑が気恥ずかしそうに、目を逸らした。すっかり大人っぽくなった姿に、晴は見惚れた。 「白瞑様は、どこまで大きくなるの?」  白瞑が首を捻った。 「どこまで……そうだね。もう少し大きくなるかな。人の見目に例えると二十台半ばくらい、だろうか?」 「そうなんだね。じゃぁ、まだまだ大きくならないとだね!」  晴は拳を握って気合を入れた。 「うん、まだまだ。だけど、焦らなくていいんだ。ゆっくり、晴の色んな料理を知りたいから。元に戻るのが、勿体ないくらいだよ」  白瞑が眉を下げて笑う。 「でも、神様はあんまり常世にいちゃいけないんでしょ?」  神は神世から出られない。それは神世の決まり事だと、狭間に来る前の御厨守の決まり事の本に書いてあった。 「狭間なら問題ないよ。それに毎日、晴の御饌を食べているから。弱ることはない」 「そっか、良かった。僕の御饌が役に立っているんだね」  けんちんうどんを啜って、白瞑が頷いた。 「晴の御饌に、私は生かされるんだ。ありがとう、晴」 「生かされているなんて、大袈裟だけど……どういたしまして」  白瞑にお礼を言われるのは、嬉しい。まるで夕暮の神にお礼されているみたいだ。  あれから、夕暮の神からの御饌の短冊は降りてこない。心配になるが、予感もあった。 (もしかして、白瞑様は、本当に……)  だとしたら、どうして名乗ってくれないのだろう。神力が戻るまでの間に、聞くタイミングはあるだろうか。 「味噌汁のうどん、美味しい」 「でしょ。もっともっと白瞑様が好きな味を教えてね」  白瞑が満足そうにうどんを啜る。  さっきより少しだけ大人っぽくなった横顔を眺めながら、晴もうどんを啜った。

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