9 / 23

第9話 イチゴのアイスクレープ

 この日は朝御饌の短冊が少なかったので、支度が早くに済んだ。お昼ご飯も早めに済ませた。 「時間もあるし、材料もあるし、作ろうかな」  晴は家の中に白瞑を探した。朝一番で干したシーツが乾いたからと、晴の部屋のシーツを変えてくれている。 「白瞑様、いる?」  晴は自分の部屋の扉を開けた。棒立ちになった白瞑が、壁に釘付けになっていた。 「どうしたの?」  晴の姿に気が付いて、白瞑がビクンと肩を揺らした。 「な、なんでもない」  白瞑がそそくさとシーツの交換を始めた。 「僕も手伝うね」 「晴は休んでいて、いいよ」 「二人でしたほうが、早いよ。一緒にやろう」 「……うん」  呟いた白瞑の顔が、俯いている。その頬が、心なしか赤く染まって見える。 「あのね、晴……そこの、壁の」 「うん? なぁに?」  顔を寄せたら、白瞑が思いっきり仰け反った。 「やっぱり、何でもない。古いシーツのお洗濯、してくるね」  白瞑がシーツを抱いて部屋を出て行った。 「え! 待って白瞑様。聞きたいことが……って、行っちゃった」  白瞑の姿は、廊下にすらなかった。 「甘味が好きか、聞きたかったのに」  晴は壁に貼っている短冊を眺めた。桃の薔薇ケーキを、夕暮の神は喜んでくれた。 「きっと、好きだよね」  晴は御厨に入ると、甘味を作り始めた。 「今日はアイスクリームメーカーを使って~フレーバーはフワフワバニラと蜜イチゴにして~」  歌うように独り言を呟きながら、デザートを作っていく。 「もちもちの熱々生地で、ヒンヤリトロ甘にしまーす」  独自配合のクレープ生地を薄く何枚も焼いていく。冷やした皿にドレープを描くように熱々のクレープ生地を重ねる。その上にバニラとイチゴのアイスを載せて、生クリープをホイップする。仕上げにアーモンドスライスとチョコソースをかけて、完成だ。 「可愛くて、美味しそうだ」  いつの間にか隣に白瞑がいた。  目を輝かせて皿の上のクレープを見詰めている。 「美味しそうでしょ? 白瞑様が好きかなって思って作ったよ」 「私にために……?」 「うん。白瞑様が食べてくれたら嬉しいなって思うデザートにしたんだ」  白瞑の目が輝いている。潤んでいるみたいだ。白瞑を椅子に促すと、目の前に皿を置いた。 「本日のデザートは、蜜イチゴとフワフワバニラアイスのもっちりクレープです。どうぞ、召し上がれ」  白瞑がクレープにフォークを入れる。熱々のクレープとひんやりイチゴアイスを、一緒にパクリとした。もぐもぐする白瞑の目が徐々に見開かれた。 「おっ……美味しい」  今までで一番の美味しいが白瞑から出た。  晴の胸に嬉しさが広がる。狸の尻尾が、ゆらゆら揺れた。 「えへへ。白瞑様が喜んでくれて、嬉しいな。それはね、お礼だよ」 「お礼?」  白瞑が首を傾げた。 「一緒にいてくれる、お礼」 「私は、居候の身だから。むしろ迷惑じゃないのかい?」  白瞑が顔を俯かせる。 「迷惑なんて、ないよ。狭間に来てから、僕はずっと一人だったから。誰かがいてくれるの、新鮮なんだ。一緒に料理できるのも、とても楽しいよ」  御厨守の仕事は、一人でも楽しい。二人だと、もっと楽しいと知った。 「二人は楽しいって、教えてくれたのは白瞑様だから。これは、そのお礼だよ」  クレープを切り分けて、バニラアイスを添える。 「はい、あーん」  差し出したアイスクレープを白瞑が恐る恐る、パクリとした。白瞑の体が光に包まれる。一際、強い神力が溢れ出した。 「うわ、眩しい」  思わず目を瞑る。瞼の裏まで明るい。 (これだけ神力が溢れたら、元に戻れるんじゃ……)  そう思って目を開けた。白瞑の姿は変わっていなかった。 「白瞑様って、今が元の姿なの?」 「いいや。本来はもっと、大人の姿だよ」  白瞑が、すぃと目を逸らした。 「そうなんだね。もっともっと美味しいもの、食べないといけないね」  晴は拳を握って気合を入れた。 「晴は……私が神世に戻ったほうが、嬉しい?」 「それは、ちゃんと戻れたほうがいいと思うけど……」  白瞑が、ぐっと唇を噛んだ。 「いなくなっちゃったら、淋しいかも」  ぽそりと、晴の口から言葉が零れた。俯きかけた白瞑の顔が上がる。 「でも、気にしないで。一人で御厨守をするのは、慣れているから。白瞑様は、ちゃんと帰るべきだよ」  微笑みかけたら、白瞑が泣きそうに目を歪ませた。 (どうしたんだろう、悲しそうだ)  晴はまたアイスクレープを切り分けて、白瞑の口元に持っていった。 「さぁ、もっと食べて」 「うん」  ぱくりと頬張る白瞑は可愛い。美味しい顔で食べる姿を見られるだけで、心が満たされる。 (白瞑様が嬉しそうだと、僕も嬉しくなる。悲しい顔は、見たくないな)  美味しい顔で食べているけど、白瞑にいつもの元気がない。少しだけ心配になった。  白瞑がナイフとフォークを晴から受け取った。 「自分で、食べるよ。とても美味しい」 「うん、どうぞ」  晴をちらりと見上げて、白瞑がイチゴアイスを口に運ぶ。 「危なかった……戻るところだった」  ぽそりと呟いた白瞑の言葉は、よく聞こえなかった。  アイスクレープを頬張る白瞑の顔が、徐々に笑みを取り戻す。 (元気になってくれたかな)  安心しながらも、晴の胸に何かが引っ掛かっていた。

ともだちにシェアしよう!