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第10話 二色の心

 獣人は産まれてすぐに自立する。だから、放置する親も多い。例にもれず、晴も生まれてすぐ、親に放り出された。  晴を拾って育ててくれたのは、料理師だった。日ノ本という異界から中津公国に召喚された彼は、勇者にはなれなかった。だから、この世界で生きるのに苦労したそうだ。 『いいか、晴。美味いもんを食えば、誰だって心が丸くなる。料理ができれば、きっと誰とでも仲良くなれる』  彼は美味しい料理を晴にいっぱい教えてくれた。育ての親は、晴の料理の師匠になった。 師匠と同じ料理師として独り立ちして、しばらく経った頃。中央から狭間行の打診が来た。  断る理由がなかった。人間だった師匠は、もうこの世にいなかったから。 「きっと師匠なら、相手が神様でも美味しいもので笑顔に、っていうよね。それが、これからの僕の仕事だ」  そう思って、狭間に来た。  自然が豊かで動物たちがたくさんいる。けれど、人や獣人はいない。神様の御饌を供える祠のためだけに存在する、不思議な孤島だ。狭間で晴はもう三年、御厨守をしている。 「師匠以外の誰かと一緒に暮らすの、初めてかも」  口に出したらくすぐったい気持ちになった。尻尾がフルフルと揺れる。 「いつか神世に戻っちゃうの、淋しいな」  自分の声が乾いて聞こえた。淋しいなんて感情は、師匠を失った時以来だ。 「一緒に、神世に行ければいいのに……」  そんなのは無理な話だ。よくわかっている。だから、ただの願望。思うだけなら、自由だ。 「白瞑……ハクメイ」  夕暮れの薄暗がり、陽が落ちても暗くなりきらない間を、薄明と呼ぶ。師匠に教えてもらった、夕暮れの別の呼び名だ。 「関係、あるかな」  白瞑が神世に戻るまでに聞けたらいい。 (どうして、僕と同じものを食べたいの? どうして、短冊で返事をくれたの?) 「貴方は、夕暮の神様ですか?」  聞くのはまだ勇気が出ない。けれど、知りたい。 「僕はもっと、貴方を知りたい……」  ベッドの上で微睡みながら、晴は呟いた。  ベッドで寝息を立てる晴の髪を、白瞑はそっと梳いた。  あの素直な青年の瞳に映りたい。そればかりを考えていた。同じ食べ物を食べたり、短冊で会話をしたり。繰り返すたび、会いたい気持ちが膨れ上がった。  だから、短冊の代わりに自分が落ちた。狭間に落ちた時、神力は半分以上が抉り取られ、子供の姿になった。だが、引き換えに晴と出会えた。白瞑にとっては安い代償だ。  同じ場所で生活し、同じ食事をする。晴が短冊の言葉通りの青年で、裏表のない性格なのだと知れた。晴は晴が作る料理のように優しい。 「神世から落ちて良かった。私は、君に会いに来たんだよ、晴」  白瞑は晴の額に唇を押し当てた。 「私はもっと、君を知りたい」  滑らかな頬に伸ばそうとした指を、押し留めた。 「どうか私を、受け入れておくれ」  代わりに、眠る耳元に言葉を流し込んだ。

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