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第11話 唐揚げ定食

 朝の御饌が終わり、神々の祠から戻る。御厨に白瞑が待っていた。心なしか大人っぽい雰囲気を醸す白瞑から、神力が零れ落ちる。 (こんなに神力が溢れているのに、まだ元の姿に戻れないのかな)  そう感じるほどに強い神力だった。 「晴、おかえり。ご苦労様」 「うん、ただいま。白瞑様、どうしたの?」  歩み寄った晴の前に、薄明が立った。 「私も御饌を頼みたい。恐らく今日が、この場所での最後の御饌になると思うから」  白瞑が袖から短冊を出した。ドキン、と晴の胸が跳ねた。 「最後の、御饌」  それはつまり、次に晴の御饌を食せば、白瞑は神力が戻って神世に戻れる、ということだ。 「今日は、晴が私に食べさせたい御饌を、お願いするよ」  震えそうになる指で、晴は短冊を受け取った。 「君の御饌は、まるで君自身のように、食べる神を幸せにしてくれるね」  白瞑が唱えたのと同じ言葉が、短冊に書かれていた。 (あ……名前が)  短冊には、夕暮の神と認められていた。トクンと、晴の鼓動が走った。 「白瞑様が、夕暮の神様だったんだね。そんな気がしていたんだ」 「どうして、そう思ったの?」  白瞑の指が、晴の髪を撫でた。控えめな仕草が、ちょっとくすぐったい。 「だって、僕が作った御饌を、いつも美味しそうに食べてくれるから」  白瞑が照れた顔をした。 「私の名は夕暮の神・白瞑だ。晴は私に、どんな御饌を供えてくれる?」 「僕が白瞑様に食べて欲しい御饌、だよね」  晴は、じっくりと考えた。 「わかったよ。待っていて。僕が白瞑様に食べて欲しい御饌を準備するね」  白瞑を御厨から出して、一人になった。 「僕が白瞑様に……夕暮れの神様に食べて欲しい御饌。これしかない」  熱くなる胸を抑えながら、晴は料理を始めた。  小一時間程度で、晴は御厨の扉を開けた。 「白瞑様、できたよ。中に入って」  テーブルの上に準備したのは唐揚げ定食だ。 「神様の御饌に供えることは、滅多にないんだけどね。僕にとっては、忘れられない料理だから」  白米に味噌汁、千切りキャベツと揚げたての唐揚げが五個、載っている。  唐揚げ定食を見詰めていた白瞑が手を併せた。 「いただきます」  揚げたての唐揚げは、カリカリで、噛むほどにジューシーな脂が流れる。それを米と一緒に食べるのが最高だ。脂っぽくなった口の中を味噌汁が流してくれる。キャベツと唐揚げで食べれば、さっぱりいただける。 (あの時の僕は、何も考えずにガツガツ食べたけど)  白瞑が、熱々の唐揚げを頬張った。いつもの笑みが、白瞑の顔に乗った。 「とても美味しいよ。カリカリでジューシーで、ご飯が進むね。どうして、この御饌を私に?」  晴は、きゅっとエプロンを掴んだ。 「僕の思い出の味だから。白瞑様に食べてほしいと思ったんだ」  味噌汁を啜った白瞑が、ニコリと笑んだ。 「そう思ってくれるのは、とても嬉しいよ。唐揚げは、晴にとって大事な思い出なの?」 「うん、忘れられない……師匠が初めて食べさせてくれたご飯で、僕が料理師になろうって思った、きっかけの料理だよ」  お腹が空いて、このまま死ぬのかと思った。見ず知らずのオジさんに、家に連れて行かれた。怖かったけど、オジさんはご飯をくれた。 (ご飯を見た瞬間、ただ必死に食べてた。怖い気持ちもなくなっていた)  あの時の唐揚げ以上においしい食べ物を、晴はいまだに知らない。 「ご飯を食べられる幸せとか、作れる幸せとか、誰かが側にいる安心とか。僕に生きる基礎をくれたのは、師匠だから」  ふわりと、夕暮れが薫った。着物が晴の顔を隠す。白瞑の腕が、晴を抱きしめた。 「君の師匠に嫉妬する。けれど、同じくらい感謝する。師匠のお陰で、晴はこんなにも素直で可愛らしい子に育ったんだね」  白瞑が晴に顔を近付けた。 「教えてくれて、ありがとう。晴にとって大事な料理を、私の御饌に選んでくれたんだね」 「白瞑にも、この美味しさを、知って欲しかった、から」  心臓がドキドキして、白瞑の顔が近くて、うまく話せない。 「晴の食事がいつも美味しい理由が、わかった。食べる相手の幸せを、願っているからなんだね」  お腹を空かせず、美味しい料理をお腹いっぱい食べて欲しい。そういう想いで、いつも料理をする。けれど、その想いを言葉にするのは難しい。 「白瞑様は、僕の心を言葉にできちゃうんだね」 「合っている?」 「ピッタリって思う。自分ではうまく言えないんだ。白瞑様は、すごい」  白瞑が嬉しそうに微笑んだ。 「晴、私と一緒に神世にいかないか?」  突然の白瞑の誘いに、晴はぱちくりと目を瞬かせた。 「一緒に、神世に行けるの? 僕はただの獣人なのに」 「神世に行く方法は、一つだけ。私の伴侶になって、共に生きること」  晴は息を飲んだ。伴侶という言葉を、咄嗟に理解できなかった。 「突然で、驚いたかい?」  晴は素直に頷いた。 「その、僕……伴侶ってよくわからない。でも、白瞑様のこと、もっと知りたい。一緒にいたいって思うよ」  伴侶なんて、勢いで決めていい話ではないはずだ。 (でも、断ったらおしまいなのかな。もう白瞑様とは会えないのかな)  じわっと、視界が潤んだ。 「上手にお返事できなくて、ごめんなさい」  目尻にたまった涙を、白瞑の指が拭った。 「無理を強いているのは、私だ。すまない」  離れそうになる白瞑の腕を、晴は掴んだ。 「もう、お別れ? 白瞑様が神世に帰ったら、もう二度と会えないの?」 「このまま帰れば、会えない。私は偶然、神世から落ちただけ。本来なら、神は神世から出られない」 「そんな……」  シュン、と狸の耳が寝る。その耳を白瞑が撫でた。 「伴侶候補として、一緒に神世に行くのは、どう?」 「そんなこと、できるの?」  白瞑が苦笑した。 「少し、強引だけどね。晴の気持ちが見付かれば、私の伴侶として神世に残ればいい。見付からなければ、また狭間に戻ればいい」  とても有難い提案だ。けれど、戸惑う。まるで晴に都合のいい話に聴こえる。 「いいの? 白瞑様に、迷惑にならないの?」 「それは逆だよ。私の我儘に晴を付き合わせているのだから。晴を諦めきれない私が、晴に縋っているだけだよ」 「そうじゃないよ。決められないのは、僕だよ」  神世に住む決意は、すぐにはできない。けれど、今すぐお別れは悲しい。我儘なのは、晴のほうだ。 (どっちが後悔するんだろう。一緒に行くのと、白瞑様と別れるのは、どっちが)  自分の心に問い掛けるまでもないと思った。 「一緒に行きたい。僕を伴侶候補として、神世に連れて行って」  好きや伴侶は、まだよくわからないけれど。ここで離れ離れになったら、きっと後悔する。それだけは、はっきりわかる。 「受け入れてくれて、ありがとう。共に行こう、愛しい晴」  白瞑の腕が晴を抱き寄せる。間近に見えた白瞑は見たこともないほど大人の男性だった。 「神力が、戻ったんだ」  白瞑が眉を下げて笑う。着物の袖が晴の視界を遮った。 「これから先も、晴と共にいられるようにと願うよ」  耳元で白瞑の声が甘く響いた。  ウトウトと眠気が襲う。怖くなって白瞑の袖を握った。その手を白瞑が包んだ。 「そのまま私に掴まっていて。眠っている間に、神世に上がれる」  声に導かれて、晴は白瞑の手を握った。そのまま、ゆっくりと目を閉じた。

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