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第14話 薄明
神世に来て五日が過ぎた。ここでの生活にも少しずつ慣れてきた。
白瞑の屋敷は広くて、まだ時々迷う。そういう時は白瞑が探しに来てくれる。
(いい加減、覚えなくちゃ)
そうは思っても、全部の場所は覚えきれない。だから、ほとんど自分の部屋と台所、白瞑と寛ぐ広間と縁側で過ごしている。
最近は、夕暮れ時に白瞑と一緒に空を眺める。折角の縁側なので、おやつを作って持っていくようになった。
今日も、空が茜に染まるより少し早くに、白瞑が縁側に出た。
「白瞑、おやつを持ってきたよ」
皿に乗せた大きな酒饅頭を見て、白瞑が嬉しそうに笑った。
「これは大きいね。晴の顔くらいある」
「御饅頭は大きいほうが、縁起が良いんだって。僕が住んでいた場所の言い伝えだよ」
「じゃぁ、きっと大きな福が舞い込むね」
二人で大きな酒饅頭を両手に持ち、頬張る。白瞑が持っても、やっぱり大きい。
「こし餡、美味しいね」
「しっかり裏ごししたから、舌触りもいいでしょ」
「滑らかだね。甘さも、ちょうどいい」
甘味が好きな白瞑だが、甘すぎるのは苦手らしいと、最近知った。なので、どの甘味も甘さ控えめにしている。
餡子は粒餡より、こし餡。辛すぎるものや酸っぱいものは、食べられるけど得意じゃない。ちょっとずつ、白瞑の好みを覚えてきた。
「そういえば、前にカレーや酢豚を御饌で供えちゃったけど、大丈夫だった?」
お勧めの御饌を希望された時だ。あの時は、白瞑の好みを考えていなかった。
「晴の作る料理は、辛さも酸っぱさも尖ってないから、平気だよ。過ぎると苦手なだけだから」
「そっか。味が強かったら教えてね。調節するから」
「ありがとう。晴は神々の好みを良く把握しているよね」
短冊を取っておいて、その都度確認していた。それも御厨守の大事な仕事だ。
「神様たちの好きな食べ物は覚えていたけど。味の好みまで覚えているのは、白瞑だけだよ」
白瞑の目が、見開いた。頬が夕暮れの空みたいに朱に染まった。
「晴に覚えてもらえるのは、嬉しいね」
照れた顔が、酒饅頭に隠れる。
(照れてる白瞑、ちょっと可愛い)
白瞑は掴みどころがない。穏やかに微笑んでいるけど、時々大胆だ。そうかと思えば、繊細な一面もある。
(白瞑の色んな顔が知れて、嬉しいな)
晴の尻尾が自然と揺れた。
「空が真っ赤に染まったね」
いつの間にか茜色の夕焼けが、空を染め上げていた。
「夕暮れ、私の刻だ。今日は夜が早いかな」
「そうなの?」
晴は首を傾げた。白瞑が、空の上のほうを指さした。
「星を纏った夜の群青が、幕を下ろす準備をしている。あれが下がると、夜になる」
空の上のほうだけが、濃い群青に染まっている。白い星を閉じ込めたようにキラキラ光る。
「こういう夕暮れはね、夜の群青と昼の茜の間に、白い空ができるんだ」
「白い空?」
「そう。群青と白と茜の三相になる」
白瞑の指が天井の群青を指さす。その指がゆっくりと地上に向かって降りてくる。白瞑の指に導かれて、群青の空が一緒に降りてきた。
「うわぁ! 凄い!」
三色のグラデーションが織りなす空になった。
「綺麗だなぁ。透明で、ゼリーみたい」
「本当だね。食べてみたいな」
白瞑が空を摘まむ仕草をして、ぱくりと口に放り込んだ。
「え! 空を食べちゃうの?」
「冗談だよ。私でも、空は食べられない」
「なんだ、ビックリしたぁ」
白瞑がクスクスと笑う。つられて晴も笑った。
「こういう刻限を、薄明と呼ぶんだ。私の名前と同じだよ」
「僕、知ってるよ! お日様が沈んでも明るい空だよね」
「よく知っているね。晴は勉強家だ」
「師匠が教えてくれたんだ。だから僕ね、白瞑の名前を聞いた時、夕暮の神様じゃないかなって、思ったんだよ」
白瞑が、小さく息を飲んだ。
「気付いていたんだね」
白瞑が顔を覆って俯いた。
「ご、ごめん。でもね、嬉しかったよ。夕暮の神様に会いたかったから」
「私に会いたいと、思ってくれていたのかい?」
「うん。僕と同じご飯が食べたいって言ってくれる神様が、気になっていたよ」
会ってみたいと、ずっと思っていた。
「私も会いたかったよ、晴」
白瞑が晴の手を握る。手の甲に、そっと口付けた。ドキリと胸が跳ねた。
(白瞑は時々、額や手にキスしてくれるけど、伴侶候補だからなのかな。ドキドキして、胸がきゅってなる)
鼓動が、トクトクと早くなる。
「そろそろ、夜の群青が降りきるね。白い空が狭くなって、茜が消える」
「本当だ」
空のグラデーションが星を纏った群青のヴェールに包まれる。あっという間に空が夜の色に染まった。
「夕暮れは、短いね」
「そうだね」
少し残念な気持ちになった。夕暮れの空は白瞑と同じで繊細だ。
「でも、だからこそ、こんなに綺麗なんだね」
白瞑も夕暮れのように美しい。同じなんだと思った。白瞑の手が伸びてきて、晴の頬を撫でた。
「私には、晴のほうがずっと美しく見えるよ」
そう言って微笑む白瞑の目は朱色に染まって見えた。まるで夕暮れを閉じ込めたみたいに綺麗だと思った。
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