34 / 36
第34話 思い出の回廊
晴は一人、回廊を歩いた。
何度が左に曲がったと思う。廊下の長さは同じではないようだ。短い廊下を歩いてすぐ左に曲がったり、そうかと思えばやけに長く真っ直ぐな廊下を歩いたりした。
「景色も変わらないし、時間もわからない。ちゃんと進んでいるのかな」
不安になりながらも、晴は歩くのをやめなかった。
「あれ? 向こうに緑が見えてきた?」
一面白かった景色の向こうに、森のような色が見える。晴の足が急いて、走った。
「ここ、狭間の御厨があった森だ」
晴が毎日、神々の祠へ通っていた道だ。その道を、晴が歩いていた。
「あの子、僕? 僕は、ここにいるのに」
景色の向こうの晴と、自分自身を見比べる。
『うふふ、今日も夕暮の神様から嬉しい短冊をもらっちゃった』
晴が嬉しそうにしながら御厨に帰っていく。
(これって、時を遡っているの? 時の大社だから?)
「白瞑は、時が飛ぶって言っていた」
つまり今の晴は、狭間にいた頃の過去に飛んでいる、ということだろうか。
自分に向かって手を伸ばす。触れそうになった手は何も掴めず、すり抜けた。
「触れない。これは、映像みたいなものなんだ」
回廊の真ん中に過去の映像が現れているから、先に進めない。
「観ろってことなんだね。わかった」
晴は立ち止まって、自分の姿を見詰めた。
御厨に戻った晴は、自分の部屋で短冊を壁に貼り付けていた。
「白瞑がくれた短冊、僕の宝物」
カシャリと画面が切り替わる。幼い姿をした白瞑と御厨で料理をしている晴がいた。神世から落ちて神力を削がれていた時の白瞑だ。
「僕、とても楽しそう。あんなに笑ってる」
普段、一人で作っている時は、笑っていただろうか。今では思い出せない。少なくとも、笑いかける相手はいなかった。
(一人でも楽しかったけど、二人はもっと楽しいって、白瞑が教えてくれた)
蜜イチゴのアイスクレープを出した時の白瞑が、感動した顔をしている。
食べている姿を眺める晴も、笑っていた。
「あ……白瞑が、大人の姿に戻った」
白瞑の姿が光に包まれて、成長した。御厨で初めて見た時は驚いた。映像の中の晴も驚いた顔をしている。
「僕……白瞑の着物を握ってる」
ずっと白瞑の着物を握り締めている。この時は、まだ神世に行くのを戸惑っていたはずなのに。
「離れたくないって、思ったからかな。この時から僕は、白瞑と一緒が良かったから」
また画面が切り替わった。
湫憂に厳しい話をされて、溜まった短冊分の御饌を作ることになった時だ。晴は白瞑に寄り添っている。
「そんなつもりなかったけど、ピッタリくっ付いてる」
神世で御厨守をするため、神々に御饌を振舞った時。白瞑の屋敷の台所で一緒に料理を作った。あの時は楽しかった。
冬の神の屋敷に行く時も、過保護なくらい厚着させてくれる白瞑が、くすぐったくて嬉しかった。
映像の中の白瞑が氷魚と言い界の喧嘩を始めた。そんな二人を、晴はソワソワしながら見守っている。
「白瞑は氷魚様と仲直りしたのに、僕は嫉妬したんだ」
白瞑の目が自分以外に向くのが辛くて、泣いた。誰かを独占したいなんて、初めて思った。今でも思い出すと泣きそうだ。
また、場面が切り替わった。夜見と照陽が月の雫を持って、プレテストに来た時だ。
「夜見様……」
本気で白瞑を愛している夜見の気持ちに、正直に圧倒された。それでも、負けたくないと思った。あの時、はっきりと自分の気持ちを自覚した。
「僕、白瞑が大好き」
どうしてか、ポロポロと涙が零れた。
(いつの間にか、こんなに白瞑のこと、大好きになっていたんだ)
「どうして時の神様は、僕に思い出を見せるんだろう」
グシグシと涙を拭う。前に向き直ったら、映像が消えていた。
『晴……聞こえる?』
白瞑の声が聞こえた。
晴は、周囲をきょろきょろと見回した。回廊には誰もいない。
「白瞑……?」
今の声が本物の白瞑なのか、思い出の白瞑なのか、わからない。
晴は回廊の先に歩き出した。
『晴、こっち……早く、私に追いついて』
聞こえる声のほうに手を伸ばす。回廊の先に人影を見付けた。
「白瞑……!」
人影が光に変わる。まばゆい光で目が眩んだ。晴は思わず立ち止まって、目を閉じた。
『晴、目を開けて』
白瞑の声に促されるまま、目を開けた。視線の先に、大きな扉があった。
「ここが、最奥?」
一本道の廊下を、ずっと歩いてきた。途中に部屋があるとも聞いていない。きっと最奥の時の間なんだろう。
「……入ろう」
晴は胃を決して、重い扉をに手をかけた。
ともだちにシェアしよう!

