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金露を宿す(一)

 綾風渚(りょうふうしょ)は緑紅の鮮やかな河畔に臨み、雅致清幽(がちせいゆう)にしとむ水郷の景勝地である。  濡れたような黒い瓦屋根の間を入り組んだ水路が走り、荷を積んだ舟がひっきりなしに行き交う様子を水辺の店の窓から眺めていた無乃(ウーナイ)は、鶏卵の炒めご飯とスープをお腹いっぱいに食べ終わったばかりだった。 「ところで、青菊(チンチュイ)という少女を知っているか?」  太陽はまだ低いところにあって、町の入り口付近に宿屋も兼ねた飯店には客入りもそれほど多くはない。暇そうな給仕をひきとめ無乃(ウーナイ)はにこやかにたずねる。  彼は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 「青菊(チンチュイ)だよ」とぼんやりと突っ立つ彼に重ねて問うと、青年は思い出したように「ああ、青菊(チンチュイ)か」と頷いて、少し戸惑い気味に「こちらへ」と無乃(ウーナイ)を連れて行った。  たっぷりと陽ざしのあふれる明るい中庭を通り抜け、店の奥へ。吹き抜けの階段に葉桜を模した手すりが、上へ上へと枝を伸ばすようだった。  美しい窓の向こうにはまっ白な砂浜の一瞬を切り抜くように松の枝がさしかかり、汀線(ていせん)は青くゆらいでいる。出航したばかりの舟が水面に糸を引いて河川へ向かっているところだった。  無乃(ウーナイ)は少しの間立ち止まって、葦や水草に覆われた湖岸を見つめる。  胡蝶や丹頂鶴の透かしの壁を何枚も通り過ぎると、給仕が少し先を行ったところから無乃(ウーナイ)を呼び寄せた。  案内されたのは、青い簾が涼しげな部屋だった。  香炉からゆったりと白い渦がたちのぼっている。軒先の風鐸(ふうたく)がその煙りの中で静かに揺れて、のどかな初夏の光りに部屋は満ちていた。 「お客さん、お連れしましたよ」  給仕が声をかけると、軽く会釈をして戻っていってしまう。  にこにこと愛想よく去って行く男に無乃(ウーナイ)は気落ちした。どうやら、手違いがあったのだろうか。青菊(チンチュイ)はここにはいないようだ。  溢れんばかりの陽光の下で湖水は輝き、まるで金粉を散らしたような水面に碧い風が吹きさらう。簾と房飾りを音もなく揺らす。  無乃(ウーナイ)は部屋に通されたわけを考えていた。  連れてきましたよ、とはどういうことだろうか? 誰かが青菊(チンチュイ)を餌にして無乃(ウーナイ)を待っていたのだろうか。給仕には「知っているか?」と聞いただけで、青菊(チンチュイ)の元に連れて行けとは言わなかったのに、なぜこの部屋に通したのだろう。  それに、あの男……  うろうろと悩ましく部屋の中を歩き回っていた無乃(ウーナイ)は、視界の端に映る寝台を前にぴたりと足をとめる。 「一体誰だ?」  胸をゆったりと上下させた素っ裸の男が、手足を投げ出して横たわっているのだ。  逞しい筋肉の狭間やそのかげりに、鱗を擦り合わせ、太くむち打つ蛇が艶やかに這い回っている。情欲を掻き立てるような蛇の刺青だった。この男が青菊(チンチュイ)を探しているのだろうか?  けれど少しも目を覚ます様子がない。  男の顔をよく見ようとして無乃(ウーナイ)はそっと寝台に手をつく。膝をついて身を乗り出すと、ギッと軋んだ。  体つきは武術の達人を思わせる逞しさで、無乃(ウーナイ)の倍ほどはありそうだ。息をひそめ、無防備に寝顔を晒す男の顔を首筋から辿っていく。  なめらかな額にはりつく髪をそっと払ってやろうとしたときだった。その腕が突然、力強く引き掴まれ、呆気なく視界がぐるりと回転した。無乃(ウーナイ)の身体は気づくと敷布に縫い付けられ、「あっ、」と目の焦点が合ったその瞬間、細い首筋を捉える男の指が喉に食い込んだ。と、すぐさま男が剣を探って布の上に指を滑らせる。  無乃(ウーナイ)は彼の顔に目を見開いた。 「……羅冴流(ルオフーリウ)

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