fujossyは18歳以上の方を対象とした、無料のBL作品投稿サイトです。
私は18歳以上です
無道無乃 古月をくだく(六) | 海原津子の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
無道無乃
古月をくだく(六)
作者:
海原津子
ビューワー設定
53 / 65
古月をくだく(六)
万紅雪
(
ワンホンシュエ
)
が去った後、死体と一緒にいては落ち着かないと
施敗
(
シーパイ
)
がいうので、
無乃
(
ウーナイ
)
も仕方なく彼にくっついて相応に弔っていた。 身近にあった木くずを手に土をほじっているのだが、埋め戻しているのか、はたまた草をひっこ抜いているのか、袖をおさえて柔和な顔をしているとまるで花でも蒔いているようだな、と施敗は気が抜ける。 二人目の亡骸を施敗が穴の中に投げ入れたところだった。 上衣を脱いで息を入れなおし、すうと吐き出しきって覚悟を決めると、掘り出した土の前に立つ。いっぱしの武術家のように向き合うので、無乃は何をするつもりだろうかと手を止めて面白そうに眺めていた。 まるで緊張感の漂う決闘を見守る気持ちである。いざ重心を落とした施敗に「お、」と無乃も前屈みになる。と、施敗が飛びかかった。土の山を肩で押し、まるで取っ組み合うようだ。穴を埋めるというよりは猪が泥を浴びるよう。信じられないことに彼はそうやって土を被せようというらしい。 ……誰か、彼に道具を使うことを教えなかったのか? 「施敗、泥が落ちるまで部屋の中へ入ってはいけないよ。もうすぐ大雨が降るだろうから、良かったね」 と無乃は鷹揚に構えて微笑んだ。 確か浴室があったような気もしないでもない。温泉が枯れていなければ、先に彼を入らせようと思っているところに、次第に黒雲が渦をまいて風が強く吹きはじめていた。 指先でさらさらと土を削り落としていた無乃はその一瞬、ものすごい風の力に背中を押され、施敗が一刻ちょっとかけて掘った穴に自ら頭を突っ込んでいった。 「
無老大
(
ウーろうだい
)
――!」 施敗が慌てて手を止めたが、豪快に土をかけていたところに飛び込むようにして転がり落ちたのでさにあらん。 施敗が悲鳴の様な声をあげた。 「無老大! まさか死体と長くいすぎて狂ったか? 病なのか? でなければ自ら墓穴に飛び込むなんて、どうかしてる……!」 壮絶な顔色で頭の痛そうな施敗に、無乃は大げさだなと短く息を吐く。 死体に受け止めてもらって結果的に座りこむような体勢になっていた。ふんぞり返った姿のまま、騒ぐだけで助けようとしない施敗を目の端で冷ややかに見上げた。 「施敗、君が先にお湯に浸かってくるといい。私はその後に入るからね」 「……お湯?」 「向こうに浴室がある。温泉をひいてるようだから、先に入ってくると良い」 「無老大……その、運動があまり得意じゃないようだが、どうやって上がってくる気だ?」 「これくらいなら、自力でなんとかできるよ」 無乃はまるで柔らかな綿や羽毛の中にいるように落ち着いた口ぶりだった。施敗にはそれが、さすがの悪主座、屍の上でもでんと構えた姿が、どこか美しい容姿によく似合う。と内心褒め称えている。 「死体も気にしないとは、やはり悪逆の限りを尽くしたと言われるだけのことはある」 飛銀党などという素行が悪いだけのただのごろつきの集まりなどとは格が違う。つくづく妙に納得し、無乃を老大と呼べることに感謝さえ覚えるほどだった。 「それなら、お言葉に甘えて俺は浴室に……」 無乃が自分でなんとかすると言うのだから邪魔をするわけにもいかない。それにこの泥まみれの体を先に洗ってこいと気遣う無乃に、涙さえ出るほど感動していた。 くるりと向きを変える施敗は、頭の中では「浴室」という清潔な響きに浮かれてもいるのだった。 無乃はやんわりと伏せていた目を開ける。 穴の中から施敗を見送った。若干の申し訳なさを覚えていた。言い回しがきつすぎやしなかっただろうか。 だが施敗に気取られるわけにもいかないのだ。落ちたとき、臀の下に敷いてしまった死体がまだやわらかく、奇秀に変装した女性の体が、ゆっくりと僅かに脈を打ってもいるようで、それをあの施敗に言えば掘り起こすと言いかねない。 彼女に命を狙われていると知って一夜を過ごすのは賢明ではない。 「……仮死状態だったかな」 女性の体から少しずれて体勢を変え、首筋に触れる。下まぶたを捲って目をのぞき、さて? と首をかしげた。 隣の男の方はすっかり血の気のない肌の色だ。 たっぷりと逡巡した末に心穏やかに微笑んだ。 「……埋めてやれば、自分が死者だと思い出すかもしれない」 起き上がろうとすればするほど体は沈んでいく。大変な思いをしながらやっとの事で立ち上がると、施敗の掘った穴は両手を伸ばせるほどの広さで、穴の高さは立ち上がって丁度腰の下の辺りである。さすがの無乃でもなんとか這い上がれる高さである。 無乃はこの不気味な死体を早く埋めてしまおうと、雲をかくように残りの土をさっ、さっ、とかけた。 霧雨は次第にぽつぽつと大粒の雨に変わり、少したたないうちにざっとふりだす。 雨煙がまっ白に立ちこめているが、無乃は慌てなかった。最後に木の枝をさして瞼を伏せる。するとそこに、 「……無乃」 と、すぐ真後ろから焦燥をこらえた声が届く。 「ああ、
小敗
(
シャオパイ
)
か? お湯は枯れてしまっていたかな? 丁度雨が降り出したから、私と一緒に体を流すか?」 施敗だと思ったのだ。 男女の死体がようやく土に隠れたので満足して立ち上がり、暖かいお湯につかれないのは残念だと呟きながら振り向く。と、呼びかけたのは頭と顔に瘤だらけの
暢達
(
チャンター
)
を引きずって歩いてくる
羅冴流
(
ルオフーリウ
)
だった。 逞しい体に衣服が張り付き、雨粒が筋張った肌を這うように滴っている。 美しい髪を鬱陶しそうに掻きながら、羅冴流が曖昧な表情で微笑んだ。無乃はその寂しそうな顔にあっ、と衝撃を受ける。にこにこと目を細めて呼び間違えたことに気がついた。 「君だったか、つい施敗だと……」 「短い別れで、とっくに俺を忘れてしまったか」 「忘れられるはずがないよ」 責められているような、妙に息の詰まるやりとりだった。片笑みを浮かべる羅冴流の顔が寂しそうに見えるせいだろうか。 その気まずい沈黙を破ろうと瘤だらけの頭を示して無乃は問いかけた。 「……彼、生きているのか?」 無乃と目があった羅冴流が途端、暢達のことを聞かれたばかりだというのに、すっかり意識から抜け落ちたらしい。 「手を、握って……」 まるで捨てるように手を放し、力強い足取りで無乃の目の前まで詰め寄ると、動作はひどく恭しく右手を差し出した。 「いいよ、手を握れば良いんだね」 あまりの唐突な要求に驚きつつも、腰で入念に手を拭ってから羅冴流と握手する。さりげなくその親指をさすった羅冴流が頭を振った。 「逆の手だ。指輪を見せて」 無乃はさっと手を引っ込めてにっこりと微笑んだ。 羅冴流の意図が掴めないなりに、手を後ろに隠す。 「それなら今外すよ。待ってくれるかな」 慎重に一歩後退りする。 指輪が嵌まっている親指は傷が化膿して腫れ上がっている。無理に抜こうとすれば激しい痛みが走り、ズキズキと熱っぽい炎症に無乃は冷や汗を微笑の上に垂らす。 「取り上げたいわけではない」 羅冴流がもたつく無乃を優しく見つめていた。両手を後ろにまわし、無乃が引いた分だけ、さらに距離を詰めて近づく。 胸元に羅冴流の体がほとんど触れそうなほどの距離だった。無乃は背を仰け反らせるようにして顔を背ける。 「……呪いをかけられたと聞いた」 羅冴流は口を開く直前、動揺を見られまいとしたのか視線をそっと落とした。 「呪いだなんて……」 誰から聞いたんだ、と無乃は弱々しい笑みを浮かべる。 「ただの傷だよ」 「指輪が外せないほど、放っておいたのか?」 「……小さい傷で、すぐ治ると思ったんだ」 羅冴流には無乃が指輪を見せられないというだけで十分だった。彼は傷が悪化しているのだと見抜くと、間を置かずに手を掴んだ。 「来て」 と言って歩き出す。 「どこへ行くんだ……?」 雨に打たれながら羅冴流が足早に裏庭から歩いて行く。無乃の戸惑う様子に息を吐いた。 「浴室があるらしい。自分で脱げないなら、俺が脱がしてあげる。その泥だらけの体を綺麗にして、傷を、手当てしないと」 「だめだ、浴室には――」 水がたまり始めた中庭を無乃は足を引きずられるように突っ切って、羅冴流が浴室の戸に手をかけるその瞬間、無乃は止めようとしたが間に合わなかった。 「施敗が……!」
前へ
53 / 65
次へ
ともだちにシェアしよう!
ツイート
海原津子
ログイン
しおり一覧