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無道無乃 太師青に降す(三) | 海原津子の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
無道無乃
太師青に降す(三)
作者:
海原津子
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太師青に降す(三)
銀夜雪星魄
(
ぎんやせっせいはく
)
とよばれる六人の月の神は、
青古
(
せいこ
)
を統べた君主のことである。 やがて神命によって一人の神が「魄
不克
(
ふご
)
」に名を下し、四つの月を叩き割った。砕け散ったその欠片が青古墟に降りそそいで青金石となり、青古墟が古くから青金石の名産として栄えるのはそのためで、老舗が今も軒先を賑わせている。 つまり青金石とは神の魂魄の破片である。
自
(
ツー
)
氏が大金をかけて各地から人を招待し、あるいは呼び込んで催す月下評とは、神の魂魄の欠片に優劣をつけて競わせるものであり、
自悲秋
(
ツーペイチウ
)
がある目的を果たすためのものでもあった。 魄不克が青古墟のどこかに隠したと言われる五つ目の月魄。自悲秋が自らの指を切り落としてまで欲しいと羨むのはこの月魄である。月下評の客たちは金百両という報酬に釣られて、自悲秋の野望に参加させられているのであった。 さて―― 水碧の夜雨に濡れる青古墟の町までは、歩いて丸二晩……
無乃
(
ウーナイ
)
の足では一週間以上の長旅である。どんなに目と鼻の先だろうと無乃が歩けば遠方の異国、僻地の最果てになってしまう。 これでは五日後の品評会には当然間に合わない。 それだというのに無乃は焦るどころかますますのんびりと
緑色
(
りょくしょく
)
の松の木の間を歩いていた。 涼しい秋風に心の隅々まで澄み渡り、風を含んだ袖を翻させている。穏やかな顔をしてゆっくりと景色を楽しんでいた無乃は聞こえてくる音に立ち止まった。遠くの方から慌ただしく駆けてくる馬の嘶きがある。 「
羅冴流
(
ルオフーリウ
)
、ちょうどいい。馬が通るから、あれに乗せてもらおうか」 ほら、と示す指の先には荷馬車の馬が見える。土煙を立てつつ大急ぎで目の前へと迫ってくる。 「青古墟に行くとは限らない」 羅冴流は粉塵を蹴立てる馬車を睨んでいた。 濛々と土砂が舞い上がるほど走らせているというのに鞭のしなりが聞こえない。突進してくる馬に馭者の姿がなかった。 ――暴走馬か、 くねくねと蛇行しながらも馬はまっすぐと二人のところに向かってきている。羅冴流の額に汗が滲むのもお構いなしに、無乃は瞼を伏せて鼻を高くさせていた。 「金古道は古都に通じる街道で、青古墟を経由するだろう? なのだから、今の時期に金古道を急いでいるような人は皆、例外なく月下評に向かう人だろうし、荷馬車なら私たち二人くらい、邪魔にはならない」 確かに大変急いでいるらしい。どんな呼びかけにも反応しないくらいには。 「それで――?」 無乃は羅冴流に冷静に促されて、瞼を伏せて腕を組みつつ、得意になって続けた。 「それに加えて、開催日にはまだ余裕があるとはいえ、今から青古墟へ向かうのではまともな青金石もすでに出回ってはいないはずだよ。私たちのように遅れをとったと思い、馬車をがむしゃらに走らせているだろうから、半日でついてしまうかも」 と気楽に答えていた。 「彼らに挨拶をしてくるよ」 無乃は蹄を打ち鳴らして躍りかかる馬の前にふらっと進み出た。その体を羅冴流が押しのけて代わりに前に飛び出す。 「無乃、こいつは、良馬だ」 一瞬のうちに手綱を握りとる。鐙に足をひっかけて荒れ狂う馬上に勢い跨がると、手綱を思い切り掻き引いた。前足を上げて伸び上がった馬が、艶やかな黒毛に汗を吹いて身を捩り、甲高く嘶く。 ほとんど垂直に立ち上がって高く聳える馬を前に無乃はひやりと青ざめた。瞼を伏せている間にこれほど大事になっているとは、世の移り変わりは早々として、あっという間に人生は過ぎていくようだ。などと暢気に考えながら、羅冴流が振り落とされるのではないかと固唾を呑んでいると、すぐに馬の熱い吐息が額に吹きかかった。 「……似合っているね、羅冴流」 ぱちりと目を瞬いて無乃は馬上の羅冴流に呆然と呟く。嬉しそうに馬を撫でて落ち着かせる羅冴流だが無乃は両手を硬く握りしめたまま、ふっと安堵した拍子に腰が抜けてしまいそうだった。 すると羅冴流がとぼけた顔をした。 「荷を運ぶ途中だが、君はどこまで?」 「え?」 どうやら馭者になりきっているようだ。 無乃はすぐに羅冴流から視線を逸らし、「そうだね」と微笑んでいう。 「青古墟に。連れて行ってくれるのかな?」 「勿論。乗るといい」 羅冴流が荷台を目で示す。当然のように手を差し出してから、思わず固まったようだった。 「……今は、馭者だ」 不安そうな羅冴流の声に無乃は密かに息を呑む。ここまで弱々しい声を聞いたことがなかった。 無言で目の前に差し出される手を見てしまえば、さすがにこれを無視してしまうのはかわいそうだと苦笑がもれる。 「……それなら、私も今は、ただの客になろう」 そっと羅冴流の手をとると、僅かに指先が震えていた。軽く重ねただけの手を優しく引き上げて、羅冴流はすぐに離す。 逃げていく手を思わず追ってしまったのは、無乃の方だった。
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海原津子
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