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(閑話休題)星河燦々と 二

 吹き返す風は青草のにおいであった。薫の満ちる初夏、鶯の子の、まだつたない囀りが空に高く聞こえている。  渡り廊下を走っていたとき、不意に話声がして奇秀(チーシウ)は立ち止まった。 「羅将軍に子育てなんてできるはずがない」 「あの人は子どもがいないから」 「接し方を知らなすぎる。叩けば直ると思ってる」 「ならお前が教えてやるか?」  と、愚痴っぽい二人のやり取りだった。  羅石英(ルオシーイン)にいつも付き従っている、翠致幇の青年だった。赤鮫皮の剣を帯びるので鮫の人で奇秀は覚えていた。背もたれに寄りかかっているのは背が高く、さっぱりとした性質の青年で、襟足が美しい。奇秀は「赤鮫のお兄さん、」と心の中で呼んでいた。駕篭に乗せて臨江関門(りんこうかんもん)まで共にしたのは彼で、親しみのある顔が、奇秀のまだ微かに残っている幼心をやわらかく刺激する。 「お? 奇秀さま、どうされました」  呼びかけた訳ではなかったが、彼らは奇秀に気づいて慌てて立ち上がっていた。  奇秀は少し驚いて、そして同時に居心地が悪い思いがした。跪く二人の前に進み出ながら毅然と部屋の様子に気を配る。卓の上に食べかけの柿が転がっていた。短剣で皮を剥いていた最中だったようだ。傍の蓋碗は秘色のなめらかな器で、まだ暖かな湯気が蓋の隙間からたちのぼっていた。  それを見るとなおさら奇秀は心苦しかった。休憩の邪魔をしてしまったようだ。 「転児(チョワンアル)を見ましたか?」  奇秀はすぐに立ち去ろうとした。  彼らはお互いにさりげなく目を合わせ、困った顔をしている。 「転児?」  と眉をひそめる赤鮫の青年――尋四十(シュンスーシー)に、灰色っぽい服を着た方――風十里(フォンシーリー)が「猊猊(ニーニー)のことだ」と口元に空の鞘を押し当てて答える。  尋四十は、ああ、羅将軍が拾ってきたあの子ども、小猊児(シャオニーアル)だな、とくすりと笑った。  それにしても、転児とは――  数週間前、小猊児を自分の革帯でぐるぐる巻きにして、さらにその上から衣服を被せて運んできた羅石英には度肝を抜かれた。たった小さな子どもを抱えるだけで髪はほつれて全身ボロボロ、疲れ切って青ざめた顔なんてこれまで見たこともなかった。 「拾ってきた。何を食べるか知らない。獅子の子だから、小猊児。私は寝る……」  と告げた直後にそのままばったりと後ろに倒れて眠り込んだのだ。何をどうしたらこの子ども一人にそれほど手を焼けるのだろう。  羅石英が突然小猊児を臨江情城(りんこうじょうじょう)に連れてきた理由さえさっぱりだったのだが、奇秀を見るとなんとも不器用な羅石英の親心(?)が、今になって分かるのだった。 「探しているんですか?」 「羅石英のところに連れて行かないと、捨てられてしまう」 「羅将軍は……小猊児に怒ってますよ。連れて行ったら叱られるでしょうね」  言われて、奇秀は困り果てた。 「……ですが、捨てられてしまうのはもっと困ります」  懐から包み紙をさりげなく取り出して、奇秀はそれを優しく撫でる。 「なんです、それは?」 「三角牛のお肉です。これがあれば転児が釣れると羅石英がいうんです」 「三角牛?」  呆気にとられた尋四十(シュンスーシー)が、あっ、と思い出したように笑い出す。 「ハハッ! 羅将軍も面白いことを考えるんだな。肉で子どもを釣るなんて俗物的だ。……うまいのか?」 「食べますか?」 「焼いてやろうか」  早速青年たちは枯れ葉を集めて火をつけると、羅石英の部屋に忍び込んで羊皮をこっそり持ち出し、その中に丁寧に肉を包んだ。 「この羊皮には脂が塗ってあるから肉に染みこんでうまいんだ。しかも羅将軍の汗で塩っ気まで完璧だ。小猊児もすぐに出てくる」 「慣れているんですね」  感心して奇秀がいうと、尋四十があっけらかんと明るい声でいった。 「何度も怒られてるからな」

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