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湯の神との出会い④
「凪! 凪!」
「ん、んん……」
聞き慣れた声が聞こえてきたと思ったら、体を強く揺すられる。夜遅くになってもなかなか帰って来ない凪を、両親や宿屋の使用人が探し回っていたようだ。
「凪、凪、大丈夫か⁉」
父親の悲痛な声にうっすらと目を開くと、目の前にいたのは美しい湯玄ではなく、目にたくさんの涙を浮かべた母親だった。
「父さん、母さん……」
「凪、無事でよかった!」
父親と母親に抱かれた凪が虚ろな視線を彷徨わせれば、そこはいつも遊んでいた境内だった。鳥居の両脇には赤色と青色をした狛犬が二匹向き合って座っている。
「あれは、夢だったのかな……」
そして凪は父親に背負われ、家路についたのだった。
湯玄と出会った数日後。
凪は湯花神社が気になって、そっと椿屋を抜け出した。
あの赤色と青色の獣は、本当に境内の中に置かれている狛犬なのだろうか? そして、あの美しい湯玄という男の正体は……? 考えれば考える程、いまだに気に掛かることが多く、ついに凪は、居ても立ってもいられなくなってしまう。
あの日の夜、凪の両親は涙ながらに「もう二度と源泉には近づかないで」と、凪を抱き締めた。そんな両親の姿に心を痛めた凪は渋々了承したのだが……。そんな約束も、持ち前の好奇心の前では霞んでしまう。
「父さん、母さん、ごめんなさい」
そう呟き、湯花神社に向おうとした凪はそっと誰かに腕を掴まれる。「見つかったか……」と恐る恐る後ろを振り返ると、にっこりと微笑んだ凪の祖母が立っていた。
顔中に深く刻み込まれた皺に、綿毛のように真っ白な髪の毛。腰はすっかり曲がってしまっており、子供の凪より背が小さい。数年前に夫と死別してからも、凪の両親と共に椿屋を支え続けているのだ。
「凪ちゃん、どこに行くの?」
「あ、ばあちゃん……どこって別に……」
気まずさのあまり思わず目を泳がせていると、凪の祖母が「ふふっ」と笑っている。
「また源泉に行こうとしているのね? 子供が源泉に近付くと、湯玄様に怒られてしまうわ。だから行ったら駄目よ」
「湯玄様?」
「そうよ、湯玄様。湯玄様は湯花神社に祀られている温泉の神様なの。この湯滝村が温泉で栄えたのも、湯玄様のおかげ。あの方は、この湯滝村の守り神なのよ」
「温泉の神様……守り神……」
「えぇ。湯玄様は、まるで真っ黒い獅子のように立派な方だけれど、とてもお美しい方……私は会ったことなんてないけれど、この村にはそう言い伝えられてきているのよ」
「へぇ、そうなんだ……」
「もしかして、凪ちゃんは湯玄様に会ったことがあるのかしら?」
「あ、会ったことなんてないよ!」
祖母からの突然の問い掛けに、凪は慌てて目の前で両手を振る。
もし「湯玄に命を助けてもらった」ということがバレてしまったら、また大目玉を食らってしまうことだろう。それだけは何としても避けたかった。
「そう。湯玄様はとっても怖い方だから。凪ちゃん、源泉には行かないでね?」
「……わ、わかった……」
凪は自分の腕を掴む祖母の手をそっと握る。まるで枯れ木のように細い指だ。
「温泉の神様、か……」
小さく呟いて、凪は湯花神社を遠目に眺める。
これが凪と湯の神である、湯玄との出会いだった。
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