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伝説の巫女③

 しかし、そんな巫女との別れは突然訪れる。  それは凪が十三になった年の出来事だった。まだ生きることができるはずだった巫女が、突然息を引き取ったのだ。  巫女は役目を終えてから二百年近く生きるとされているのが、その巫女が神社に戻ってきてからまだ五十年もたっていない。その早すぎる死に、村中がどよめきたった。 「なぜ巫女が亡くなったのだ。あまりにも早すぎるではないか?」 「巫女の死と湯量が減ったことと、何か関係があるのだろうか?」 「また新しい花嫁をたてなければ……湯玄様がお怒りになってしまう……」 「そうだ。湯玄様のお怒りを買えば、源泉が枯れ果ててしまう。早く新しい巫女を!」  村人たちは予想もしていなかった巫女の死に戸惑いつつも、早くも新しい花嫁をたてることへ躍起になり始めている。  巫女の葬儀は厳かに行われたが、凪は悲しかった。あんなに優しかった巫女が死んでしまったことを、凪は受け入れることができなかったのだ。    巫女の葬儀が終わった数日後。  椿屋の大広間に若い娘が集められ、新しい花嫁を決める話し合いが行われる。凪はその場の雰囲気に圧倒されながらも、固唾をのんでその様子を見守っていた。  花嫁は若く美しい娘でなければならないのなら、凪はどうあがいても役にたてそうにない。  大人たちは皆、目を真っ赤にして、誰を次の花嫁にするか討論を始める。それも無理はないだろう。巫女が亡くなってからというもの、源泉から湧き出る温泉は目に見えて減ってきているのだから。 「誰か花嫁に志願する者はいないのか⁉ この湯滝村を守るためにその身を捧げるのだ。こんなに光栄なことはないだろう!」 「馬鹿を言うな! ここまで手塩にかけて育ててきた娘を、いくら湯の神といってもやすやすと捧げられるはずなどないだろうが⁉」 「ではどうしたらいいのだ⁉ このままでは源泉は枯れ果てて、湯滝村は廃れていってしまう。あの福寿村(ふくじゅむら)のように……」  福寿村という村の名前を、凪はこのとき初めて聞いた。だがそんなことより、大勢の大人と年頃の娘が一堂に集まり、口論している姿を見ているのは辛かった。  凪の父親など、膝の上で拳を作り俯いたまま顔すら上げられないでいる。そんな父親の姿も酷く痛々しい。  きっとこのまま花嫁を捧げなければ湯玄の怒りを買い、源泉は枯れ果ててしまうだろう。そうなれば、きっと椿屋も大打撃を受けることになる。  先代からずっと引き継がれ、両親が大切に切り盛りをしてきた椿屋が廃業になってしまう……そう考えるだけで、凪の心が締め付けられるように痛む。  ――どうしたらいいんだろう。俺にできることは……。  凪は唇を噛み締める。  先程まであんなに罵倒が飛び交っていた大広間が、うって変わって恐ろしいほどの沈黙に包まれていた。  花嫁に自ら志願する者などいるはずもない。その静けさがビリビリと痛いくらいに感じられた。  ――ならいっそのこと俺が……。  凪は拳をギュッと握り締めてから、深く息を吸う。そして静かに目を開いた。  幼い頃から凪は美形だと評判だ。まるで天女のように美しいと、皆がその容姿を称賛する。  ――俺は男だけれど、花嫁になれないだろうか? もし俺が花嫁になることができたら、もう一度湯玄様に会える。もう一度会いたい、あの人に……。  凪の心が固まった瞬間だった。 「俺が湯玄様の花嫁になる」 「なんだと……」  その言葉に、一斉に自分に視線を向けられたのを感じる。その視線が痛くて、凪はその場から逃げ出したくなる衝動を必死に堪えた。  自分がどんな無謀なことを言っているのかなんてわかりきっている。「馬鹿なことを言うな!」と罵倒されることが怖くて、凪はぐっと奥歯を噛み締めた。  凪だって花嫁になることが不安で仕方がない。なぜなら凪は男だし、まだ十三歳になったばかりの子供だ。  それでも、自分が生まれ育った村を守りたかったし、湯玄にも会いたかった。  遠くには、目を見開き「信じられない」といった顔をしている父親がいる。その場が一瞬でどよめきだした。 「お、俺は男だけれど女みたいに綺麗だってよく言われるから、もしかしたら湯玄様に気に入ってもらえるかもしれない……」  言葉を紡ごうとするのだが、唇が震えて言葉にできないし、呼吸も上手くできなくて息苦しい。凪は着物の袖を力いっぱい握り締めた。 「だから俺が花嫁になる。そして、俺が湯滝村を、椿屋を守ってみせる。絶対に湯玄様に気に入られてみせるから!」  凪は目にいっぱいの涙を浮かべて、その場にいる村人たちを見渡したのだった。 「馬鹿なことを言うな! 凪は男だし、まだ子供だぞ! それこそ湯玄様のお怒りを買ってしまう」 「……いや。確かに凪は男だが、この村で一番美しいと言っても過言ではない。もしかしたら湯玄様も凪を気に入ってくれるかもしれない」  その時、そのやり取りを黙ってみていた湯滝村の長老が口を開く。村人たちの視線は一斉に長老へと向けられた。 「凪を花嫁にしよう」  もう一度、その言葉を噛み締めるように長老が言葉を紡いだ。 「そうだ! 凪を花嫁にしよう!」 「凪に決まりだな!」  長老の言葉に、皆が一斉に賛同した。長老の意見に反旗を翻すことができる者など、この村にはいないのだ。  そんな中、凪はそっと父親に視線を移す。凪は花嫁に志願することを父親に全く相談などしていなかったから、こんな話は寝耳に水だったことだろう。今更ながら申し訳ない思いが込み上げてきた。  凪の父親は目を見開いて呆然としている。しかしここまできて「いや、我が家の一人息子を花嫁になんてできない!」などと言えるはずがない。誰かが犠牲になることでしか湯滝村を守れない今、誰かが花嫁になるしか残された道はないのだ。 「父さん、ごめん」  凪はきゅっと唇を噛み締める。あまりにも強く噛んだものだから、少しずつ血の味が口の中に広がっていった。  凪の父親は最近体調が優れず、使用人に店を預け臥せっていることが増えてきている。いつも顔色が悪く、少しずつ痩せてきてしまっている姿が痛々しい。  きっと、父親の体調が優れない原因は、源泉の湯量が減ってきてしまったからだと凪は感じている。次第に遠退いていく客足に心を痛めた父親が、精神的に参ってしまった……そう思えてならない。  だから、また源泉からお湯が沸きあがるようになれば、椿屋にも客が戻ってくる……そうしたら、きっと父親はまた元気になるはずだ、と凪は願っていた。 「よし、花嫁は凪に決まりだな」 「頼んだぞ、凪」 「……わかった」  村人たちからの視線を痛いほどに感じながら、凪は大きく頷いたのだった。  

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