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三、出来損ないの花嫁①
凪が湯玄の元に向かう日も、空からは雪が舞い降りていた。
昨夜は最後の奉公と思い、椿屋自慢の檜できた露天風呂を隅から隅まで磨き上げた。
硫黄が含まれている温泉は、檜にこびり付いてぬるぬるしてしまう。それをたわしで檜を傷つけないよう、丁寧に落としていくのだ。
真っ暗な闇の中、雪が植えられている椿の花にそっと落ちる音さえ聞こえてきそうな静けさ。凪が大きく息を吐くと、白い煙となる。こうやって、凪は幼い頃から椿屋を両親と共に支えてきたのだ。
しかし、それも今日まで……。そう思えば、目頭が熱くなる。慌てて鼻をすすっても、涙は凪の意思と関係なく溢れ出してきた。
凪の涙が湯船に落ち、お湯と共に流れていく。
「今までありがとう」
そっと呟いてからもう一度涙を拭い、雑念を振り払うように掃除に没頭したのだった。
空から降り続ける雪と同じ真っ白な白無垢に腕を通した凪は、鏡に映る自分を見て思わず息を呑む。
凪は自分が容姿に恵まれているという自覚はあったが、ここまで美しくなるとは想像もしていなかった。体の隅々まで採寸したおかげで、白無垢は凪にぴったりだ。しかし、幾重にも重ねられた着物に、きつく結ばれた帯。その苦しさに思わず眉を顰めた。
「これ、長くは着てられねぇ……」
息苦しくて、呼吸が浅くなってきてしまう。凪はぐっとお腹を引っ込めて、その苦しさに何とか耐えた。
凪が花嫁に志願してから時間があまりなかったため、髪を伸ばすことができなかったことが心残りである。銀色の髪は少年にしては長いが、頭のてっぺんで髪を結わうことなんてできない。
綿帽子を被ってしまえば髪型などわからないのだが、やはり女のように長い髪が湯玄は好きなような気がするのだ。
それを悟った母親が、凪の両耳に姫椿の花を挿してくれた。白無垢と、雪のように白い凪の肌に、姫椿の長春色がとてもよく映える。
薄く化粧を施され、椿と同じ色の口紅をさした凪を見た村人たちは思わず溜息を吐く。花嫁衣装に身を包んだ凪は、それ程までに美しかった。
「綺麗だぞ。これならたとえ男だとしても、湯玄様は必ず気に入ってくれるだろう。頼んだぞ、凪」
そう言いながら満足そうに微笑む長老が、静かに凪の肩を叩く。それが恥ずかしくて、思わず視線を落とした。
「お前は口が悪いから、それだけは気を付けるんだぞ?」
「おい、長老。一言余計なんだよ?」
「言うとる傍からお前は……はぁ……」
長老が凪を見つめながら大きな溜息を吐く。
そんなことはわかりきっている凪は、気を付けようとは思ってはいる。しかしこの口調はいつの間にやら身についてしまっていて、今更どうにかなるものだろうか……と不安に感じているのだ。
「湯玄様に気に入ってもらえるかな……」
凪は鏡に映る自分をもう一度見つめる。そこには紺碧色の大きな瞳を揺らしながら佇む花嫁が立っていた。
その花嫁は、好きな男の元へと嫁いでいくはずなのに、なぜかとても不安そうに見える。
「大丈夫、十分綺麗だよ。頑張れ、凪」
そう自分の心に、何度も言い聞かせたのだった。
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