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出来損ないの花嫁⑤
「ん? なんだ?」
湯花神社の帰り道、一際賑わう店に凪は思わず足を止める。
「確かあの店は……」
そこは湯滝村で一番格の高い遊女が在籍する遊郭だった。その店にいる遊女は見た目が美しく品があると、わざわざ遠方からこの遊郭目当てに訪れる者さえいるほどだ。凪に「床入り」の方法を教えてくれた遊女も、この店にいる。
この騒ぎの原因は、どうやら店先にたむろしている遊女たちにあるようだった。こんなことは滅多にないものだから、凪は「なんだ?」とつい耳を澄ませてしまう。もうすぐ開店する時間だから、客相手に騒いでいるのだろうか? いや、それにしては賑やか過ぎる。
――なんだろう。嫌な予感がする。
凪は胸騒ぎを思えた。
「旦那、とっても素敵だね。あたいと今夜どうだい? 奮発するよ」
「なに言ってんだい⁉ ねぇ、あたいのほうが若くて綺麗だろう? あたいを選んでよ」
「あたいはどうだい? 旦那、とってもいい男だから惚れちまいそうだよ」
その光景を興味本位で眺めていると、一人の長身の男を遊女たちが取り合っているようだ。どの遊女も目をきらきらと輝かせて、甘ったるい声を出している。その姿はまるで発情期を迎えた雌猫のようだ。
「どうだい? 旦那」
「ふむ。そうだな? 果たしてこの中に私を満足させられる女はいるかな?」
「あたいだよ、あたい!」
「あたいだって!」
遊女たちは嬉しそうに男の手を引いて、店の中に連れ込もうとしている。遊女たちの中心でまんざらでもない顔をしている男を見て、凪の時間が一瞬止まったような気がした。
「は? 嘘だろう……」
その男の顔を凪は忘れたことなんてなかった。あの日からずっと憎んでいたけれど、もう一度会いたい……と願ってやまなかった相手。
彼の顔を見間違えるはずなんてない。漆のように黒光りする手触りのよさそうな長い髪と、その髪と同じような黒い瞳。男なのに、綺麗という言葉がとてもしっくりとくる整った容姿。
間違いない、あれは……。
「なんでこんな所に湯玄様が……」
湯玄という神は、人間のふりをして人間の世界に遊びに来ることがあるのだろうか? でもなぜよりによって遊郭に? 混乱した凪の体が小さく震え出す。唇をギュッと噛み締めて、男を呆然と見つめた。息がどんどん浅くなって、酸欠で倒れてしまいそうだ。
「だって、四年後に出直して来いって……俺はその言葉を信じていたのに……」
目の前が涙でゆらゆらと揺れたから、着物の袖でそれを拭う。悔しくて、腹立たしくて、湯玄に掴みかかってしまいそうな衝動を必死に堪えた。
「なんだよ、結局女がいいのかよ……」
凪が唸るように呟いた瞬間、湯玄が凪のほうを向いた。予想もしていなかった出来事に、凪の体が跳ね上がる。
湯玄から目を逸らしたいのに、その美しい姿から目を離すことができない。最悪の形で再会してしまったことを、凪は心の底から呪ってしまった。
そんな凪の存在に気付いたのか、湯玄が静かにこちらに視線を移す。そして一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものように表情を緩めた。そんな表情さえ綺麗で、凪は悲しくなってしまう。凪と湯玄の視線が絡み合った。
――なにやってんだよ⁉ 四年間待ってくれるんじゃなかったのか⁉
言いたいことは山ほどあるのに、それは言葉になってくれない。凪は力なく肩を落とした。
――裏切られた……。
堪えていた涙が一気に溢れ出す。凪は湯玄に背を向けて、逃げるようにその場を立ち去ったのだった。
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