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五、椿屋の珍客たち①

 その日一日、椿屋は騒然としていた。突然やって来た美青年に、皆が驚愕したのだ。  湯玄は全く躊躇う様子もなく、実に堂々とした立ち振る舞いで凪の父親が静養している部屋へと向かう。 「ちょっと待ってよ、湯玄様!」  そう凪が湯玄の腕を引いても歩みを止めることなどない。目的の部屋まで辿り着いた湯玄はようやく立ち止まり、「失礼する」と声をかけてから勢いよく襖を開けた。  突然の出来事に、その場にいた凪の両親と祖母が目を見開いて、かたまってしまう。それはそうだ……こんな展開は、想像もしていなかっただろう。その光景を見た凪は思わず頭を抱え込んだ。しかし、そんなことはお構いなしだ。湯玄はドカッと凪の父親の前に座り込む。 「私は湯花神社から来た湯玄と申す」 「湯花、神社……湯玄……」 「そうだ。私は湯の神、湯玄だ」  湯玄は凪の両親と祖母に深々と頭を下げる。そんな湯玄を見て、凪の両親たちは吃驚仰天している。陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせ、言葉を発することさえできないようだ。母親と祖母はつい先程まで横になっていた父親に縋りつき震えている。  ――そうだよ、それが正常な反応だ。  凪はそんな両親たちを見ながら大きく溜息をつく。突然目の前に神が現れたら、誰だってびっくりすることだろう。そんな凪を気にするような様子もなく、湯玄は言葉を続けた。 「この家の息子が、どうしても私の元に嫁に来たくないと駄々をこねている故、湯の神である私がわざわざ馳せ参じたのだ。凪が私と結婚してもいいと首を縦に振るまで、しばらくここで世話になる」 「ここに、湯玄様が……」 「そうだ。ゆくゆくは凪を私の花嫁として迎えるから、心の準備もしておくように。わかったな?」 「か、かしこまりました‼ こんなおんぼろ旅館でよろしければ、いつまでもいてください‼」 「ふむ。その礼と言っては何だが、この宿の復興に手を貸そう。ではよろしく頼むぞ」  凪の両親たちは畳にひれ伏し顔を上げることもできない。両親に挨拶しなければ失礼に値する……そう言っていた湯玄の言葉を思い起こせば、文句の一つも言ってやりたくなった。  これでは凪を貰い受けるどころか、旅館に転がり込んできただけではないか? しかも、こんなにも横柄な態度で居座られてしまったら、厄介者としか言いようがない。 「あーあ、面倒なことになったなぁ」  凪はがっくりと肩を落としたのだった。 「おい。さっきの態度はなんだよ?」 「さっきの態度とは? ちゃんと失礼のないように、其方の両親たちに挨拶をしたではないか?」 「はぁ!? あれで挨拶ができたと思っているのか⁉」 「あぁ。十分だろう? 其方の両親たちも私がここで暮らすことを心の底から喜んでいたではないか?」 「あんたには、俺の家族が喜んでるように見えたのか?」 「あぁ、目に涙を浮かべて喜んでいたぞ。この様子では、其方との結婚も近そうだ」  嬉々とした表情で凪を見つめる湯玄に、凪は呆れてものも言えなくなってしまう。しかし、代々この村で祀られてきている湯の神だから仕方がない……と言われてしまえばその通りなのだけれど。  大体、湯の神である湯玄と、こうして椿屋の廊下を一緒に歩いていること自体が、もうおかしな話なのだ。  人間の世界にいる湯玄は、高級そうな絹糸で織られている煌びやかな着物を身に着けている以外は、普通の人間と見分けがつかない。しかし、やはり浮世離れした美しい見た目は、思わず溜息が漏れるほどだ。  凪は父親と話し合い、湯玄は名を(げん)と改めた上で、椿屋で迎え入れることになった。勿論、使用人たちには玄が神であることは内緒だ。  もしこのことが他人に知られることとなったら、全国各地から湯玄に会うために旅人たちが殺到することだろう。それはとても喜ばしいことでもあるが、こんな小さな村に全国各地から人が集まってしまったら、きっと大混乱となってしまう。考えただけでも、凪の背中を冷たいものが流れていった。  それでも、湯玄の姿を見た椿屋の使用人からは黄色い悲鳴が上がる。皆が皆、湯玄を潤んだ瞳で見つめながら甘い吐息を吐いた。湯玄はたった一瞬で、女性だけではなく、男性の心さえも虜にしてしまったようだ。  そんな噂を聞きつけた使用人がこっそり持ち場を離れて、湯玄のことを見に来るほど、椿屋の中はざわついてしまっている。突然の美青年の登場に、皆浮足立っているようだ。  そんな椿屋の雰囲気に、凪は思わず苦笑いをしてしまった。

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