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椿屋の珍客たち②

「そんなことより、凪の父親は病気なのか?」 「ん? あぁ、うん。もう何年も病気で臥せっているんだ。色んな医者に診てもらったけど、結局原因はわからずじまいで……日に日に弱っている父さんを見ていると、辛いんだ。早く元気になってくれたらいいけど……」 「そうか」  目の前を歩いていた湯玄が突然立ち止まる。父親のことを考えながら歩いていた凪は、そんな湯玄に気付かず、思いきり衝突してしまった。体格のいい湯玄にぶつかった凪は、吹き飛ばされそうになってしまう。凪が「突然立ち止まるなよな」と文句を言っても、湯玄は全く気にする様子などない。  どうやらこの男は、自分本位な性格のようだ。 「あっちから(いん)神力(しんりき)を感じる。おい、凪。あっちには何があるんだ?」 「あっち? あっちには物置がある。普段使っていない布団とか、食器がしまってあるんだけど……」 「そうか。あそこからは嫌な匂いがプンプンするぜ? 行ってみよう」 「あ、ちょ、ちょっと待ってよ、湯玄様!」  凪のことなど気にする様子もなく、さっさと歩いて行ってしまう湯玄の後を凪は必死で追いかけた。  椿屋の一階にある一番奥の部屋は八畳くらいの物置になっており、普段使用しないものがきちんと整理されてしまわれている。窓は全て閉め切られていて昼間でも薄暗く、じめじめしていた。凪も時々しか訪れることのない部屋だ。 「湯玄様、こんな場所に一体何があるっていうんだよ?」 「いいから静かにしておれ」  湯玄がにたっと口角を釣り上げながら、静かに物置の中に消えていく。ようやく暗闇に目が慣れてきた凪は、そんな湯玄の後に続いた。  物置は黴臭くて湿度が高い。凪は思わず眉を顰める。湯玄は「陰の神力がある」と言っていたが、それはどういう意味なのだろうか? 凪はわからないことだらけで段々不安になってきてしまった。 「どこだ? どこにいる? うまいこと隠れやがって」 「湯玄様、もしかして誰かを探してんのか?」 「あぁ、そうだ。陰の神力がこんなにも満ち溢れているというのに、当の本人がいないなんて……馬鹿げた話だ」  湯玄が積まれた荷物や布団の間までくまなく探して回る。次の瞬間「いた」と目を見開いた。 「こんな所に隠れていたとは」 「おやおや、見つかってしまったか。久しぶりだな、湯玄よ」 「相変わらず汚いじじぃだ」  そう吐き捨てる湯玄の視線の先には、一人の老人が座っていた。薄汚れて破れた着物を纏い、がりがりに痩せ細っている。ずっと風呂にも入っていないのだろう。体は垢で汚れて真っ黒だ。 「ゆ、湯玄様……この人は一体……?」 「あぁ、こいつは疫病神だ」 「疫病神……?」 「そうだ。きっと其方の父親が病気になったのは、こいつの仕業だろうな」  湯玄と凪の会話を聞きながら、疫病神はけたけたと薄気味悪い声を出しながら笑った。なんとも気持ち悪い奴だ……凪は顔を強張らせて、湯玄の後ろに隠れた。 「おい、疫病神。この宿の主人がもう長いこと病で臥せっているのだ。それは貴様のせいであろう? 悪いがさっさと出て行ってもらおうか」 「ほう、湯玄よ。お前さん、いつから人間の肩を持つようになったんだ? まるで使いっ走りではないか」 「余計な口を叩くな。この宿の主人はもうすぐ私の義父となる人物だ。元気でいてもらわなくては困る」  疫病神が軽口をたたいても、湯玄は全く臆する様子もなく淡々と対応している。湯玄の「義父となる人物」という言葉が引っかかるが、父親の病気が治るのであれば、湯玄のいいように言わせておけばいい。凪は、父親に元気になってもらいたい一心だった。 「出て行け。それとも、力づくで追い出されたいのか?」  湯玄が疫病神を睨みつけたとき、凪が持っている湯石が徐々に熱を帯び始める。 「やれるもんならやってみるがいい」 「くそじじぃが。いいからさっさと出て行け」  明らかに怒気を含んだ声で疫病神を睨みつける湯玄の長い髪が、まるで意思を持ったかのように逆立ち、物置の中の空気がぴんと張り詰めた。肌にじりじりと突き刺さるような感覚を覚えた凪は、湯玄の顔を見上げる。そして思わず言葉を失った。  ――あれ? 湯玄様に真っ黒な獣の耳と尻尾がある……。  疫病神の前に立ちはだかる湯玄の頭には、獣のような三角の大きな耳が生え、尻にはふさふさとした立派な尾が揺れている。見間違いだろうかと、凪は両目をこすったが見間違いなどではない。その姿は、勇ましい黒獅子のようだった。 「もう一度言う。出て行け」 「わかった、わかったから、その刃物みたいな神力をしまってくれ。老体に堪えるだろうが?」  疫病神が腰をトントンと叩きながら立ち上がると、ゆっくり壁際に向かって歩き出す。そして静かに窓を開けた。窓が開いた瞬間、冷たい風が物置の中に吹き込み眩しい日差しが差し込んできて、凪は思わず目を細めた。 「では、長いこと世話になったな。わしはこれで退散することとしよう」 「じゃあ、父さんの病気は治るのか?」 「さぁ、それはどうかな? この宿には、わし以外にも珍客がおるようじゃ。そいつらも、何か悪さをしているかもしれんよ」 「え? まだいるの!?」  疫病神が出て行けば父親の病気が治ると思っていた凪は、落胆してしまう。思わず肩の力が抜けてしまった。 「いいからさっさと出て行け。貴様を見ているとイライラしてくる」 「はいはい、湯玄。わかりましたよ。せいぜい人間の使いっ走りとして頑張るんだな」  疫病神はそう捨て台詞を吐きながら、窓の外へと消えていってしまったのだった。

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