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第二話 花籠の教会①
「いつもありがとう。これで美味しいパンがまた焼けるわ」
「別にいいよ。こっちだっていつも焼きたてのパンが食えるんだ。ありがとう、おばちゃん」
「ノア、またよろしくね」
「任せとけ!」
元気の良い声をあげた少年が、サンドウィッチを頬張りながらパン屋の扉を開ける。カランカランと可愛らしいドアベルの音と共に、眩しい朝日が店内に差し込んだ。
ここはロット村の中心部にある、アンナが切り盛りをしているパン屋だ。朝早くここにライ麦や小麦を届けるのがノアの日課だった。店内にはいつもパンが焼ける香ばしい香りが漂っている。
届けるのはライ麦や小麦ばかりではない。今ノアが口にしているサンドウィッチに使うレタスやトマト、ジャムにするための苺もそうだ。
「ノア、いつも新鮮な野菜をありがとう」
「なんてみずみずしい果物かしら? ノア、ありがとう」
朝早くから人々で賑わう朝市には、その日収穫したばかりの野菜をたくさん届けた。艶々と輝くトマトに、みずみずしいレタス。それに大きなジャガイモ。真っ赤な林檎に、見ているだけで顔が歪んできそうな丸々としたレモン。可愛らしい花もたくさん置いてきた。
「本当にありがとう、ノア」
「ノアが来てくれてから、この街は生き返ったよ」
そんな皆の笑顔を見ればノアは、この上なく嬉しくなった。
「そう言ってもらえて、こちらこそありがたいよ。また明日な」
ヒラヒラと手を振れば、その場にいる皆が笑顔で見送ってくれたのだった。
ノアが、今身を寄せているのはリリス村よりも大きな村だった。村のメインストリートを歩けば、粉引き屋や鍛冶屋が生き生きと働いている姿を見かけることができる。子供の笑う声も聞こえてくるし、それ程多くはないものの、牛や馬、羊などの家畜もいて草をモグモグと食んでいる姿を目にした。
「よかった。今日も平和だ」
その穏やかな光景を見て、ノアは胸を撫で下ろす。
ノアがここにやってきたのは数年前。あの忌まわしい出来事のあと意識を失ったノアが目を覚ました時には、この村にある教会のベッドで寝かされていた。
イヴァンが村を襲い両親を殺害した記憶は、ノアの心に深い傷を残した。一時的に花を生み出すことさえできなくなったノアを支え、今日まで世話をしてくれたクレイン司祭と、その妻のマーガレットには感謝をしてもしきれない。
夫妻の優しさに支えられながら、穏やかな生活を過ごすうちに少しずつ傷は癒え、また花を生み出すことができるようになったのだった。
あの後、村がどうなったのかはわからないが、風の噂で火が放たれたと聞く。それが真実なのかを確かめに行く勇気はノアにはなかった。
忌まわしい記憶に蓋をして、ロットの村人の為に花を生み出し、種を作る。たくさん実った作物を目にした村人達の喜ぶ姿が、今のノアの生きる望みだ。
荒地だったこの村も、ノアがやってきてからは少しずつ緑を取り戻してきている。村一面に広がる畑にはたくさんの作物が育ち、原っぱには綺麗な花が咲き乱れるようになった。
げっそりと瘦せ細っていた村人の顔も、今は活気に満ち溢れている。
それと同時に、両親を失う原因となったこの能力を呪う自分も否定しきれなかった。この能力さえなければ、こんなにも辛い経験をすることはなかったのかもしれない。そう思えば、胸が張り裂けそうに痛んだ。
――でも俺は、誰かの役に立てているんだ。
そう自分に言い聞かせ、今にでも粉々になってしまいそうな心を、ノアは日々奮い立たせては村人たちのために励んでいた。
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